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「黒し!者共このように撃て!」

2019年09月18日 17:37

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/18(水) 10:46:21.92 ID:OZO6sRfU
大阪冬の陣の時、木村長門守重成が、信貴野(鴫野)堤にて戦した。
後藤又兵衛基次は重成と関係がよく、それ故に自分の人衆は陣所に残しおき、馬廻り10人ばかりにて
重成の備へ来た。

この時重成勢の足軽は敵に打ちひしがれ、堤の陰に伏して頭も出せない状況であった。これを見た基次は
自分の鉄砲を取ると、堤の上に駆け上がり、立ったまま2発射撃して

「黒(きたな)し!者共このように撃て!」

と辱めた。この勢によって、足軽達も堤の上に登って一斉に射撃したため、今度は敵が却って
打ちひしがれ、堤の陰に隠れた。

基次は左の小指を負傷しており、重成はこれを見て「手を負われたか」と問うと、基次はそれを
鼻紙でおし巻き「(戦場で負傷するのは)我が吉例である」と言った。

重成はそんな基次に対し、しきりに自分の陣所に帰るようにすすめた。その心を察するに、重成は
若武者であり、この度の戦いが、ひとえに基次の指示によると人に言われることを気にする気色である。
これもまた器量であろう。これは重成の従者が後に語ったことである。

(武将感状記)



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週間ブログ拍手ランキング【09/12~/18】

2019年09月18日 14:42

09/12~/18のブログ拍手ランキングです!


藤堂高虎『遺訓二百ヶ条』、人斬り実践編 14

香川氏と言えば… 8

馬の怨霊 6
文字を介した時のみ互いに了解する 6
大阿武船解体までの顛末 5

一人も洩らさず討捨てたるは一段と気味能き 4
権左衛門の従者を打捨てに仕るのは 4
鷹と狐とキリスト教 4

座の興が冷めるのも構わずに飲みなさらず、一器量あり 3
清正公は石垣普請の御上手で 3


今週の1位はこちら!藤堂高虎『遺訓二百ヶ条』、人斬り実践編です!
本当に、実戦感覚に裏打ちされた、非常に生々しい内容ですね。こういう事は確かに、江戸期であっても道場などでは
伝承されにくい内容でも有ったのでしょう。
全体的に、見た目の格好良さよりも確実性を非常に重視しているように思いました。鑓で突いたらそれを捨てる、家臣を打ち取る時
に一刀だけで様子を見てはいけない、などなど、戦場でも日常でも命のやり取りの多かった時代の経験則の厚みを感じさせますね。
こういったこと、確かに高虎だけでなく、多くの家でも伝承されていたのでしょう。
非常に時代の空気を感じさせる、そんな内容だと思いました。

2位はこちら!香川氏と言えば…です!
いわゆる西遷御家人、西遷武士についてのお話ですね。
源平合戦での勝利、承久の乱などで主に西國に多くの没官領を得た鎌倉幕府は、そこを御家人である東国武士に褒美として
与え、このため多くの東国武士が西國に移住します。鎌倉幕府は基本的に頼朝の挙兵に参加した武士団の権利保護団体の
性格が強く、故にその御家人はほとんどが武蔵相模を中心とした東国武士であり(鎌倉幕府はその滅亡まで、非御家人の武士
(西国一円地住人など)を御家人として取り込むことはありませんでした)、多くの東国武士が西国にも勢力の根を張る事に
なりました。香川氏は承久の乱の功績で安芸・讃岐に領地を得ての西遷ですね。有名なところだと毛利氏、小早川氏、吉川氏は
全部西遷御家人の出自ですし、九州でも大友氏、伊東氏など。島津氏はもともと京の近衛家の家令であったとされますね。
西遷御家人というのは実は、長いスパンで日本の歴史に非常に大きな影響を与えた存在ですね。故に研究も割と活発な
印象があります。興味の有る方は、ぜひ調べてみて下さい!
お薦めはこの当たり

武蔵武士団
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b165193.html

相模武士団
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b307781.html


今週管理人が気になった逸話はこちら!鷹と狐とキリスト教です!
キリスト教の奇跡(?)で逃げた鷹が見つかり狐憑きが治るお話。イエズス会の報告書間などを見るとすぐに目につくのが、
この手のキリスト教の信仰による、あるいは聖水、十字架を用いての奇跡、奇瑞によって病気を治し困難を脱するという
事例の記録の多さです。信仰のおかげで様々な現世利益を受けたということで、この当たりは仏教説話などとまるで変わりません。
綿密に、組織的に記録していったという意味では当時の仏教よりもある意味露骨かも知れませんw
ただ、宗教の本質的な部分はやはりこういう部分にあるのでしょうし、キリスト教も、外来宗教、あるいは世界宗教であると言っても
そこは変わりなく、故に戦国期のキリスト教についても、勿論その存立には様々に特異な部分はあるといっても、宗教としては
相対化して見たほうが良いと思います。そんな事を考えた逸話でした。


今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/

一人も洩らさず討捨てたるは一段と気味能き

2019年09月17日 16:04

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/17(火) 12:07:27.33 ID:rA55nKy+
天正17年(1589)小西行長加藤清正による、肥後。本渡城攻めの時のこと。

加藤清正の軍勢が本渡城の本丸に攻め入った時、敵30人ほどが、具足・甲を着て、鑓長刀を持って
一斉に切って出たのを、追い取り包みて、一人も残さず討ち取った。そしてその者達を見ると、
討ち取られた者に男は一人もなく、皆女であった。故に首を取らず斬捨てとした。

彼女らと戦った時に手疵を負ったものが5,7人あった。これに対し清正の近くで、いかに働いたと言っても、
女人に斬られ突かれたというのは弱いというように取り沙汰していた者があった。これを清正が聞いて

「定めてそれは、不吟味なる若輩者共の申し分である。たしかに女人は、逃れがたき所であっても
命を惜しむというのが世の中における習いのように言われているが、あのように死を軽んじ、思い切って
出た心中は、却って男子より堅固であろう。それと戦って手疵を負ったのも越度ではない。
さりながら、彼女らの戦働きは、男ほどには出来ないのだから、これを討ち取ったと言っても
高名には成り難い。

ではあるが、一人も洩らさず討ち捨てたのは一段と心地よい(然りと雖も、一人も洩らさず討捨てたるは
一段と気味能き)」と仰せになった。

(續撰清正記)



408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/17(火) 15:16:00.10 ID:++DeFL0F
どこが悪い話なんだ?文句つけた奴がいることか

藤堂高虎『遺訓二百ヶ条』、人斬り実践編

2019年09月16日 16:12

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 00:22:30.66 ID:5o8unsTp
藤堂高虎『遺訓二百ヶ条』、人斬り実践編

一五二
必ず人を打ち果たさねばならぬ時は、一尺あまりのはみだし鍔の脇差で突くべきである。そして刃を上にして突くべきだ。鍔がない
場合は血糊で滑ることが有る。ただし柄は巻いてあるのが良い。必ず刃を下にしてはならない。動きの素早い者には押さえられる
ことが有る。斬るというのは場合による。必ず討ち果たす必要が有る時、突けば尽き損なうという事はないが、斬る時は切り損なう
ことが多い。
(大事の仕者の時は壱尺に少余るはみ出し鍔の脇指にて突くへし。刃を上にして突きかへるべし。鍔の無はのりにてすべる
事あり。但柄は巻たる可然。必刃を下へすべからず。はやき者はおさゆる事あり。必切ル事は折によるべし。大事の仕者は突につき
そこなひはなし。切には脇そこなひ多かるべし。)

一五三
刀の大小の柄は、皮より糸巻きのほうが良いという人がいる。皮は血糊がかかると滑るが、糸巻きは滑らないという。しかしどちらが
悪いとも言い難い。とにかく、柄はどちらであっても古くあかじみているものでは血がかかると滑るであろう。昔は皮の柄ばかりであったが、
それで数度の用にたった。である以上皮の柄が滑ると決まったものではない。
(大小の柄皮より糸巻よきという人あり。皮はのりかかりすへるという。糸巻はすべらずといふ。何れ悪敷といひがたし。兎角柄は
いずれにても古くあかしみたるは血かかりすべらんと思はるる也。昔は皮柄斗なれ共数度の用に立来る。然上は皮柄すべるとも
きはまるべからすとなり。)

一六八
鑓長刀で人を突く時は、そのまま突くと同時に、鑓であっても長刀であっても捨ててしまえば、突かれた者は倒れるものである。
そして倒れた時に石突を足で踏みつければ、起き上がることができなくなる。うかつに突いた鑓を持ったままで居ると、相手に
手繰り寄せられることが有る。鎌鑓や十文字鑓はまた格別である。
(鑓長刀にて人を突時は其侭突込と一度に鑓にても長刀にても捨候へは突れたる者倒るる物なり。倒れたる時石突を足にて
ふまへ候へは起き上り兼る物なり。うかと突込たる鑓長刀持て居れはたぐり寄事あり。鎌鑓、十文字は格別なり。)

一七一
もしやむを得ず家来を手打ちにする時は、一刀を打ち付けたならば、続けて二つも三つも打つべきである。一刀で様子を見ては
いけない。もし切れていない時は反撃され自分が怪我を負う事が多い。よく心得るべし。
(もし是無非無にて家来手打ちにするとも、一刀打付たらは二ツも三ツも続けて討へし。一刀にて不可見手廻る歟。不切時は
必手負数度多し。能可心得。)

一八〇
敵を組み伏せて首を落とす時は切ってはならない。刀であっても脇指であっても、切っ先を左手で押さえて、擦り落とすべきである。
早業によい。
(組伏て首落す時は切べからす。刀にても脇指にても切先を左の手に取りすり落すへし。早業に能なり。)



402 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 09:13:38.88 ID:GLcy2izj
>>401
生々しくてすげーリアルだ、当事者だから当たり前だけど…

403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 10:31:30.75 ID:sTJYIEYO
剣道やってる人も竹刀の持つところが垢まみれだと滑るとかあるの?

404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 11:52:17.33 ID:C4HOaIOB
>>401
怖い
こんなのが200もあるのか

405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 14:03:13.19 ID:zAldsUz/
三尺手ぬぐいの便利な使い方も10以上あった気がする

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/18(水) 12:32:10.52 ID:MqXkTdA+
>>403
そうなる前に変えます

座の興が冷めるのも構わずに飲みなさらず、一器量あり

2019年09月16日 16:11

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 16:04:14.18 ID:YGXmz8gp
去る人は酒飲みで上戸だという。しかしながら、他所では飲みなさらなかった。

無理に一盃を盛れば「没義道好き」と毀ち、座の興が冷めるのも構わずに飲みなさらず、
一器量ありと見え申したのである。

その人の名を(池田光政は)仰せられたが、忘れてしまった。小身の御旗本衆ではない。

――『烈公間話』

戦国期の人ではないかもしれませんが



410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/17(火) 22:48:38.12 ID:XdcEiAyO
>>406
本多正純「してその者の名はなんと?」φ(`д´)メモメモ

権左衛門の従者を打捨てに仕るのは

2019年09月15日 15:06

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/15(日) 12:35:05.53 ID:v9elAh5k
木村又蔵は、元々加藤清正の徒の者であったが、清正が熊本に於いて城廻りをする時の供に、
これに扈従する時期臣たちの中に、その者たちの内の者共(陪臣)がみだりに入って来ないための
押さえとして、又蔵にその役を命じた。

しかし又蔵は、清正に従う小身者の草履取り中元などが自然に入ってくるのを、見ぬ体にしていた。

ある時、新美権左衛門という出頭人配下の若党が、直臣の者たちの中に入ろうとしたのを又蔵が
咎めた所、この物は主人の出頭を傘に着て、常々何事にも驕っており、又蔵に対して口答えをした。
これに又蔵は即座に斬って捨て、それから清正の元へ行き、直にこの時に様子を申し上げた。

清正はこれを聞いて
「なんともこの者は丈夫なる者である。今どき世の常なるものは、主人の前に能く出頭する
者に対しては権勢に恐れて、その者が法度を背いても知らぬふりをして見逃し、逆に時に合わない者、
小身なる者などの草履取り鑓持たちの不作法を見つけ出して、主人にも聞かせ、又は法度の違反として
訴えるなどするのが、世の中の常である。

然るに権左衛門の従者を打捨てに仕るのは、きっと役に立つべき者である。」

そう仰せに成り、知行百石をその後程なく下され、馬廻りに組み入れられた。

(續撰清正記)



196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/16(月) 11:53:09.68 ID:C4HOaIOB
さすが清正

馬の怨霊

2019年09月14日 18:12

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/14(土) 15:18:57.23 ID:IDvnMKBp
上州館林の榊原遠江守(康勝)は、加藤清正の婿であるゆえ、清正はある時見舞いに行き、そこから江戸へ
帰る途中、くつという所で、高麗陣の頃より乗ってきた葦毛の馬が俄に煩い付いたため、その在所の
名主を召し出し、直に宣うた

「この馬は高麗陣の中も乗ってきた馬である。俄にこのように煩い出し、引こうとしても一歩も進まない。
随分不憫に思うのだが、帰路の途中であれば致し方ない。この馬を汝に預け置く。然るべき医師を呼んで
養生をさせよ。もしまた死んだならば、薪を求めて焼き捨てるように。畜生ではあるが、数度の用に立った
馬である。野外に捨てて長吏(穢多・非人の頭目)に渡すような事は、絶対にしてはいけない。」

こう述べられ、銀子二枚を名主に渡し、馬取二人を添え置いて江戸に帰っていった。

ところが名主達は清正の馬にはかばかしい養生もさせず。未だ片息のある内に、原中に打ち捨て、
馬取と密談して銀子を分け取り、馬取だけが江戸に帰り「色々養生いたしましたがその功無く終に
死んだため、薪を整え煙に仕りました。」と申し上げた。

そこから一月もたたぬうち、この馬が霊となってかの名主に取り憑き、こう口走った

「我、君の御恩浅からずして、莫大の銀子を下され養生を仰せ付けられたというのに、薬の一滴も
与えないのみか、剰え野原に捨てて、穢多の手に渡したこと、遺恨山々である!子供一人すら残らず
取り殺し、後には名主夫婦もなぶり殺しにせん!」

その言葉の下より名主の子どもたちは煩い付き、ひたひたと死んでいった。
これを見て一郷の者たち集まり、禰宜神子を頼み様々に祈ったが、馬の霊はあざ笑い
「名主の一家を取り殺した後は、この郷中も者共までこの遺恨を遂げる!」
と首を振って声高に喚いた、

これを見聞きした村老野翁、身の毛もよだって恐れ震え、これに近づくものも無かった。
このままでは郷中の者達までも取り殺されてしまう事疑いないと、近隣より貴僧を数多迎え、
法華普門品を千巻読誦して、馬頭観音に祀り、堂を立て、郷中より田地を付け、堂守を起き、様々の
供養をいたした事で、怨霊は静まった。

(續撰清正記)



397 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/14(土) 18:40:05.10 ID:BRDw7U9g
>>395
おうさまさん(´・ω・)カワイソス

398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/14(土) 19:17:07.08 ID:cJHKzPeB
>>395
馬強すぎワロタw

400 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/09/15(日) 09:03:46.71 ID:xjNELu5t
>>395
馬取は無事だったんだろうかな。清正の耳には入らなかったんだろうか

香川氏と言えば…

2019年09月14日 18:12

396 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/09/14(土) 16:42:55.97 ID:V/euPfCo
香川氏といえば香川県の戦国大名で、信長の野望や太閤立志伝で三好氏や長宗我部氏のおまけとして知られていますね。
その名から香川県土着のイメージを持たれがちですが、実は相模国高座郡の香川荘出身の一族です。
現在の神奈川県茅ケ崎市にも香川の地名が残り、香川駅や香川小学校があります。

細川氏の家臣として讃岐国の守護代に任じられたのが始めですが、東讃の安富氏、西讃の香川氏と、西半分だけの守護代でした。
そういうわけで東讃の香川郡(現在の高松市周辺)とは関わってもいないという・・



399 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/14(土) 19:37:28.46 ID:GFzkYziS
>>396
こういうのは長井氏なんかもな

出羽国長井荘(山形県長井市)の大江姓長井氏

武蔵国長井荘(埼玉県熊谷市)の藤原姓長井氏

相模国長井郷(神奈川県横須賀市)の平姓長井氏

伊達氏に本拠地奪われた大江姓長井氏が武蔵国(八王子市)に移ったもんだから、武蔵国長井荘は
もともと大江姓の本拠地とか言われるようになってしまったし

江戸時代の旗本の系譜には、自分の家は平姓長井氏で武蔵国長井荘が故郷なんですよ、という家までw

鷹と狐とキリスト教

2019年09月13日 16:18

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/13(金) 12:34:42.04 ID:OtcjglaC
国王(大友宗麟)の鷹匠(彼は家中キリシタンである)の一僕の青年が、国王の愛していた鷹を放った時、
風が吹いて流され帰って来なく成った。これに青年は恐ろしくなって逃げ出し、主人は鳥が逃げたことを
知って、家中で諸方に出て捜した。青年の母は大いに悲しみ、泣きながらパードレの元へ来て、その子を
救うようデウスに祈ることを請うた。パードレは「それを行うが、あなたもまたデウスに祈るべし」と
言った。

翌朝、パードレが住院を出ると、偶然鷹が自分の住院の上を飛んでいるのを見つけた。そこでキリシタン
である武士の家に人を遣わし、「来たりて鷹を捕えるべし」と伝えたところ、彼はこれを捕え、
このようにして王の怒りを免れた。

このキリシタンに一人の婢があった。彼女がキリシタンと成る前には、狐が夜中に来て彼女を戸外に
連れ出していたこと、家族一同の知る所であったが、キリシタンと成ってからは再び来ることはなかった。
諸人はこれ(狐)を悪魔で有ると言っている。

(1554年(天文二十三年)付、イルマン・ペロ・ダルカセパ書簡)

逃げた鷹も見つかるし狐も逃げ出すキリシタンの奇跡



194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/14(土) 11:23:28.54 ID:59kvg2LR
良いことが起きたら神様のおかげ
悪いことが起きたら悪魔のせい
まさに洗脳

清正公は石垣普請の御上手で

2019年09月12日 16:07

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 18:57:04.18 ID:l3Y3NM6l
一、清正公は石垣普請の御上手で、熊本城の石垣は他に無いものという。これにより御本丸富士
  見御櫓台の石垣は大猷院様(徳川家光)も御頼みにされており、(かつて)清正公が御指図
  されたものという。

一、諸大名が屋敷の地を御願した所に井伊家の屋敷はあって、その頃に加藤肥後守清正が屋敷に
  御願された所だった。

  御本丸よりも高い山だがら如何なものかと上意があれば、清正は仰せられ「幸い後ろの方は
  深い谷ですから、谷を引きならせば平地となり申しましょう」と御願の通りに済み、かなり
  の人夫が掛かったという。

  表御門は結構な御普請で御門柱は幅3尺、金彫刻は冠木に金で波に犀の彫物。桜田御門から
  見えて甚だ光る結構な御門だという。

――『石道夜話(石岡道是覚書)』



大阿武船解体までの顛末

2019年09月12日 16:05

387 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/09/11(水) 17:39:44.40 ID:gQUFVVVN
長いですが大阿武船解体までの顛末です。

http://0845.boo.jp/times/archives/cat_cat37.shtml
せとうちタイムズ2002年09月28日号
人気漫画の映画化 少女剣士「あずみ」 決闘舞台に大阿武船ロケ

動かない銭食い船として不評をかもしていた村上水軍主力船を復元した「大阿武船(おおあたけぶね)」が、
映画「あずみ」の撮影ロケに使われることになり日の目を見ることになった。
大阿武船は外装が木造で全長25メートル、幅10メートル、100トン。1997年、日本宝くじ協会の助成金1億円をかけて
「全国に因島村上水軍をPRしよう」と内海造船田熊工場で建造した。1999年の瀬戸内しまなみ海道開通イベントには
土生港から大浜町相川ビーチまで海上パレードしてお披露目した。
もともと同船にはエンジンがなくこの時の曵き船によるえい航費用が約250万円。何かのイベントに利用するとすれば
200万円前後は必要となる。このため内海造船田熊工場内の船台に保管されたまま眠っていた。その保管料が年間300万円。
市は有効活用を模索してきたが妙案にめぐりあえず大浜町しまなみビーチの陸上展示を検討していた。
今回の映画製作会社からのロケ利用で日の目をみることになり「全国に因島村上水軍がPRできれば因島水軍まつりにも
はずみがつく」と無償貸与を決めた。

せとうちタイムズ2005年08月20日号
合併のお荷物 一億円の「大阿武船」因島市検討委初会合

中世の村上水軍のロマンを求め全国にPRしようと因島市が日本宝くじ協会から1億円の助成を受け復元した水軍旗艦船
「大阿武船(おおあたけふね)」が建造以来、
ほとんど活用されず内海造船田熊工場に保管されたまま野ざらしになって老朽化している。
このため市は17日、活用方法を探る検討委員会をたちあげて初会合を開き、委員長に宮地正助役を選び地元観光協会や
文化財協会などから6人の委員が出席、これまでの経過、説明を受けた。
現在、大阿武船は設計建造した造船所に年間保管委託金300万円を支払っているが自力で航行できない海洋建造物のため
水軍まつり協賛事業に活用するにも経費のねん出に問題がある。
大浜町のアメニティ公園に陸上展示する案は2~300万円かかる。インターネットで引き取り先を公募したが「タダでもいらぬ」という結果が出た。
こうした経過などをもとに委員会で意見交換が行われたが、ユニバーサル造船因島事業所長、若野晃一委員から「船を他角度
からビデオ撮影。コンピューターグラフィック(CG)を加えれば歴史教材になる」と提案。同市中庄町の水軍城周辺に
陸揚げ展示案も出た。そのためには周辺整備を一体化しなければ効果がないなど、廃船よりも利活用する提案が出た。
このほか、老朽化防止や補修問題など専門的な意見が出た。同委は次回、内海造船田熊工場に保管されている船体の現地調査、
移転候補地など視察する予定。いずれにしても尾道市との合併をにらんで作業を進める。

せとうちタイムズ2006年06月17日号
大阿武船がついに解体

尾道市は12日から、因島村上水軍の主力船を復元した大阿武(おおあたけ)船の解体作業を開始した。今月中に終わる見込み。
建造費1億円のこの船も全国から4件の問い合わせがあったが、活用のめどがたたず、市も「文化財の価値はない」と判断した。
作業は内海造船田熊工場に陸揚げされて始まった。杉材は廃棄され、鉄製の骨組みは再利用される。総費用は約580万円。

388 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/09/11(水) 17:45:51.99 ID:gQUFVVVN
せとうちタイムズ2007年07月28日号
旧因島市建造の大阿武船の追想

梅雨があけ、参院選が終盤を迎えた25日夜。テレビのチャンネル転換が忙しかった。RCCの特別企画(4時間)の「ハリー・ポッター」、ホームTVの
サッカーAFC「日本×サウジアラビア」。NHK「その時歴史が動いた=アンコール・信長の巨大鉄船戦国の海を制す(戦国の軍艦)」。
戦国最強の村上水軍が織田信長の命令で建造した「鉄の船」との海戦で予期しない敗戦シーンが目に止まり、しばし釘付け。中世で最強を誇った
村上水軍も織田水軍に破れ、阿宅船が炎上する場面が、旧因島市建造の大阿武船の追想と重なった。
建造費1億円をかけたこの船の出番は2回だけだった。デビューはNHK大河ドラマ「毛利元就」の合戦のシーン。次は平成11年しまなみ海道全通記念事業として
大浜町のしまなみビーチで繰りひろげられた火まつりの水軍絵巻。以後は輸送に経費がかさむという理由から出番が無く無用の長物となり、
尾道市との合併を機に解体という運命になった。
ちなみに解体船は鉄製の船底上に木枠組みした言わば張り子だった。



389 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 19:18:39.42 ID:HklVf1Z/
外観復元なだけじゃ「文化財の価値はない」だわな

391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/12(木) 14:53:32.25 ID:/feMcuRk
もし船にエンジン付けて自分で動けたら
コンクリートの城と同じで世間に叩かれてたよな

文字を介した時のみ互いに了解する

2019年09月11日 17:04

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 12:10:28.06 ID:71LzdRlh
シナ人と日本人とは言語大いに異なり、その会話は互いに理解することが出来ないが、
日本人がシナの文字を知り、書いたものを理解するのは甚だ驚くべきことである。
シナの文字は諸大学においてこれを教え、これを知っている坊主達は諸人より学者と認められる。

シナ文字(漢字)は一字ごとに一物を示し、日本人がこれを学ぶに当たっては、先ずシナ文字を書き、
その上にそれを示すものを画く。例えばその文字が人を示す時は、その字の上に人間の形を画き、
他の一切の文字についてもまた同様にし、文字は集まって辞書を成す。

日本人がこの文字を読む時は日本語にて読み、シナ人はその国語にてこれを読む。これ故に話す時は
互いに理解できず、文字を介した時のみ互いに了解する。文字の意味を理解していても、国語が異なる
故である。

(1552年1月29日(天文二十一年一月四日)付、フランシスコ・ザビエル書簡)

ザビエルによる、漢字についての記録



191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 18:46:02.36 ID:4Ut0lZHC
中国国内でもそうだったようなことを、昔中井貴一が出てた番組で紹介してた
しかしザビエルまめだな~

週間ブログ拍手ランキング【09/05~/11】

2019年09月11日 13:58

09/05~/11のブログ拍手ランキングです!


政宗最後の日光参拝 19

働いた茶湯 7

彼等は甚だ無遠慮で、殊に外国人にはこれを軽蔑し常に嘲罵する。 6
【ニュース】400年ぶりに復元される亀甲船、龍頭・鉄甲のようなものはない=韓国 6
下および豊後教区の諸領主 6

或いは彼以前にはかつて見なかった事であった 4
宣教師たちは、その豪奢な生活のため他より憎悪されている 4
加藤左馬助殿は常に動かない人である 4

なにゆえその始めよりその教えを当地方に弘布せしめず 3
かの一類を成敗すべし 3


今週の1位はこちら!政宗最後の日光参拝です!
老いた政宗、おそらく足腰も弱っていたのでしょう。しかし転倒を、参拝をここまでにせよという「お告げ」と称したのは、
政宗の強がりにも感じますね。しかしこういった強がり、弱みを見せない事も、戦国を生き抜いてきた大名として必要だったのかも
知れません。最後にはらはらと涙を流す政宗からは、自分の生き抜いてきた激動の時代が、自身も含めてとうとう終わるのだという
感慨や、様々な想いのこもった涙であったのでしょう。
後世の僕たちにもいろいろなことを感じさせる、そんな記録だなと思いました。

2位はこちら!働いた茶湯です!
千道安のこの逸話、利休のものとして伝えられているものもありますね。
花入はご覧になりましたか
こちらは椿ですが、利休の茶湯にはこういう傾向があったのは確かなのでしょう。あるいは逆に、利休が道安のこのような趣向に
影響を受けたのかも知れません。なにはともあれ、千家の茶湯とがどういうものか、その一端を感じさせる象徴的なお話の
一つだと思います。

今週管理人が気になった逸話はこちら!或いは彼以前にはかつて見なかった事であったです!
関白に就任する前後の秀吉についてのフロイスの観察ですが、ここで目を引くのは秀吉の権力について
>今日まで甚だ稀な、或いは彼以前にはかつて見なかった事であった。
と表現している所でしょう。勿論秀吉が自己の権威権力を高めるため大いに宣伝したことも有るのでしょうが(信長が
関白の位を望んでいたが与えられなかった、など)、フロイスは信長の時代も当然、かなり詳細に知見しているわけで、
そんな彼から見ても秀吉権力は信長のそれを遥かに凌駕する、という印象があったというのは、興味深いと思います。
逆に言えば信長権力は、現在においてイメージされがちな絶対的なものではなく、相当に制限されていた権力であった、
と見ることが出来るかも知れません。
フロイスなど宣教師の記録を見る時は相応の注意も必要ですが、当時の日本人とは異なる視点からの観察は様々な示唆を
現代の僕たちに与えてくれます。この内容もそういう物の一つだな、なんて感じました。


今週もたくさんの拍手を各逸話に頂きました。いつもありがとうございます。
また気になった逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押して下さい!
(/・ω・)/

彼等は甚だ無遠慮で、殊に外国人にはこれを軽蔑し常に嘲罵する。

2019年09月10日 16:13

382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/10(火) 12:59:34.92 ID:a/OvRRAA
コンパニヤのパードレ等を日本の諸大学に派遣することは、この国(日本)の俗人たちが、当国にも
学校および学者が有ると言って、その迷信を弁解するが故にその必要がある。そして大学に赴く
パードレ等は、諸宗派を駁撃し、坊主たちが俗人より金を引き出す為の手段が欺瞞であることを
説明し、世に公にしなくてはならないが故に、甚だしい迫害を受けるであろう。
坊主達は魂を地獄より救出すると称して生計を営んでいる。故にこれを成す能力が無いといえば、
少しも容赦しない。この事と、その他多くの事によって大いに迫害を受け、苦労が多い。

私はパードレ・メストレ・シマン、また彼が不在の時はコインブラのコレジョの院長宛に書簡を送り、
右の諸大学には尊師が引見して適当と認めた人の他は派遣しないよう要求した。彼等は思わぬ
迫害を受けるだろう。日中には時間を問わず、夜中に至るまでも訪問と質疑に責められ、また身分の
ある人に招かれて辞退することが出来ない事もある。祈祷、黙想、思索の余暇も、精神上休養の
時も無く、最初の間はミサを行うことすら叶わず、絶えず質問に答えるしか無く、祈祷を成し、
食事睡眠を取る時間すら欠乏することが有る。

彼等は甚だ無遠慮で、殊に外国人にはこれを軽蔑し常に嘲罵する。ただしそれは、我等が
この国の諸宗派の明白なる非行を攻撃し、地獄に行く者は救済の道無しと説くが故である。

また、我等は地獄より魂を救済する事が出来ない故に、何も知らないと言ってくる者がある。
彼等は煉獄の何たるかを知らず、彼等の質問に答えるには、学問が有り弁論に巧みであることが
必要であり、詭弁を弄する者に対しては直にその矛盾を指摘することを必要とする。坊主達は
矛盾を指摘された時、また答弁することが出来ない時は甚だしくこれを恥じる。

日本の主要大学である坂東(足利学校か)は遠く北方に有り、他の諸大学も同様である故に、
厳しい寒さに遭遇する。寒地に居住する者は才知が有り鋭敏である。ただし米の他に食うべき物は
無い。また小麦、各種の野菜、その他養分の少ないものが有る。米から酒を造るが、その他に
酒は無く、その量は少なく価格は高い。

最大の試練は不断にして明確たる死の危険である。当地は労苦が多い故に老人には適せず、また
甚だ若い者は非常に経験がないので用をなさないのみならず、却って己を滅ぼすであろう。

この国は罪悪を犯すのに適し、彼等の罪悪を責める我等に少しの過失が有ればこれを誹謗する。
この事についてはメストレ・シマン、また不在の時はコインブラの学長に宛てて詳細に通知した。
尊師が仮に、日本に派遣されるべき者は先ずローマに来るべしとコインブラに命じられれば、私は
非常に満足する。

考えるに、日本に派遣されるべき者はフランドル人、又はドイツ人で、イスパニア語あるいは
ポルトガル語に通じた者である。何故ならば彼等の肉体は労苦に耐え、また坂東の大寒を凌ぐことが
出来るからである。
イスパニア、及びイタリアのコレジョにはそのような人が多数有るはずで、彼等はイスパニアや
イタリアでは言語に熟達しないため説教を成すことが出来ないが、日本に於いては多くの収穫を得るだろう。

(1552年1月29日(天文二十一年一月四日)付、フランシスコ・ザビエル書簡)

ザビエルが山口での布教への反発とそれへの対応について記した記録である。



【ニュース】400年ぶりに復元される亀甲船、龍頭・鉄甲のようなものはない=韓国

2019年09月10日 16:12

李舜臣   
383 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/09/10(火) 15:47:34.68 ID:0AMoFP3l
中央日報日本語版 400年ぶりに復元される亀甲船、龍頭・鉄甲のようなものはない=韓国
https://japanese.joins.com/article/468/257468.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|main|top_news


>海軍が壬辰倭乱当時投入された亀甲船の原形をそのまま復元することにして設計作業に着手した。鉄甲構造、龍頭などを特徴とする
>かつて再現した亀甲船が実際と違うという指摘が相次ぎ提起されるにつれ、今回最大限実物に近い姿を実現するという趣旨だ。

かつてはオーバーテクノロジーの超兵器扱いされたものが、ようやく厳密な考証にかけられる余裕が出てきたというお話。
良い傾向ですね。
それに過剰な民族意識の象徴とはいえ、きっちり予算が出て維持されるのは正直うらやましい。


日本でも城郭研究で有名な広島大の三浦教授が設計して安宅船を復元(大河ドラマ「毛利元就」に登場)したものの、
撮影終了後に引き取った自治体が持て余して、露天でボロボロになった上に廃材処分というのがありまして・・・



384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 06:49:48.01 ID:TzXx0pWO
>>383
維持とはいっても、記事中で木造船の寿命は15~20年で今回が3回目の建造とある
古いのは破棄する前提なんじゃないですか
愛国予算は無尽蔵に出るお国柄にしても、うらやましがるほど青い芝生でもないような

385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 14:32:26.36 ID:AOL9rq9D
そもそも安宅船ってそんな人気あるわけでもないだろうしね…信長の鉄甲船(真贋はさておき)でも危うい

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 16:54:00.18 ID:wovCletZ
まあ、どうしても復元船舶はでかすぎて屋内展示できないのと、露天での木造の寿命がね

宮城県の伊達氏遣欧船サンファンバウティスタ号だって、地域のシンボルにして観光の目玉で
震災も乗りきって修復されても
そろそろ木造故の寿命が近づいて、しかも再建造できない見込みらしいし

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E5%8F%B7

390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/11(水) 21:36:06.71 ID:XHdp+5sS
>>386
バブル最強の時に作った帆船か
そういえばハウステンボスのリーフデ号はしぶといな
あっちはオランダの造船所に作らせて海渡って来た本格派だから頑丈なのかな

なにゆえその始めよりその教えを当地方に弘布せしめず

2019年09月09日 18:13

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/09(月) 13:25:58.89 ID:bFJF2ZJX
(山口に於いて)他の人達来たりて、「デウスがもし全世界の救主、または統治者であるならば、なにゆえ
その始めよりその教えを当地方(日本)に弘布せしめず、今日に及んだのか。」と問うた。

「デウスの教えは世の初めより今に至るまで世界の各地において、人間の意中に明示されている。
無人の森林の中で成長した者も善悪を識別し、他人が己に対して成すことを欲しない事を、他人に対して
成すのは罪であると承知している。」

我等はかくのごとくして十誡を説明し、

「彼等の創造主もこれを教え給えるため説教者に付いて学ぶ必要は無く、第一誡の魂を造り給えしデウスの
あることは、理性を有する人間ならば、誰であっても考えつくことを得る。

父母がもし自力によって子を生むのであれば、望み次第にこれを有するべきだが、子女を望んで得ない者、
また望まぬのに多数を有する者がある。

人がもし己に対して他人がするのを欲しない事を他人に対して行わず、また彼を造りし者を崇敬すれば、
デウスの教えを聴いたことがなくても、デウスは己を救うべき光明を授け給うだろう」と答えた。

彼等はまた、「智力が充分ではなくこの事を理解するに至らず、また己を造りたる者を知らない者も
多いが、彼等は一体どうなるのか。」と問うた。

「彼等の智力が足りなくても、そのわずかに知る所を善用し、その知れる悪しき事を悉く棄てて善を
行うならば、デウスは御慈悲深く、また何事も見給う故に、彼が受けた恵みを善用するのを見て、
己の霊を救うために成すべき所を心中に感得せしめ、道理に反して木石を尊崇せず、人間を救う力のある
真の聖者を尊崇せしめ給うだろう。

このようにして自然の教えに従って生活すれば、デウスの御慈悲によって己を救うべき徳を獲得すべし。
懲罰を招く者は、その責は己に有り、我等の主デウスの御恵が欠けていたからではない。彼等は道理に
反したことを行い、創造主にあらざる木石及び人間を崇拝して多くの罪を犯した故に、救いを受けることが
出来なかったのである。」

右、ならびに他の質問をなせし者は甚だ多数であり、朝から夜に至るまで屋内に充満したが、
パードレ・コスモ・デ・トルレスは彼等を悉く満足させた。この地の坊主達は我等がその罪を攻めるが故に
我等を悪口し、或いは悪魔が一つの偶像を通じて、我等はその門徒であると告げたと言い、また悪魔が
我々の存在故に、天より投げた雷が王(大内義隆)の家に落ちたのを見た者が多いと語った。
また我等は人間の肉を食べると言って、我等を疵付けようとする者もあった。

主はまた戦争を起こして(大寧寺の変)我等に艱難を下し給うたが、戦争は国王が死んで止んだ。
当市は八日間火と血の中にあり、この際行われたのは勝者万歳の法律にして、或いは報復のため、
或いは略奪のため人を殺した。この期間我等を憎み、また我等の有する僅少なる物を略奪しようと欲した
者たちは、常に我等を捜索した。我等はしばしば大いなる死の危険を冒したが、主に仕えんと欲する者を
特に護り給う御慈悲深き御手は我等を一切より救い給うた。

(1551年10月20日(天文二十年九月二十一日)付イルマン・ジョアン・フェルナンデスフランシスコ・ザビエル宛書簡)

キリスト教の布教初期の、日本人からの有名な疑問と、それへの解答を記録した記事。
つまり「布教する前から神の教えはみんなの心の中にあったんだよ!」という話ですね。



或いは彼以前にはかつて見なかった事であった

2019年09月08日 17:13

羽柴筑前殿 Faxiba Chicugendono は日本全国の王 Vo (天皇)より最高の官位と名誉を授けられるため
都に赴いた。すなわち王の次の人である関白殿 Quambacudono となる事であった、信長の努力と勢力、
並びに王に対して尽くしたことも、彼が大いに望んだ右の称号を授けられるに足りなかった。

羽柴は更にその名を高くせんと欲し、老王(正親町天皇)が位を長子に譲るため(実際には孫の
和仁親王・後陽成天皇)、甚だ立派な宮殿を建築した(仙洞御所)。
羽柴は高貴なる大身の一女を養って子となし、実子として父の死後王室を継ぐべき王の孫に嫁しめた
(近衛前久娘・近衛前子)。

羽柴筑前守は甚だ微賤に身を起こし。富貴・名誉及び現世の光栄の頂点に達したが、多数の競争者は
彼が日本の習慣により、車が速やかに廻るように、没落に近づくことを期待している。日本の諸侯は
450年来、絶えざる変革に動かされていたのである。

羽柴筑前殿が右四ヵ国(四国)を占領するため軍を出した時、越中国 Yechu において名を虎之助 toranocuque
佐々成政のことであり、内蔵助の誤り)という他の領主が彼に背いた。彼の領地は70レグワ余り奥地にあり、
羽柴は遠方に居るため攻めて来る事はないだろうと考えた。然るに羽柴は軍隊が勝利を得て四ヵ国より
還った後、途中の労苦艱難を意とせず、自ら六万の兵を率いて彼を攻めた。敵はこれを聞いてその軍勢が
未だ到着する前に降伏し、大阪に到りて勤仕するため、所領の二国をその子に与えることを請い、
その子もまた臣従すると申し出、羽柴はこれを許した。
羽柴が軍隊を率いて北の地方へ行ったため、交盟を躊躇していた他の強力な王侯もまた降伏した。

彼はこのようにして、漸次日本全国の絶対の君とならんとしている。これは今日まで甚だ稀な、
或いは彼以前にはかつて見なかった事であった。

(1585年11月13日(天正十三年九月二十二日)付、パードレ・ルイス・フロイス書簡)

四国征伐前後の、秀吉についての記事



188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/08(日) 15:37:48.97 ID:g09xnFYg
ファクシバ チクジェン ドゥノ

宣教師たちは、その豪奢な生活のため他より憎悪されている

2019年09月07日 16:23

373 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/07(土) 09:41:03.44 ID:1yu1Nqpy
耶蘇会(イエズス会)宣教師たちは、その豪奢な生活のため他より憎悪されている。何故なら、
彼らが外出する時は、騎馬・徒歩の二百人あまりの同勢を以てし、修道者のようではなく、在俗の
王侯のように暮らしているからである。また一万二千ヅーロあまりの年収が有る諸港と数多の土地を有し、
その司法権を掌握して、軍隊と艦隊を有し、それを以て彼らの欲する港や土地を征服する。

(文禄2年(1593)マニラにてフィリピン総督に原田喜右衛門が語った日本事情)

キリシタン追放令以前の長崎の様子を語ったとされる原田喜右衛門の証言



374 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/07(土) 09:59:23.35 ID:EZycz+jK
>>373
これ始めは西洋での習慣通りに粗末な格好で徒歩で通訳以外連れずにやってたんだよね
そしたら日本人は日本の習慣通りにしてないと全く話を聞いてくれないってんで、日本の坊主と同じようにやるようにしたらこうなった

375 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/07(土) 11:53:26.34 ID:6y8uFZHF
それにしても度が過ぎてる感じ
原田が話を盛ってるんじゃ

376 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/07(土) 11:57:04.71 ID:Hew4njoB
フランシスコ会「跣足(はだし)で布教しろよ」

378 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/07(土) 12:49:53.54 ID:EzNjBb6u
>>374
日本の僧侶と言うより、ヨーロッパのカトリック司教領主のノリだな。

下および豊後教区の諸領主

2019年09月06日 17:43

371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/06(金) 14:12:56.16 ID:p5lmBOCz
下(西九州)および豊後教区の諸領主は、自領の港に入るポルトガル船に関連して、常にイエズス会から
収める利益に着眼している。したがって領主たちは、たとえキリスト教徒であっても、常にその脳裏には、
司祭たちが自分の希望する場所にポルトガル船を入港させる事ができるし、その船の積み荷の中の相当量は
彼ら司祭たちの物である、という考えから離れないでいる。それ故領主たちは常に自領の港にポルトガル船を
入港させようとするし、また彼らは貧しいために、贈物や借金を求めるのだが、決してそれを返済しよう
とはしない。

そして司祭たちが彼らの希望することをしなかったり、或いは出来なかったりすると、とたんに冷淡と成り、
動揺し、憤激し、司祭に対して当然払うべき考慮を払わず、自分たちの義務を果たさず、教会にも行かない。
領主が異教徒である場合には直ちに多くの非礼を成し、キリスト教徒を迫害し、棄教させようとする。

日本人はその領主によって強力な支配を受けているので、司祭は下の教区に於いて、或いは豊後教区に
於いてすら、幾度も腹立たしい思いを経験し、常に大きな迫害を受けた。

下の諸領主は、ポルトガルの船舶の税金から得る多額の利益を目的としており、その為同船が自国領に
入港することを希望した。そして各領主は司祭やキリスト教徒たちが居れば、自領の港に最大の利益が
もたらされるであろうと考え、異教徒であっても、自国の港に司祭たちが教会の建設やキリスト教を
布教する事を承認したのだ。

(ヴァリヤーノ『日本巡察記』)

イエズス会から見た九州の領主たちへの印象。



かの一類を成敗すべし

2019年09月06日 17:42

372 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/06(金) 16:22:11.74 ID:xfBoafGR
(前略。大鳥逸平事件の記事)さて京都に下知あり。大坂・堺その他の国々でかの一類(かぶき者)
を成敗すべしとのことであった。これにより、この頃は無縁の者には宿を貸すことがなく、旅人は
このために迷惑した。

かのいつ兵衛(大鳥逸平)は相撲をも良く取り兵法をも使うので、(幕府の)若衆はかぶきとは知
らずに近付いたところを、罪科が行われて国々に遣わされた。

穂坂長四郎は越後衆の村上周防(忠勝)に預けられる。坂部金太夫は同越後衆の溝口伯耆(宣勝)
に預けられる。岡部藤次は奥州の南部に預けられる。米津勘十郎(北町奉行・米津田政の子)は同
奥州の津軽に預けられる。佐平次は佐渡に流された。

かのかぶきどもの傍輩で(かぶき者の)従者とは知らずにとりわけて近付いた者がいて、かぶき者
の中で去る5月に喧嘩して死んだ者を葬ろうとなおざりにしなかった。

その事とは傍輩に言わず「無縁の者が死んだので、結縁のために代物を少々合力してくれ」と様々
言ったので、何気なく代物を少し出したのをその一類と称して成敗され、この者どもは罪無くして
死を蒙った。迷惑なりし事共なり。

――『当代記』

当世に奴風といってバサラを好む人は、親に掛かる部屋住の若輩をよろしからぬ風俗に引き込むの
である。

例えばその若輩が弓を好むかまたは馬数寄ならば、すなわち「馬を見せ申そう」と招待し馬具など
を奇麗に伊達にして、あるいは馬取や中間に至るまですねふり奴を出して、奴を見習わせて真似を
したい心を付ける。その後に料理を出して酒になり、諸々のよろしからぬ風俗を教え奴の友に引き
込むのである。

「油断仕ってはならぬ」との(池田光政の)御物語りである。馬に限らず兵法や詩文の学、歌学の
友も慎むべきことである。

――『烈公間話』