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長氏はその虚を窺い

2020年06月18日 18:13

289 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/06/18(木) 12:37:29.89 ID:s7L3jsJD
北条長氏(伊勢宗瑞)既に小田原を取り、その威は遠近に奮った。相模の豪傑は皆来て降ったが、
独り三浦陸奥守義同、同荒次郎義意は戦を挑むこと連年に及び、雌雄を決することなかった。
毎年六、七月に三浦より小田原の攻め入り、退き去る時は必ず馬入川にて遊泳し、汗馬を水に入れて
帰ること、数度に及んだ。しかし長氏は外に柔弱を示して共に争わなかったため、三浦の兵には
徐々に怠りが見えた。

明年、三浦の兵攻め来たり、民屋を放火し田圃を荒らしたが、長氏は兵を出さなかった。
故に三浦の兵は益々侮り、かの川辺にて酒宴を催した。長氏はその虚を窺い、これを襲った。
三浦の兵は驚き慌て、弓矢矛戟を捨てて四方に壊乱した。これより三浦の兵は濫りに小田原を
攻めなく成ったという。

名将言行録



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三浦義同の首

2011年05月23日 00:00

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 19:19:14.33 ID:azWmqE0V
永正九年(1512年)北條早雲は、古くから三浦半島一帯を支配下に置く
三浦一族を滅ぼさんと、一族が立て篭もる新井城を攻めた
名将と言われた三浦同寸と、豪傑で知られたその息子義同は
鉄壁の守りの構えを崩すことなく奮戦したが、
足掛け七年の篭城の末、早雲に退路も兵糧も断たれ
永正十五年七月、ついに華々しい血戦に討って出で、親子共に自害した

ところがこの時自害し、落とされた義同の首は、落とされた途端空に舞い上がり
小田原にまで飛んで行き、とある街道沿いの松の木の枝に引っ掛かった
既に首だけとなったにも関わらず、義同は両眼を爛々と見開き、怒髪天をつく恐ろしい形相で
松の木の近くを通った者は、その首を見ただけで死んでしまう

その話を聞いた総世寺という寺の住職であった忠室存孝という人が
小田原を訪ねると、首に向かって静かに歌を詠んだ

「うつつとも夢とも知らぬひとねむり憂世のひまをあけぼのの空」

すると、生きているようだった義同の首は音を立てて落ち
忽ち目を閉じたかと思うと白骨化してシャレコウベとなった
落ちる時、天から誰の声とも知れぬ声で

「今より永く当所の守護神となるべし」

と聞こえた
その話を聞いた当地の人々は、松の下に祠を建て、義同を祭ったという
今も小田原に残る「居神神社」の由来話である

武家の歴史は潰し潰され
一人の武士生きるに一人の武士の血を吸う…
なーんてね




318 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 19:22:55.29 ID:eZVnhGlS
将門といい関東の武者はすぐ首で飛ぶから困る
生きてるうちに飛んどけっての。

319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 19:27:48.48 ID:pYDzCk1F
ちなみに油壺の由来は新井城で玉砕した城方の血が湾内に油のよう
に漂ったから

子供の頃油壺マリンパーク行った時は知らんかったが

320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 19:41:30.89 ID:AqlVluHQ
>>317
んまぁ、早雲時代の伊勢氏の居城は伊豆韮山だけどね

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 20:28:23.15 ID:hOvIpklR
元オカ板住人として、>>317と>>319の油壺から小桜物語を真っ先に思い出たよ

ちなみにこれhttp://www.paperbirch.com/sakura/