判官殿の鞍

2017年05月11日 18:27

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/05/11(木) 04:12:26.55 ID:mNj39lOa
蜂須賀阿波守至鎮は古戦の事跡を尋ねて、古物の名のある物を求めなさった。

そんな折のこと、屋島の戦いで義経の身代わりに立った佐藤継信の葬式の時、
義経は秘蔵なさった“大夫黒”という馬を引き連れなさったのだが、

その鞍が志渡の寺(志度寺)にあった。かの寺が大破していたのを至鎮は補修
してその鞍を乞い求めなさった。

それから後年に至って、その鞍を知る者もいないために他の鞍と一所に交えて
しまい置かれた。

ところが、無頼の悪馬がいて誰も乗る者がいないという時、上田半平という者は
馬術の達人であったのだが、この人が言ったことには、

「かようの馬には、古作の良き鞍を置いて乗れば良いであろう」とのことで、鞍を
たくさん出して見ると、その中に極めて古き鞍があった。

上田はよく見て、「これこそ!」と言い、かの悪馬に置いた。この時、上田を嫉む
者がいて、「馬の善し悪しがどうして鞍に寄るだろうか」と、言ったのだが、

三浦次郎右衛門という鉄砲頭の老人も見物しており、かの鞍を見て、「判官殿の
鞍を久々に見たぞ」と、言った。

人々はその故を聞き一同に驚いたが、かの悪馬もかの鞍で快く乗る事ができた
ので、上田の馬術はますます名高くなったということである。

――『明良洪範』


スポンサーサイト