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可児に好まれて辞し難し

2018年12月24日 15:21

辻小作   
594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/23(日) 23:02:09.52 ID:x2Amun2S
辻小作は福島正則に仕えており、同僚の可児才蔵と親友で、共に世に聞こえた者であった。

中黒道随は石田三成の家臣で、三成が賓客のように待遇した者であったが、関ヶ原の敗軍の際、
石田軍の中で中黒は唯一人踏みとどまり、散々に戦っていたのを辻が見て、「いざ、討ち取らねば!」
と言った所。可児才蔵は「情けないことを言うなよ、助けてやれ」と言い出した。
これに辻「つまり生け捕れということか。可児にそう言われては断れないなあ。」
(可児なさけなき事をいふもの哉、たすけばやと云、辻さては生けどれとや、可児に好まれて辞し難し)

そう言い捨てると馳せ行く所に、中黒は馬を深田に踏み入れてしまい、身動きができなくなっていた。
辻は彼に言葉をかけた「日頃の好により助ける!早くこれに取り付け!」と鑓の石突を差し出したが、
中黒は「このような時に命を助けてどうするつもりか!?」と既に自害を成そうとしたのを、辻は
「どうして謀るだろうか、神明にかけて偽りは無い!」と約束したため、中黒は鑓の石突に取り付いたのを
辻は主従でこれを引き上げ陣所へと送った。可児はこれを見て大いに喜んだ。

さて、辻は中黒を引き上げると、物の具を脱いで仰向けに寝転がって、たった今まで敵であった中黒を
物とも思わず物語した。この態度に中黒は「あまりに侮りたる事よ」と心中怒りを覚えたが、命を助けてもらった
恩を思って我慢したのだと、後にこの事を笑いながら語ったという。

中黒は後に井伊直孝が招き、二千石を与えられた。

(常山紀談)



597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/24(月) 15:11:18.32 ID:CtIeQJYp
>>594
>物の具を脱いで仰向けに寝転がって、たった今まで敵であった中黒を
>物とも思わず物語した。
昔の不良漫画のノリを戦場でやるなwていうかこういうのが元ネタなんだろうな

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/25(火) 10:14:28.13 ID:tQK9BjNv
主君の命令で旧知の者が殺し合う世界
その主君が逃げたとあっては殺し合う義務はないでしょ

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/25(火) 19:24:47.96 ID:uIU2gABD
>>594
田中吉政の部下である辻勘兵衛重勝が関ヶ原の戦いで
ともに天下三勘兵衛と呼ばれた石田三成の家臣の杉江勘兵衛を討ち取った話を思い出した
(残りの1人は渡辺勘兵衛)

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/25(火) 19:30:48.26 ID:uIU2gABD
ついでに渡辺勘兵衛はその常山紀談の辻と中黒の逸話の最後に
丹羽山城、谷出羽、笹野才蔵、稲葉内匠、中黒道随、辻小作とともに兄弟の約束をして天下七兄弟と呼ばれたとかある

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/25(火) 19:39:22.20 ID:uIU2gABD
今しらべたら6047
『天下七兄弟』、辻小作と中黒道随

で義兄弟の話も辻が中黒をうたなかった話も常山紀談出典で既出だった、お目汚しすまん
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その者を前に抱えて立ち退き

2017年09月19日 14:38

237 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/19(火) 05:07:13.57 ID:bkfnltZI
中黒道随は毎度御前へ召され、古戦の物語をも聞こし召された。
ある時に道随は申し上げて、

「大坂において傍輩の中に手負いの者がいて引き退く時、その者
を背負って退くと、手負いの者を盾に致しているように見え申すか
と存じましたので、その者を前に抱えて立ち退きました」

との旨を申し上げた。道随の嫡子・太左衛門は黒田家に罷り在り
物頭であったが、道随は相願って暇を乞い、

御家(前田家)へ罷り越した。すなわち、その太左衛門へ家督を
仰せ付けられた。その子は六左衛門、二男は八右衛門と申した。

太左衛門の代までは2千石であったが、太左衛門が相果てると
六左衛門に千5百石、八右衛門に5百石が下されたとの旨、

同年(享保5年)4月27日の夜に仰せになった。

――『松雲公御夜話』



『天下七兄弟』、辻小作と中黒道随

2011年12月10日 22:00

辻小作   
965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/10(土) 18:17:54.50 ID:zanXQKqT
谷出羽(衛友)、稲葉内匠(正成)、池田輝政の重臣・丹羽山城(助兵衛)、増田長盛の家臣・渡辺勘兵衛、
福島正則の家臣・可児才蔵と辻小作、そして石田三成の客将・中黒道随は、身分や年齢を超えて交際しており、
互いに武勇に励むことを誓い、『天下七兄弟』と称した。

慶長5年(1600)9月、関が原の戦いにおいて、道随は石田隊として槍を振るったが、深田に馬を踏み入れてしまった。
「もはやこれまで」と覚悟を決めた道随は、味方が次々と落ち行く中、ただ一人踏み止まり、押し寄せる雑兵を
さんざんに蹴散らしまくった。

福島隊にあってこれを見ていた辻小作は、可児才蔵に呼びかけた。

「おい、才蔵よ。道随ならば良い手柄となろう。やるぞ!」
「薄情な事を言うな!我らの仲ではないか。助けてやれい。」
「むう。生け捕りにせんと思うたが、お主がそう言うなら・・・おーい、道随よ!日頃のよしみじゃ、助けるぞ。
これにつかまれ!」

道随のもとに馬を寄せた小作は、槍の柄を道随に突き出した。

「小作よ、何のマネじゃ。この期に及んで助かろうとは思わん。自害するゆえ、見届けよ。」
「なんじゃ。だまし討ちにするとでも思っとるのか?我らの間で、何をたばかる事があろうか。天地神明にかけて
お主を助けるぞ!」

ここまで言われて道随も槍の柄をつかみ、それを小作主従が引っ張り上げ、二人は連れ立って福島陣に戻った。
先に戻っていた才蔵は、道随の顔を見て喜んだ。
「やあ、良く生きとったな!」
「何とか引っ張り上げて来たぞ。やれやれ、骨が折れたわい。」小作は、具足を全て脱ぎ捨て大の字になった。


「・・・『武装も解いておらぬ先刻までの敵を前に、何という侮ったる振る舞いか!』
腹が煮えくり返ったワシは、槍を構えかけたが、命を救ってもろうた恩を思い、見逃してやったわ。」

のちに井伊家に仕えた道随は、若者たちを前に関が原のことを振り返り、そう言って笑ったという。
(常山紀談より)





966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/10(土) 19:03:15.77 ID:bCgBfl6W
井伊家って旧石田家臣結構いるのかな

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/10(土) 19:36:35.23 ID:U5XJc8Mf
>「おい、才蔵よ。道随ならば良い手柄となろう。やるぞ!」



>「なんじゃ。だまし討ちにするとでも思っとるのか?我らの間で、何をたばかる事があろうか。天地神明にかけてお主を助けるぞ!」



小作気持ちの切り替え早すぎだろww