仙桃夫人はとてもとても御仁心深く

2015年12月20日 17:21

106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/19(土) 02:07:29.01 ID:vQ4u5pdt
天正7年、羽州比山勢(南部六郎、同七郎らが率いた時)が津軽へ押し入り茶臼館六羽川
で御合戦となった時、味方の弾薬が少ないので、すぐさま大浦城へ人を走らせたところ、
大浦でも蓄えは少なく、どうしたらよいかと慌てふためいた。

その際、夫人(戌姫。仙桃院。津軽為信正室)は多くの女中を集め給いて、錫類の器物を
ことごとく集めて丸を鋳造し、すりこ木を使って自ら合薬を作り、昼夜をかけて本陣に送った
ため、味方は大いに力を得たのであった。

――『津軽記』

仙桃夫人はとてもとても御仁心深く、御智謀も深遠であられて、為信公が御国家を治められた
時に、良く御内政を助けなさった。

桜田宇兵衛(為信公の功臣)の子・又七(後に斎藤平内兵衛とも、また桜田宇兵衛ともいう)や
折笠与七の子供などを慈しみなされ、皆を広敷に迎えて御長屋を建て、または御台所に置き
なされて、成長まで養育しなさった。

夫人が忠臣や孝子の類の子孫たちをこの如く扱われたことは、幾ばくあるのかを知れない。

――『斎藤平内兵衛由緒書』



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