FC2ブログ

すなわち鬮取りにされたという

2021年02月06日 17:58

919 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/06(土) 14:53:10.50 ID:CAEJcein
大阪冬の陣の時、伊勢の大将であった本多美濃守(忠政)殿の陣屋に、組の人々を集めて、
天王寺表での、それぞれの陣場の配置を渡した。

その時、古田大膳(重治)殿は病気で、家来の原十兵衛が名代として来ていた。
十兵衛は陣場の割付、地形、剣難を見渡して
「このような御割付については、ひとまず大膳に申し聞かせないことには請け取ること出来ません。
願わくば鬮取りにて仰せ付け下されますように。」
と申した。

この言葉に、本多殿は以ての外に腹立たれ、あれこれと議論したが、十兵衛は少しも臆せず
「いかに仰せられましても、この分にては請け取れません。」と申しきったため、話が進まず、
その場も苦々しい様子に見えた所に、分部左京(光信)殿が進み出て十兵衛に向かい

「其の方などの身として、美濃守殿の御言葉を言い返すなど、慮外千万、沙汰の限りであるぞ。」
と戒められ、また美濃守殿に向かい

「十兵衛の申す所は、一途に己の主人を大事に考えていることで、その身分を忘れ、御前を憚らず
慮外を申し上げたのだと思います。それを思召し分けられ、御赦免なされ、鬮取りを仰せ付けられれば、
十兵衛にとっても当座の面目、一代の名誉となるでしょう。」

そう、理を尽くして申すと、本多殿も機嫌を直し、すなわち鬮取りにされたという。

この原十兵衛は、後に森内記(長継)殿の家に仕えたという。

備前老人物語



スポンサーサイト