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前田利常と森権太夫

2013年06月04日 19:52

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/03(月) 21:18:39.31 ID:OGuKHfpT
微妙公(前田利常)が、御旗本衆に大阪の陣でのお話をなされた事があった、

「我々は当時、霧の深い朝で、なかなか大阪城すら見えない中を、周りを手さぐりするようにして進んだ。
そうしているうちに昼前には霧が晴れたのだが、そこで我々は、自分たちの旗と大阪方の旗が触れ合うほど、敵と間近な
場所に居ることに初めて気がついた。

敵は我々に気がつくと城から猛烈に撃ちかけてきて、我らは立ち上がることも出来ない有様であった。
そのうちにだんだんと負傷者や討ち死にするものが出来、このため私は、前線の者たちに早々に撤退しろと伝えるため
使番を出すことにした。

この時の使番は森権太夫と言う者であった。しかし前線は城からの射撃のため、鳥であっても駆け入ることは難しいと
思えるほどであったが、この権太夫は直ぐ様塀の上に土踏まずを踏み出すと、躊躇いなく前線に懸けて行き、
そこの人々に撤退することを伝え、本人はその殿を務めた。

やがて帰ってきた森権太夫の母衣には、銃弾の跡が47,8ほども付いていたが、冥加が良かったのだろう、
体には全く当たっていなかった。

私はこれまでに、あれほど振る舞いの見事な者を見たことがないよ。」

微妙公はこのお話を度々仰っていた。大阪の陣で働きの有った人々はたくさん居たのに、他の人の話はせず、
この森権太夫殿の話を何度もなさっていたと、これは藤田内蔵充殿が言われたことである。

同じ話は森半左衛門殿にもお話になられたそうだし、かく言う私(著者)自身も承ったことが有る。
(微妙公夜話)

前田利常が、大阪の陣で最も印象に残ったと思われる、森権太夫という家臣についての話である。




393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 08:38:17.49 ID:3qsqpFso
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-312.html

森権太夫は銃弾飛び交う中で大胆にも尿を足した人と同一人物かな

394 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 09:20:17.69 ID:6sJaGlq5
母衣って矢は防げそうだけど弾も防ぐのか?

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 10:36:58.54 ID:MNFMGLF1
>>394
弾道によるんじゃね?

396 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 11:07:24.92 ID:K+KH0Lsd
垂らした布は球形の弾丸相手なら一定の防弾効果があるらしい

前田利常、儒者について・その後

2013年01月15日 19:51

165 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/15(火) 18:24:11.03 ID:E1QPnyG9
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7192.html
↑このお話で、儒者や学問に対して否定的な見解を述べた前田利常。これに対し家臣の岡田将監がこう尋ねた

「殿の仰ることは御尤もだと思います。ですが御前は、太平記・東鑑などをいつもご覧なされ、
その他日本の古筆や珍しいものを集め、ご覧になっています。これはどうしてでしょうか?」
(御尤に奉存候。去ながら御前には太平記、東鑑など毎度御覧なされ、其他日本の古筆珍敷物を被召上て
御覧被成候。如何之御事に候)

これに利常
「それはな、日本に生まれたものは、日本の古今の風俗を知るべきだと思って見ているのだ。」
(夫は日本に生る者は、日本古今の風俗を知たるが好と思ふに依て見たる物也)

すると将監が申し上げるには
「それは学問ではありませんか?」
(夫は学問にて無御座か)

「えっ?」

利常は少し言葉に詰まり、

「いやいや、世間でいう学問というものは、そういうものだとは考えていなかった。」と、少しして仰った。
(いやいや、世間の学問は左様の事とは不思と、良有て御意被成)
(拾算名言記)

前田利常の学問についてに認識みたいなことが、少し見えてくるお話である。


関連
前田利常、儒者について
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7192.html


166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/15(火) 19:43:35.63 ID:U6QVPNwk
利常にとっての学問は歯食いしばって寝不足になりながらやるもの、だったんかね

前田利常、儒者について

2013年01月11日 19:56

102 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/11(金) 17:35:59.93 ID:XhniWsAa
鼻毛を伸ばしながら加賀百万石の礎を作ったことで評価も高い前田利常
そんな利常公は当時の知識人である儒者に対して、この様に言っている

『別に儒者が政治をしないと、どうしても国を治められないなんて事はないよね。』
(終に儒者が国の仕置をせねば、国不治というためしもなし)

『学問も、そりゃあ少しはしたほうがいいけどさ、だけどやり方によってはその人にとって邪魔になることも有るわけで。』
(学問も少は仕たるが好し、去共仕様に依て結局邪魔に成事も有)

『学問を間違って心得ると、学問を鼻にかけて人を見下すとか、悪い影響もあるよね。』
(悪敷学問を心得れば、人を見下し凶き事あり)

『まあ、経験上、たいていは人柄が悪くなるよね。』
(大形は人柄悪成かと覚ゆる)

(拾算名言記)

どうも、儒者に対してろくな印象が無かったらしい、微妙公の発言である。
儒教の日本への定着は、まだまだ遠い道のりであった。

関連
前田利常、儒者について・その後
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7202.html

吉田大蔵と狐憑き

2012年10月06日 20:27

734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/05(金) 21:36:25.68 ID:kxFkJIdo
前田利常に仕える吉田大蔵といえば、弓の名人として有名であった。

ある時、この吉田大蔵が利常に扈従して京都に赴いたその帰路、近江の宿泊予定の宿に向かっていた。
と、その頃その宿では、大変な騒動が起こっていた。なんと宿の倅に狐が憑いたのである。
宿の主人をはじめ皆困惑していた所、この倅が突然騒ぎ立てた

『吉田大蔵が来る!なんと恐ろしいことだろう!!』

そう叫んで逃げまわったのである。と、そこに一人の武士がこの宿を訪ね現れた。
主人はおずおずと尋ねる「貴方様は、吉田殿ではございませんか?」

「ああ?左様である。」

「おお!では…」主人は息子のことを詳しく大蔵に語った。そして「どうか息子に憑いた狐を祓い退けてほしい」と
懇願した。

大蔵は暫く考えて「ならば、あるいは汝の倅を射殺してしまうことになったとしても、差し支えないか?」
これには主人も顔色を変えたが

「…我が息子は既に狐に憑かれている以上、有るといっても無いに等しい状況です。
そうであれば、貴方様に射殺されたとしても、彼も又成仏つかまつる事になります。ならば、あえて貴方様を
恨むようなことはいたしません。」

「そういう事であれば」
大蔵、この主人からその旨を記した誓詞を取り、宿の者達に命じてその倅を庭の木に縛らせ、
弓を取ってこれに向かい、目いっぱいに弓を引いて倅に狙いをつけると、したたかに叱りつけた!

「狐よ!速やかに去れ!!去らずば直ちに射殺すぞ!!」

するとこの倅は声を上げて泣き始めた。そして暫くすると、正気に戻った。
狐は去ったのである。

この事があって吉田大蔵の名は、さらに遠近に響き渡ったという。
(武士道美譚)




735 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/05(金) 21:50:57.18 ID:Bx8jRiDT
後のインフォームドコンセントである

736 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/05(金) 22:21:21.92 ID:P8zahjUb
厨二病は死にそうになると治る。

頭巾を付けてきた前田利常

2011年12月29日 22:00

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/29(木) 01:32:36.98 ID:Lj3MJW25
鼻毛の殿様こと、前田利常の晩年のお話

利常が晩年の頃、江戸城で能が催された時に、頭巾着用が禁止されているにもかかわらず、
利常だけは頭巾を着用してやってきた。
そこで儀式担当の目付が何度も注意するも、利常聞く耳もたず。
そこでこの目付、老中松平信綱に報告したところ信綱はこれに対して、

「馬鹿者が! 左様な心得ではお目付け役は務まらぬぞ!
 そもそも殿中頭巾着用が禁止となったのは、前田殿のような老人に
 御許しなさるためなのだ」

と、逆に目付を叱ったそうな。




23歳の御大将の采配

2011年10月02日 22:00

148 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/01(土) 22:19:49.30 ID:2aFH7PPE
慶長20年(1615)5月8日、大阪夏の陣は『豊臣秀頼御切腹』の報が響きわたり、幕府方は
いずれの陣においても万歳と喜んだ。

が、この時、伊達政宗の陣より突然、鉄砲がつるべ打ちに撃ち放たれた。
その音は天地に響き、諸陣に動揺を与えた「何事が起こったのか!?謀反か!?」

しかし加賀前田家の陣では、当主前田利常自身が馬を乗り回し下知した

「謀反であるなら、両御所様(家康・秀忠)の御旗本に駆けつけ、その警備に我々はかかる!
そうでないのなら者共静まり、下知を待つべし!」

このように言って諸陣を駆けまわったため、皆暗い夜の明けたような思いをし落ち着いた。

後で前田家の重臣である山崎閑斎(長徳)はこの時のことを

「実に古今の大将というべき活躍でした。23歳の御大将の采配、お見事でした」

と、褒めたという。
(桑華字苑)




150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/01(土) 22:43:37.07 ID:rSVzJMFZ
>>148
政宗マジ空気読めよ・・・・・・

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/01(土) 23:11:25.50 ID:m6nJGJiZ
なんだろ?祝砲的なつもりだったんかいな?

まあ、常識で考えてそのタイミングでの謀反はありえないとしてw

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/01(土) 23:12:34.66 ID:9e6bD10n
愉快犯だろう

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 00:20:02.47 ID:y1lvGZB2
>>152
それが一番想像しやすくて困る

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 00:20:23.79 ID:mFNLsfLQ
外連味が持ち味だからな

155 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 00:38:22.01 ID:AjkBM0HK
敗残者でも逃げ込んできて追い払ってたんじゃないのか?

156 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 01:00:09.06 ID:ELaEmu9+
神保某「・・・・・・」

158 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 09:14:49.38 ID:3ApwGB/C
戦闘が完全に終結したならば、筒の中に残ってる火薬の処理には
空砲撃つのが一番楽だからな。
リサイクルできるものでもないし

159 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 10:53:23.25 ID:gLi/nBVi
祝砲なのか、弔砲なのか

160 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 11:21:33.23 ID:uHes0Hqa
>>158
なるほど、そういうことだと合戦後にはちょくちょくあったことなのかな?
ベテランが平然と若手に説明する光景が他でもあちこちであったりとか

美少年九蔵

2011年09月14日 22:43

611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/14(水) 15:56:08.82 ID:XV/KFg4o
前に、利常は下の話しかないのかというコメントがあったので
脱がない利常の話 でも男色ネタ注意 既出だったらごめん

加賀中納言前田利常の児小姓に、九蔵という美少年がいた
筑前守前田光高、ようするに息子は、前々からその九蔵が欲しくて欲しくてたまらなかったが
どうしても父に面と向かってお願いできず
ついに利常の側近、竹田市三郎に相談して、市三郎から利常にお願いしてみた

その利常の反応は
「そんなに欲しけりゃ、自分で直接言えばいいのに」

しかし光高、それでも躊躇してなかなか願えず、ただただ市三郎に頼むばかり
そんなある夜、たまたま利常と光高が同席することがあり
敷居際にいた市三郎が
「筑前守様、例の件をお願いなさっては…」ときっかけを作ってくれた

後押しされた光高、勇気を振り絞って
「父上…九蔵を、私に下さい!」と願い出て、利常もそれを了承し
めでたく美少年九蔵は、父から子へ譲渡されたのであった
(松梅語園)

ここまで躊躇するって、光高にとって利常はどういう風に見えていたんだろう




612 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/15(木) 01:26:15.31 ID:B4f6fVaP
直接おねだりしたらまた「じゃーん」とかやられると思ってたんじゃないの

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/15(木) 01:27:33.04 ID:X9cJJGcw
確かに、父親から「じゃーん」なんてされたら嫌だな…

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/15(木) 01:44:31.27 ID:V439AW3k
ついでに正妻の珠姫を虐めて死なせた乳母に、報復として蛇責めでいびり殺すようなサド体質だからな。
その上露出狂で美少年趣味で鼻毛。
たしかに息子でもあまり近づきたくないw

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/15(木) 11:18:35.71 ID:SJMbkTnk
でも名君ってオチまであるからな

616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/15(木) 18:17:58.93 ID:X9cJJGcw
Sで露出狂で美少年好きで鼻毛で名君か
なんかまとめちゃいけない設定まとめちゃった感じだな

前田利常、堀尾忠晴に一目惚れをする

2011年08月31日 22:03

611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 15:42:53.17 ID:cVYVs/k6
いい話にしたものか悪い話にしたものか迷った。僕らの微妙院様・前田利常公のお話

慶長20年(1615)大阪の陣の時の事だという。
この時、16歳の出雲松江藩3代・堀尾忠晴は堂々たる初陣を遂げた。
忠晴は絶世の美少年として知られていたが、彼の美々しい初陣姿はまさに天下無双だと大いに評判になった。
と、この忠晴の姿を一目見て心を射抜かれたものがあった。そう、我らが加賀百万石太守・前田利常(当時19歳)
である。

利常は堀尾忠晴とお近づきになりたかった。深くお付き合いしたかった。
大阪の陣が終わると利常は早速、共通の知人である幕府旗本の竹中左京に仲立ちを依頼、月見の宴を開き
そこに忠晴をお誘いすることに成功した!

当夜。
前田邸に堀尾忠晴が訪れた瞬間からもう心臓がバックんバックンの利常公。
周りは気をきかせ二人っきりに。
が、利常、あこがれの美少年が側にいることに緊張しまくり、彼にどんな言葉をかけていいのか、
何を話題にすれば良いのかわからない。
そんな状況に堀尾忠晴も退屈そう。そこで利常がようやく搾り出した言葉が

「つ、つつ、月が綺麗ですね。」

もっとロマンチックな言葉がかけられると思っていた所、この恋愛したての中学生あたりが
告白の時動転して言いそうなセリフに堀尾忠晴もガッカリ

「そんなに月が綺麗なのなら、どうぞお一人でご覧になって下さい」

こんな言葉を投げ捨て座を立ち、そのまま帰ってしまった。利常、手痛く振られてしまったのだ。
これに利常の落ち込みようは半端ではなく、周りもすっかり困り果てた。

と、それからしばらくして、今度は堀尾忠晴の方から利常に「またあなたの所にお訪ねしたい」と言ってきた。
落ち込んでいた利常、今度は有頂天である。その日は屋敷の中を大いに飾り立て彼を迎える準備に大わらわ!
今度こそ自分の思いの丈を忠晴に伝えるんだ!そこに堀尾家から書状が!

『やっぱ行けないやゴメン by忠晴』

このドタキャンに利常は本気で落ち込み完全に塞ぎ切った。正にジェットコースター。憔悴甚だしく、家中の
者たちの言葉も虚しいだけである。そして日が暮れた頃、暗い前田邸に、「堀尾山城守(忠晴)からの使者」という者が
訪れ、前田利常へ直接会って主人の言葉を伝えたい、と言ってきた。
ところがこの使者、侍ですら無い、ごく身分の低い下男であるという。

「いけません!そんな下賎の者に前田家の当主たる殿が直接会うなど!」

家臣たちは揃って反対した。それも当然であろう。前田家といえば御三家にも並ぶ最高の格式を持つ家なのだ。
だが利常の忠晴への想いは本物であった!その前には家臣たちの反対など何ほどのものであろうか!

「堀尾殿が内々に私に伝えたい事があるに違いないのだ!どんな身分の低いものでも直接会わねばならぬ!!」

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら。利常、家臣たちを押し切りその使者に直接会った。ところが
その使者は!

「私です」「あっ!?」

なんと、それは下人に変装した堀尾忠晴本人であった。彼は利常の自分への想いが本物であるかどうか、
こうやって試していたのである。魔性の美少年にもほどがあるぞ堀尾忠晴。

とまあこうして相手の気持ちが本物であることを知った忠晴と前田利常は、それ以後想い想われる仲になったと
言うことである。めでたしめでたし。
(寧固斉談叢)




612 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 16:00:31.58 ID:s2fv4nWQ
魔性すなぁ

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 18:17:51.15 ID:tLab+ljF
微妙すなぁ

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 19:32:17.99 ID:prUpXMoj
戦国ちょっとホモ話

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 19:56:34.12 ID:v+j4tj8Q
堀尾の思考パターンが
完全に女に見えるんだがw

616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:02:51.09 ID:glJgJGDD
女・忠晴 はじまったな^^

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:04:30.65 ID:hGB7AKfa
いよっ、御両人アッー!アッー!だね

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:07:38.38 ID:FQDgtgnw
漱石が「I love you」の訳語を「月が綺麗ですね」
にしたのを踏まえたネタだと思ったんだけど、原文にそう書いてるのだろうか

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:08:36.92 ID:6eJZV5Sn
忠晴は利常のどこに魅かれたんだ…
普通に考えれば引く手数多だっただろうに

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:13:27.69 ID:zCy8ZROv
忠晴もなんでこの露出狂に惹かれたんだろう…

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 20:49:02.78 ID:kyQAoyB/
忠晴もこうしてみるとほんとに惜しい人をなくしましたって感じだな


いろんな意味でw

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 21:19:20.87 ID:X+qoPoyA
うむ、おかげで松江藩はいろんな家にたらい回しにされた挙句、
松平不昧公のおかげで財政危機に

623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/31(水) 21:23:39.84 ID:hGB7AKfa
>>620

信長公を虜にした父親の股の槍左譲りの名槍持だったとか
それなら自慢したくて露出したくなるのも判る気がする

前田利常「大和殿・・・じゃーん!」

2011年08月30日 22:11

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/30(火) 18:16:28.85 ID:NhNyIOAq
江戸城中で、松平大和守直基が大坂の陣について雄弁を振るった事があった。

・・・が、大坂の陣の時に、直基はまだ元服も済ませておらず、活躍したのは兄の忠直や直政である。
同席した諸侯に、かの戦で自身も傷つきつつ戦った者や、親族を失った者も存在する中での直基の語りは、
人もなげな振る舞いに見えた。

そんな時、ツカツカと直基に近づいたのは我らが権中納言前田利常であった。

「大和殿・・・じゃーん!」
「きゃ――――――――――っ!!!」
(原文:大和守殿の側へお寄りなされ、足を捲り、慮外がましき体・・・)

利常お得意の露出狂攻撃を食らった直基は、目の色を変えて立ち上がり、諸侯も「これは事じゃ。」と
身構えたが、二人は何事もなく立ち別れた。


十日ほど過ぎたある日、富山藩主・前田淡路守利次(利常次男)は、直基に呼び止められた。

「おお、淡路殿!わしは利常殿の所へ参り、申し上げたき儀があるが、公儀にはばかりあり、それもならぬ。
貴殿も然るべき旨、お心得あれ。」
「し、承知。(ヤベェ!中納言の親父殿には直接仕返しできないから、オレに意趣返ししようってか?)」
困り果てた利次は、義弟(利常婿)の浅野光晟に相談した。

「ああ、それは私が大和殿に、義父上の
『ウチもようやく犬千代という孫(のちの綱紀)が出来ましたが、初めて犬千代が殿中へ上がる際には、
大和殿に介添えを願い申す』という言葉を伝えたからでしょう。大和殿、スゴい喜んでましたよ?」

“斯様の儀、御方便と存ぜられ候”と、「微妙公夜話」は結んでいる。
もう鼻毛殿は下に何もはかなくていいと思う。




601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/30(火) 18:25:25.37 ID:ZstUeY06
利常は下の話しか逸話がないのか

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/30(火) 20:56:44.22 ID:gKE0G6lL
上の話は鼻毛しかないので、上下話題に事欠かない、ってことで。

ある日、前田利常が目付衆を呼んで

2011年08月28日 22:30

276 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 12:35:46.41 ID:8mRTkC67
ある日、前田利常が目付衆を呼んで命じた。
「金沢城下の侍が、側妾を小屋敷に召し置いており、これを『囲い女』などと呼んでおるそうな。
もっての外である。いったい誰と誰がそんな事をしておるのか、調べて参れ。」

さっそく目付衆は調査に乗り出し、とりあえず調べのついた五、六人の名を書き付け、利常に報告した。
報告を受けた利常は、重臣の津田玄蕃を呼んだ。

「こやつらが『囲い女』を持っておるとか。この中で、妻子のある者はおるか?」
「(いかん、妻子持ちが囲い女など、けしからんとお考えか?)さ、さあ・・・良く覚えておりませぬ。
調べて報告致します。」

数日後、再び玄蕃は利常に呼ばれた。先日の書き付けの、幾人かの名に印が付けられていた。

「この者ども、妻子を持っていよう。」
「・・・・・・!」
「ふふ、わしが妻子持ちを罰すると思っているな?逆だ。連中は、自宅で『山の神』を祭らねばならぬ。
よって女を外に置いておるのだろう。もっともな事だ。
独身者はそうではない。女を置くに、誰はばかる事ないはず。外に囲うなど、もっての外である。」

玄蕃が『囲い女』持ちの男に利常の言葉を伝えると、心底を見透かされた男たちは、何とは無しに
女を囲うのをやめたという。(微妙公夜話より)


( ;∀;) イイハナシナノカナー?




277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 12:44:18.01 ID:YNTzrsME
何時の世も嫁さんはおっかないと言う事か、家内だけにナンチテ( ´w`)

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 13:36:51.08 ID:b849g2Fj
>>278
加賀辺りは詳しくないんだが、山岳信仰だったの?
山の神は女を嫌いというけど


282 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 13:40:42.98 ID:ZHdetznJ
>>281
嫁さんのことを俗に「山の神」っていうんだよ。

283 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 13:47:28.41 ID:prw/VQVG
ちなみに「容貌が醜く、嫉妬深い」とされるのが一般的>山の神

284 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/28(日) 13:58:02.42 ID:b849g2Fj
>>282-283
ああ、そういう意味なのか ありがとう
つまり隠語ってこと?

藤堂高虎は、はりきっていた。

2011年03月05日 00:00

44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/03(木) 22:23:51.44 ID:1N1x87lJ
元和六年、徳川大阪城の築城が開始される。
藤堂高虎は秀忠の命により、その総監督に任ぜられた。

高虎は、はりきっていた。
ことに石垣普請には自信を持っている。
これまでにない高石垣を築き上げたかった。

さて、加賀金沢城主前田利常らの北国衆が担当する石垣普請の持ち場である。
当時、大名間の技術格差は相当だった。

「・・・これは使えんな」
彼らの技術では無理と判断した高虎は、
自ら穴太衆と相談して北国衆の持ち場を担当すると、関係大名に言い渡した。

さらに高虎は決めつける。
北国衆の工事への関与は「御ふしんの邪魔」と。(あーあ、言っちゃった)

高虎は、はりきっていたのだ。




45 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 03:05:45.97 ID:ilzZdIh2
いい話…?

46 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2011/03/04(金) 20:02:49.15 ID:ouWEUsqu
前田家は雪かきが上手いっういい話

47 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/03/04(金) 20:15:28.15 ID:nEYEzGYP
前田家は鼻毛を伸ばすのが上手いっつういい話

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 22:34:26.09 ID:jEFEHsAd
そっちかあ。俺はまた、高虎が熱血親方だったっつういい話かと思ったよ。
しかもオヤジさん、この当時けっこういい年だよね。

近頃は旅籠というものができておりまして

2011年01月12日 00:01

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/11(火) 16:42:11 ID:TD6o4a/K
『微妙公御発語』より
あるとき微妙公こと加賀藩主前田利常に、家臣が話をした。

家臣「わたくし東海道を旅しましたところ、近頃は旅籠というものができておりまして
宿を貸すだけでなく、食事も作ってくれるのです」

つまり旅館、このころ登場したんですね。

「しかるに、木賃宿をにて宿を借りるだけで自炊し、むすびを作って旅するは当家だけ」

家臣さん、「旅籠に泊まっていいでしょ? 経費で落としていいでしょ?」
と言ってるわけですね。
さてハナゲさんのお答え。

「武士であれば、自ら飯を炊き、腰兵糧するは当たり前。戦乱になれば旅籠などやっていけまいよ」

平時にあって乱を忘れず。基本的にはいい話です。
また、ほかの大名家が腰兵糧を作らなくなったことも伺えます。

しかしこの戦時態勢維持の考えが三百諸藩ことごとく困窮し没落する原因になるのですが
それはスレの趣旨と違うのでここまで。




205 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/11(火) 16:52:59 ID:49mysqFh
経費節約のためですか。
さすが前田家は賢いですな(棒

敵も認めた漢の褒美

2010年04月10日 00:03

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 21:20:46 ID:LqX89tP0
敵も認めた漢の褒美


前田利常の家臣平野弥次右衛門の従者に五右衛門という人物がいた。

大坂の陣の際、真田丸を攻めていた五右衛門は、主人である弥次右衛門の
楯になり、十八発もの銃弾を全身に浴びてしまう。だが五右衛門は

「なんのこれしき、かすり傷でござるわ!」と笑い捨てた。

五右衛門の剛気を称賛した真田丸の兵達は、
「名を聞かせ給え」と五右衛門に声をかけた。

「う……」だが五右衛門は困惑した。なぜならば、まだ名乗る姓を
許されていなかったからだ。これを見た主人の平野弥次右衛門はすかさず
「我が姓をつかわす!」と叫んだ。

これに五右衛門は胸を張り、大声で真田丸に答えた。

「われは平野弥次右衛門が下人、五右衛門である!
これまで御供したる褒美として、たった今、姓を賜って
平野五右衛門となり申した!」

すると真田丸から、平野五右衛門を称える祝福の拍手が
湧き上がったのであった。


殺伐とした戦場の中の、ちょっと良い話である。




248 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/09(金) 21:37:09 ID:sEkh2D7v
>>246

( ;∀;) イイハナシダナー
仕える主は違っても主人に尽し、それを認められて名を上げた五右衛門に
豊臣方の牢人たちも思うところがあったんだな

249 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/09(金) 21:52:59 ID:k+x927XU
>>246
良い話だなぁ…殺し合ってる敵が「すげえよ、アイツ!」って褒めるってな。
やっぱり平野五右衛門は、その後死んだのか?生きてて欲しい人物だ…

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 21:55:47 ID:UqIGOPxt
18発も撃たれて元気に返事する人間がいたらもう拍手するしかないだろ…

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:08:13 ID:rs11C9Mf
平家物語とかでも那須与一が扇に矢を当てた時に平家側から歓声が飛び交ったって話あるけど
戦国の世でもまだそういう戦いの中の矜持みたいなのは残ってたんだな

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:35:50 ID:snK3vSao
上はともかく、下の雑兵や奉公人達は、憎しみで敵味方になってるわけじゃないものな

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:55:29 ID:QIQ51sBJ
>>246
こういう話大好きw

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 01:32:09 ID:b/zDPPS7
こういう、お互いの武者働きを称え合うのが戦国の醍醐味・・・
だと個人的には思ってる
その後、特に名を残さなかったとしても、生きてて欲しいなぁ

前田利常と静御前の薙刀・いい話

2008年10月16日 10:33

532 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/07/20(日) 21:52:20 ID:qCnkLbV+
前田家三代目藩主、前田利常の話。

前田家には源義経の愛妾、静御前が使ったといわれのある薙刀を家宝としていた。
ある時、徳川幕府より使いがきた。
「我が徳川家も、静御前の薙刀を所蔵しておる。前田家の薙刀は、贋物ではない
か?」
前田家の家臣達は困った。こちらが本物と言えば、幕府の機嫌を損ねる。だがこち
らが贋物と言えば前田家の面目が潰れる。
だが前田利常は、幕府の使者に笑って答えた。
「静御前は勇敢な女だった。義経のために、何度も戦った。その静御前の薙刀が、
一本のはずがあろうか。両家の薙刀は、いずれも本物である。」
その答えに、使者も家臣達も手を打って喜んだ。




533 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 23:13:45 ID:KkKvrnNm
>>532
俺にとってこのレスの“いい話”といえる部分は、利常の言い訳によって
前田家臣だけでなく徳川幕府側の使者までもが気をよくし喜んだことだと思う

最初から前田家にいちゃもんをつけるつもりでなかった、
争いをけしかけるつもりでなかったということが好感を抱かせる

前田利常の畳・いい話

2008年10月15日 14:55

264 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/03/22(土) 22:58:13 ID:GA9D+HlV
感動はしないけど、ちょっと良い話。

三代目加賀藩主、前田利常は能を見るのが趣味だった。
利常が能を見る時、家臣たちは利常の前に座り、利常は
いつも家臣の後ろから能を見ていた。家臣たちは利常が
見やすいように頭を下げ、低い体勢で能を見ていた。
(これでは家臣たちに、能を楽しんでもらえないな…)
そう考えた常利は、自分の座る所に畳を積み重ねた。
そうすれば、家臣たちは頭を下げる必要が無くなるからだ。
利常の温かい心遣いに、家臣たちはみな、感激した。


265 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/03/23(日) 06:03:24 ID:/9M3T9ey
加賀の殿様というと家臣3人に「あそこの星見える?」って聞いて
一人目が「見える」といい二人目は「ぱっとみ見えないけどよく見たら見つけたよ」といって
三人目が「残念ながら見えません」というと
三人目に「本当の目を持っているのはお前だけだなぁ・・・」って嘆息した人がいるらしい

全然いい話じゃないかw




266 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/03/24(月) 02:29:38 ID:KUPjjepb
熊に見えた

269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/03/24(月) 14:02:41 ID:Y6Rd8lBQ
>>265
それってもしかしてこんな星?

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                     今夜は妙に星がきれいだクマ・・・


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270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/03/25(火) 02:53:44 ID:V9Hribd8
>>269

フラグ立ってるじゃねーかwwww

272 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/03/28(金) 00:09:04 ID:B2H7Y8dJ
>>269
ちょww
それは見えちゃいけない星wwww

273 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/03/28(金) 00:27:34 ID:IehCnZnX
>>269
ウリにも何か白い星が見えるニダ
何かいいことがあるニカ?