FC2ブログ

みなみな無になってしまったのに

2020年11月26日 17:09

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/11/26(木) 16:47:46.99 ID:Jq8EZIPS
みなみな無になってしまったのに

前田利家の次男・利政は関ヶ原合戦の折に改易され、その後は京に隠棲した。
一時は本多佐渡から兄の利長に「(利政を)国の端にでも置くように」と家康の仰せがあったと伝えられ
母のまつ(芳春院)も利政の放免を喜んでいたが、実現することはなかった。
年次不詳だが、利政の処遇についてまつが嘆く書状が残されている。(前田土佐守家資料館蔵)


本当に度々人を遣わして下さるので嬉しく思っています。孫四郎(利政)のことは
初めはするするとしたお返事を(家康が)申されたのですが、今は色々なことがあり
勢いがありません。側で人がどれだけ力を入れても許されなかったので、好機は済んだのでしょう。
大御所さま(家康)は御口が上手いので、(自分の)死んだ後のことまで申されるそうですが
太閤さま(秀吉)が日本の衆に政治をさせ、どれほどの多くのことを仰せられていても
みなみな無になってしまったのに、おかしなことだと思います。
こんなことを申すのは、我が身の因果の程(報い)を感じるようになり、仏心にも見放されたと
思っているからです。九月より喉のあたりが腫れてきて、胸も痛く”けんかん”の薬を飲みました。
合間合間に飲んでいるからか、腫れてはいますが物はよく食べることが出来ているので、安心して下さい。
めでたくかしく

十月六日 より
おちよ御返事 参 ちま はう(芳)
申給へ



464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/11/26(木) 19:08:52.41 ID:ydaJNGMI
親子共にケチだから分家つくるの嫌がったのかね?
スポンサーサイト



昔の縁組、今と相違の事

2016年09月05日 14:30

149 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/05(月) 02:53:31.34 ID:dFlSQvTW
昔の縁組、今と相違の事

昔の縁組は今とは心入れがはるかに違ったものである。
阿倍四郎五郎〔二千石〕が先祖(阿部政澄)は、加藤主計頭清正の婿である。
今もその家に当時に物件がある。
大小不釣り合わせの事であるが、
きっと清正から阿倍の武勇を愛でて縁組させたのであろう。

また偃武の後のことであるが、
加州前田家から四辻家納言の子息に縁組があった。
これは加侯が京都で四辻幼息の楽舞を見て、
その立ち居振る舞いが閑雅であったのを賞する余り、婚姻を申し込まれたという。

(甲子夜話)

調べてみたのですが、前田家というのは前田利政のことで、
彼の娘が四辻大納言公理に嫁いだようですね。
彼の領地は能登で、しかも没収されているのですがね