利太(前田慶次)は浴場で入浴した。

2017年10月04日 19:07

159 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/03(火) 22:38:23.77 ID:k5xzbSsL
ある日、利太(前田慶次)は浴場で入浴した。

この時の利太は巾で顔を覆い、褌に合口(短刀)を帯びて入った。
浴槽にいる者は驚いて出て、皆が刀を帯びて浴槽に入った。

そのうち利太は浴槽から出て合口を抜くと、その合口で垢を落とし
始めた。戻って来て入浴する者がこれをよく見ると、

それは合口ではなく竹べらであった。ここで初めてたぶらかされた
と分かり、人々は大いに恥じた。

――『加賀藩史稿』



160 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/03(火) 22:54:05.10 ID:W4EWc78u
お決まりのアレね

161 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/03(火) 23:03:17.56 ID:KBj7WAN5
まとめサイトの547(リンク貼ろうとしたら弾かれた)の
前田慶次の、かぶき者の入浴・悪い話
ていう翁草の話と少しちがうな
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「前田利太の馬である」

2017年09月02日 21:07

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/02(土) 04:14:54.03 ID:FEKQ9VHC
かつて夏夕に、前田利太(慶次利益)は馬飼いに松風という愛馬を引かせ、
馬飼いは洛東の鴨川で松風に水浴びさせるために出発した。

馬飼いは利太の意を受けて、烏帽子を腰にして鴨川に赴いた。その途中で
出くわした武士に「誰の馬なのか?」と問われると、

馬飼いは烏帽子を着けて舞い、今様の曲を口にして謡った。その曲中にて
「前田利太の馬である」と述べて、馬飼いは謡い舞ってその場を去った。

――『加賀藩史稿』



198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/02(土) 06:53:19.22 ID:vXsrAWJJ
あかいちょっかい革袴
とりのとっさか立烏帽子
前田慶次の馬にて候

利太が変通を知ること

2017年08月31日 16:58

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/31(木) 04:04:36.60 ID:UEGnf68d
前田利太(慶次郎利益)が高徳公(前田利家)に従って京都にいた時、
関白・秀吉は利太が奇人であると聞いて謁見を望み、

務めて異様を表して出仕するように命じた。すると利太は髻を耳上に
作り、皐比(虎皮)の肩衣を身に付け、異様な袴を穿いて出仕した。

利太は謁見するに到り頭をそばだてて拝謁し、髻はまっすぐになった。

秀吉は大笑いして良馬一頭をお与えになり、「再謁してわしの面前で
この馬を受け取れ」と、言った。これは利太が更に異様な装いで出仕
することを推量しての心中であった。

利太は退くと服を改めて髻を正し、進見して賜物を拝領した。表情は
正しく、容姿も厳粛であり、進退も規律があった。

秀吉は感嘆して、利太が変通を知ることを称えた。

――『加賀藩史稿』



194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/31(木) 06:34:26.82 ID:sFrl8ECp
大人ひとりじゃ持てないような脇差は持ってなかったのか

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/31(木) 10:43:01.79 ID:tjcfsPmD
花の慶次の見せ場にあったな

196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/08/31(木) 11:59:21.66 ID:DQ47Luus
>>193
これが元ネタか、懐かしい。

前田慶次が大事にしていた召使い

2016年07月29日 14:03

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/28(木) 14:08:18.50 ID:U/gwoNap
前田慶次は関ヶ原で活躍することはできなかった。しかし関ヶ原の戦い
のちょうど一年後、関ヶ原をちょうど通過していた。
そのときに、前田慶次の朝鮮人召使いが体調不調がいちじるしくなり、
馬に乗せることもできないほど重態になった。
前田慶次はその朝鮮人を斬首して捨てていった
わけではなく、竹中ハンベエの息子がちょうど近くで城主をやっていたため
入院の招待状?を書いて、召使いを竹中氏に預けている。
前田慶次が大事にしていた召使いであった。



1000 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/28(木) 14:09:24.54 ID:U/gwoNap
入院の紹介状、だな。大体の意味は。
1000ゲット

前田慶次『かて飯』『槍をかかえて自陣に帰る』『戦場のひなたぼっこ』

2015年04月26日 16:07

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 07:14:41.02 ID:5r9IOFLr
かて飯

堂森の前田慶次の屋敷に上杉景勝の御成があった
そこで慶次は景勝の食事に大根と稗や麦・芋などの雑穀の入ったかて飯を差し上げた
景勝は大いに喜び、慶次に料理の名前を尋ねた

慶次は景勝の御意にかなったのだろうと思い、「かて飯と言われる田舎の飯です」と答えたという

「米沢の昔話」





698 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/26(日) 03:20:26.26 ID:ier522gz
槍をかかえて自陣に帰る

北目城の伊達政宗が信夫・伊達郡に出陣した戦いで、前田慶次はいくさの魁に一騎打ちの機会を得た
しかしすぐにそれに応える者はおらず、業を煮やした政宗は軍の中から武に長けた者を選んで相手を差し向けた

しいんと鎮まり返った両軍の真ん中で上杉軍からは慶次、伊達軍からはなにがしといった者が対峙した

互いに鑓を交えたところでいきなり慶次が槍でなにがしの頭を撲った

なにがしは不覚にも気を失い、落馬をしてその場に崩れ倒れた

「これで首級を取られ、勝ち名乗りがされる」…両軍の間に緊張感が流れたが、慶次失神したなにがしに活を入れると槍を小脇にかかえて自陣に帰てしまった

両軍から期せずして笑いが起こった

その笑いは慶次郎の寛容さに対する、称賛の笑いであった

戦場でも気まぐれな前田慶次のお話




700 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/26(日) 03:53:51.49 ID:ier522gz
戦場のひなたぼっこ

最上陣において上杉景勝から虎の皮を下賜された前田慶次はその皮を馬の鞍の押掛けに用いていた

長谷堂城攻めが始まると、慶次は木陰の草じしに虎の皮を敷き、馬の腰に付けていた持参枕を出して来て、心地よさそうに一日中寝てばかりしていた

周囲の者が咎めると慶次はこう答えた
「味方の働きがあまりに緩慢故眠気を催した。忙しくなったら起こしてくれ」

常にマイペースな慶次の話




前田慶次と細川幽斎、前田慶次と最上義光

2015年04月25日 15:59

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 06:34:44.79 ID:5r9IOFLr
前田慶次と細川幽斎

細川幽斎(細川藤孝)が歌に巧みな事は犬遊びをする子供でも知っている事である
例えば連歌の席で他の者が前句を言い終わる前に、幽斎は瞬時にそれに付ける後句をいくつか捻り出してしまっている
松永貞徳などが時間を掛けて思案するのに、幽斎は人々が驚くばかりに次句を作ってしまう

伏見の連歌会で似生(前田慶次)という人が二度ばかり歌を作れずに時間を掛けていた事があった

似生は自分が句を捻り出せないのを逆手に取り幽斎に「あなたほどの人なら私が詠むだろう歌もわかっているのではないか?」といたずら心で聞いてみた
すると幽斎は「能のわき、名乗るよりはや打ち忘れ」と答えた

能のワキはシテ(主役)の相手役である
ワキが登場する前に太鼓や笛に合わせワキが名乗りを語る所で囃子が止むが、囃子が無ければワキは舞台に登場すらできない

幽斎「私なりの句は作れますが、前句の掛けだしもないのに後に続く付句を含めてあなたが詠むはずの歌を私に作れる訳がないでしょう。買い被り過ぎです」

慶次のユーモアとそれに対する幽斎の見事な切替しのお話

『鷹筑波』ほか




867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 07:32:21.50 ID:5r9IOFLr
紹巴法橋(里村紹巴)の門弟に似生(前田慶次)と白○(最上義光)あり

同門兄弟の様なりたるが、先の最上陣(長谷堂合戦)では敵味方に別れたり

焉党は共連歌を学びて歌掛を伺い、源氏物語を講釈して文義分明

「關原軍記大成」ほか

長谷堂合戦で敵味方として戦った前田慶次最上義光のつながり




前田慶次三話

2015年04月25日 15:58

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 12:33:24.56 ID:5r9IOFLr
前田慶次と古道具屋

慶次が市中をぶらりと歩いていると、古道具の店先に珍しい銘の入った見事な鐙が片方だけ売りに出ていた

慶次はいたくそれを気に入り「いくらだ?もう片方は無いのか?」と店主に尋ねたが店主がないと答えると「じゃあしょうがない。惜しいけど買う訳にはいかないな」とこぼして帰路についた

この古道具屋の店主はかなりの曲者でどうにかして慶次に鐙を買わせようか思案し、密かに別な古道具屋に頼みその店に件の鐙を売り物として出してもらった

そうとは知らぬ慶次がまた町をぶらりとしていてこの鐙に気付いた

慶次「お!こいつは前に欲しかったあの鐙の片割れか?」

慶次は鐙の右か左かも確かめずに高額で品を買い取ると、以前に鐙が売られていた古道具屋に急いで向かった

慶次「店主!先日来た者だ!あの時の鐙をくれ!」

店主はすっとぼけて慶次に答えた

店主「いやあ残念でしたね。欲しい方がいてあの鐙は売れてしまったんですよ」

古道具屋の主に一杯食わされた慶次の話

「米沢の昔話」




689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 12:53:32.22 ID:5r9IOFLr
前田慶次のバツの悪い話

ある日安田能元の使者がやって来る事を聞いた前田慶次は小姓に「安田の使者が来たら菓子には焼き米を出しておけ」といいつけた

間もなくその使者がやって来たので小姓は言いつけ通りに焼き米を出した

慶次は安田の使者が焼き米を食べている最中に頃合いを見て障子を開け、“安田の使者か”と出し抜けに大声で驚かすつもりだった

大抵の者ならば驚き慌てふためいて焼き米を噴き出すか喉に詰まらせむせるところであろう
慶次はそれを見て楽しむつもりだったが、安田の使者は焼き米を悠然と咀嚼し飲み込むと、顔を整え両手を前に揃えて静かに「主人より使いを申しつけ参りました」と何事もなかったかの様に平然と一礼し、主から言われた口上を述べた
(安田が使者思の外一と曲ある者と見へて含たる焼米を稍暫く嚼食て後に貌を整ひ手を揖して最と静かに使命を申しけるにぞ)

それを見た慶次は白けた顔をして不機嫌そうにそれを聞いていた
(慶次以ての外白げられて入にけり)

『米沢地名選』



690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 13:05:42.02 ID:5r9IOFLr
好物

前田慶次が加賀国にいた頃、高野道安といった隠士がいた

道安はもっぱら茶の湯を好み、ある時人に「私は食事が無くてもお茶があれば十分に幸せです」と語った

この話を伝え聞いた慶次は道安を屋敷に招くと色々な茶を進めた

やがて日が暮れ道安は空腹になって来たが、一向に夕食が出る気配がない

仕方なく道安が屋敷の小姓に尋ねると、小姓が茶を道安に進めて来た

その様子を伺っていた慶次が不意に物陰から現れて道安に言った

慶次「夕餉よりお茶ですよね?」

道安はすっかり困ってしまい早々に暇乞いをして逃げ帰てしまった



692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/25(土) 21:15:43.45 ID:+zOE9oNP
>>688
なんかアメジョっぽいな

前田慶次の鉄笠

2015年04月24日 18:39

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/24(金) 15:54:27.60 ID:4P9hbfME
前田慶次の鉄笠

長谷堂の退陣に当たり芋川守親は最上の追軍をよく留めていたが、戦線が綜じて敗北の気色に至り、直江兼続がついに自刃を決意したとき、前田慶次は「大将たる者がいたずらに死に急ぐな」と諌め
「これより戦線を留め申す」と言い放つと戸上から長谷堂方面へと馬を走らせた

殿軍にあった水原親憲は慶次を見かけると
「この退き口は地形的に馬上では不利である。馬より降りて追いすがってくる敵を槍で突いた方が良い」と伝えた

この日の前田慶次の出で立ちは黒の鎧に猩々緋色の羽織、金のいらたか、襟には金の瓢箪を房に付けた数珠、鉄金渋の兜笠、十文字の槍。馬も鎧と同じ黒い色でこれには金の山伏頭巾をかぶらせていた

敵を見つけると慶次は馬から降り「前田慶次ここにあり」とをめきを挙げて敵に打ちかかっていった

『武辺咄聞書』ほか

この長谷堂撤退戦で前田慶次が用いたとされる鉄笠は数年前まで寒河江の資産家が所蔵していたが、逝世により遺族から放出され、現在は行方知れずと言う

前田慶次と占い師

2015年04月24日 18:38

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/24(金) 16:29:58.71 ID:4P9hbfME
前田慶次と占い師

玄録法印という有名な占い師があり、良く当たると人々の信仰を集めていた

慶次「それなら俺も占ってもらおう」

慶次はわざと低い身なりの者の着物を着ると玄録を訪ね占いを頼んだ

慶次「それがしには子どもがいるのですが、嫡男は昨年病に倒れ、薬もまったく効きません。次男は主人に逆らい、知行を没収され蟄居の身です。末の娘は家出をし、居場所がようとして知れません。私はどうしたら良いのでしょう?」

玄録はしばらく時間を置くと「山林の神を怒らせる様な事をしませんでしたか?山林の神に謝罪しこれを信奉しなさい
嫡男の事はまずは名医に当たりなさい。次男もすぐに赦されるでしょう。娘は百日後くらいに見つかるでしょう。命に別状はないからそちらは大丈夫でしょう」と答えた

慶次はそれを聞くと
「山林の神の怒りはともかく、実は私にはまだ子供がいないんだ」

玄録「!」

慶次「お前を試したんだがとんだ食わせ者だったようだ」と大笑いした

玄録はすっかり面目を失い、慶次に言い返す事ができなかったという

蒲生氏郷と伊達政宗の対面

2015年01月16日 18:40

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/15(木) 20:18:33.55 ID:L+YjOFig
天正十八年(1590)、葛西大崎一揆が起こると、会津の蒲生氏郷はこの平定のため出撃し、
一揆方の名生城を攻め落とすと西高清水に陣取った。
ここに、伊達政宗が味方するためと参上した。

しかし、氏郷はそれまで政宗に、使いを以って『一揆を攻められるべきである』と、再三に渡り伝えたにも
かかわらず、全く戦おうとしなかったため、政宗の心底を見ようと、氏郷は政宗の陣所へと向かった。
政宗はこれを喜んだ。その座は、左の上座に氏郷、次いで佐久間久右衛門(安政)、前田慶次(利益)、
佐久間源六(勝之)、蒲生源左衛門。
右の上座は政宗、次いで武田・田村・茂庭・片倉であった。

この時、酒乱に及び、政宗は座を立って乱舞した。そして「肴を取ってくる」と勝手の方に入ろうとしたが、
ここで佐久間源六が政宗を抑えて「このような座敷で、大将が勝手に入るような真似はせぬものです!」と
元の座に戻し、「私が肴を取ってきます。」と勝手の方を見に行くと、そこには数百の兵が控え、事有れば
打って出るという気配に満ちていた。

源六は勝手より肴を持って出ると政宗の右手に近づき、「お酒を注ぎましょう。氏郷の前に杯がありますから、
政宗殿がお納め下さい。」と進めた。
そして酒宴も収まり、氏郷は退出した。久右衛門と源六の佐久間兄弟、および前田慶次は残って、
政宗と京や田舎の物語をし、氏郷が充分逃げ延びた間合いを見計らってから退出したという。
(佐久間軍記)

佐久間軍記による、蒲生氏郷伊達政宗の対面の模様である。



260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/16(金) 17:13:29.67 ID:7WkErP5W
>そして「肴を取ってくる」と勝手の方に入ろうとしたが、

怪し過ぎるわwwww
もうちょっと自然に席を立てよwwww

前田正虎、父親に手を焼く

2011年11月05日 22:00

807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 08:46:38.41 ID:JpUqI86K
前田正虎、父親に手を焼く

前田正虎には自分勝手で自由奔放な父親がいた。
叔父を困らせ40歳を超えて家族を捨て出奔し、京都で気の向くままに自由を満喫していた

正虎「父がここにいると聞いたのですが・・・」
里村紹巴「父?ああ、似生さんか・・・最上殿なら知ってるかな?」

正虎「父をご存知ありませんか?」
最上義光「んー、三斎殿の処で見掛けた様な気がします」

正虎「父がこちらに来ていませんか?」
細川三歳「あー、聚楽第で見た気がします」

正虎「父を見ませんでしたか?」
古田織部「龍砕軒不便斎さんなら里村さんのトコに行きましたよ」

正虎は方々を探し歩き回り父に金沢へ戻るように説得したが受け入れられず、
前田慶次は「小姑みたいにうるさい事は御免だ」と前田正虎と縁を切ったとも言われている。





808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 13:06:54.35 ID:rQCpT3Za
>>807
これはwww
前田正虎のイメージが一気に固まった

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 14:22:39.83 ID:i2ZdRcOw
親父がアレでも、息子はデキが良かったんだなぁ。
母の遺伝子は偉大だわ。

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 15:12:35.90 ID:z5kXDrfl
>父に金沢へ戻るように説得した

どうせ戻ってもろくなことしないんだから放し飼いにしとけよw

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 16:02:09.33 ID:4GknRTaU
あれ、どの小説読んでもそんな息子でてこない???
娘なら多いけどなんでや?

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 16:08:52.87 ID:feWHJ09D
>>809
母親も利家の姪なんだよね。

813 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/11/05(土) 17:40:49.27 ID:BvZTKQe+
>>811
地味過ぎて目立たないか親父がDQN過ぎるから
ほら、伊達政宗の息子だって逸話が少ないじゃない?

814 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/11/05(土) 17:43:30.67 ID:2sMHxGfv
キレる遺伝子しかないやないか

815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 17:56:13.96 ID:BvZTKQe+
しかし
前田慶次の京での交友幅は
秀吉(ラスボス)
山科(公家)
里村(連歌の王様)
三斎(才人)
鮭様(文人)
古田(ゲヒ殿)
変わった人が多い

816 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/11/05(土) 18:19:27.07 ID:2DzgniI7
>>813
親父が付けた家臣を切って
親父がブチ切れて公儀に改易してもらうなんて喚いたなんて話がなかった?

>>815
ツーか全員文人じゃね?

817 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/11/05(土) 18:33:32.13 ID:2DzgniI7
>>816
自己レス
秀宗のこと

818 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 18:45:41.86 ID:BvZTKQe+
>>816
公頼事件ね。
でも、先代が目立ち過ぎると次代ってパッとしない事が多いよね
松永久秀とか長野業正とか

秀吉も文人なのか・・・

819 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 18:48:17.35 ID:BvZTKQe+
「アクの強い」文人で「クセのある人物」

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 18:50:13.51 ID:knSho4jz
それでも親父は人気あるんだから
息子は納得いかないだろうなあ
自分は正虎のような人が好きだが

821 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 19:00:52.83 ID:BvZTKQe+
>>820
真田昌幸と信之みたいなものなのかな

昌幸「ヒャッハー」
信之「親父勘弁してよ・・・」

822 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 19:08:21.44 ID:knSho4jz
>>821
まさにそれだ 信之兄さんを全力で応援したくなる

823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 19:10:45.14 ID:BvZTKQe+
鬼武蔵の息子は親父の行動をどう思っていたのだろう?

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 19:57:15.97 ID:NN3uGhtP
息子いるんだっけ?

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:03:37.83 ID:G8pSCZYy
遺言状に娘?か妹はでてくるが、息子いたっけ
烏帽子子は上で人間無骨の餌食にさせられてたけど

826 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:39:23.37 ID:BvZTKQe+
森勝介「義父ならしょうがない」
乱・坊・力「ですよね~」

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:46:13.07 ID:Yc2gbHWc
娘しか居ないんじゃなかったっけ
ところであの遺言状はなんで尾藤知宣に出されてんの?
普通一族か家臣に宛てない?

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:55:00.97 ID:ZKZeIQ26
>>824
息子と伝わる伝説のある森玄蕃って人の墓は岐阜県の根本って所にあるけど森家公式の記録ではいないよ

829 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/05(土) 20:57:07.36 ID:fX1+ak6T
>>827
あの遺言状は秀吉に見せることを想定しているものだから、
長可と秀吉の取次ぎである尾藤に渡した。

肉親用には別の物が存在したと考えるべきだろう

慶次さんのいたずら その1 三壺記より

2010年10月11日 00:00

571 名前:慶次さんのいたずら二題 その1[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 22:37:40 ID:b48f6Tf7
いつも楽しく読ませていただいております。
日頃のお礼も込めて投稿させていただきます、読みにくかったら&既出だったらすみません。

三壺記より
前田家のこまったちゃん、慶次君が伏見城で秀吉に謁見するときのこと。
我らの傾奇者はざんぎり頭に鎌ひげ、左右にのびた口髭という異相で長袴を着て次の間に控えていた。

浅野弥兵衛、猪子内匠らがこれを注意した。
「これはなんという格好じゃ、御目見えするときは長髪じゃいかん」

その場に畏まった慶次、おもむろにつけ髪、かけ髭を取り外すと
その下から髷も結い髪も剃った顔があらわれた。

慶次が秀吉の不興を買うこと内心ほくそ笑んでいた大名たちは
慶次のいたずらに乗せられたことに気が付き、興ざめしてしまったそうな。





関連
慶次さんのいたずら その2 鶴城叢談より

慶次さんのいたずら その2 鶴城叢談より

2010年10月11日 00:00

572 名前:慶次さんのいたずら二題 その2[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 22:39:58 ID:b48f6Tf7
同じく慶次さんのお話
米沢地名選、鶴城叢談より
慶次が景勝に伺候するために正装して登城しました。
しかし慶次の素襖には紋が無く、これに気が付いた景勝はその理由を聞いた。

慶次「紋ならば付いております、よくご覧になってください」

景勝も家臣ももう一度見直してみると、小さな虱の紋が。
厳粛な空気は一転、笑いに包まれ、烏帽子を傾けて笑い転げる人も。

しかし慶次は笑わず、威厳を正したままであったという。


以上二題、前田慶次のいい(歳してなにやってんの)話でした。




573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 22:58:14 ID:TdGmPHTa
>>572
そしてそこにはまったく笑ってない景勝の姿が・・・

575 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/10(日) 00:31:20 ID:yd4GoK6Z
北条(キタジョウ)の蟻の旗の話とそっくりだな

576 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/10(日) 00:47:03 ID:c3DUu+YK
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-597.html
初鹿野伝右衛門のムカデの旗の話にもそっくり

577 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/10(日) 05:27:16 ID:cF8/S0V9
主張し過ぎない小さい紋がオシャレ!

578 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/10(日) 07:14:09 ID:MSGwMeEK
戦国スイーツ(笑)

579 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/10/10(日) 14:44:48 ID:0JygZ3hb
>>572
義久「今、笑った者を打ち首にしろ」



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慶次さんのいたずら その1 三壺記より