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武蔵守はその容貌の逞しさを感心し

2018年11月06日 18:07

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/05(月) 18:22:37.48 ID:xOwWXg/m
元和元年(1615)丁卯夏に、また大坂御陣あり。貞泰(加藤貞泰)と松平本名池田武蔵守
利隆は同じく神崎口に属す。伝えによると、貞泰は謀を進めて陣を張ろうとした時、

松平武蔵守の軍士が貞泰の備の前に進んだ。この時、家臣の加藤主馬光尚は武蔵守本陣に至り、
「直に申し上げたき事がある」と言った。武蔵守が対面した時、主馬は近々と進み出て、

「御人数を御開き下さるべし」と言った。武蔵守は同意して早速人数を開かせ、これによって
貞泰は先陣となった。主馬は遥かに座を下り、「早速の御許容かたじけなし」と申し述べる。

武蔵守はその容貌の逞しさを感心し「時に甚だ寒い。酒ひとつ」と言うと、近習の者が大杯を
持って来て主馬に遣した。主馬は「仰せかたじけなし」と言って引き受け引き受け3杯飲んだ。

武蔵守は猶もまたその意気の凄まじさを賞し、また酒を差し上げると、主馬は辞退せずに再び
これを飲んだ。これより見れば、武蔵守と先陣を争ったのは冬陣の時であろうと言われている。

一書によると夏御陣の時は貞泰は中嶋口に向かい、落城の後に御暇を下されて米子へ帰ったと
言われている。

――『大日本史料(加藤光泰同貞泰軍功記)』


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