737 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/25(土) 22:46:11.27 ID:hu1HyIr1
「続武家閑談」から「信玄対謙信伝之事」
謙信と信玄の取合の時分、謙信軍が境を越えてきた。
このとき信玄は一の手に若武者を、二の手に老功の武者をあて、川を前にして布陣した。
これを見た謙信は合戦にかかろうとはしなかった。
この理由だが、一の手の若武者は「老人の前で逃げ腰でいられようか」といよいよ励むだろうし
二の手の老功の武者は「若武者がこうも頑張っているのに劣っていられようか」と進むため、強兵となるからだという
738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/25(土) 23:06:10.78 ID:hu1HyIr1
(続き)
また、信玄が北条と取合の時、北条常陸介の黄八幡の指物を拾ってきた。
(地黄八幡だから北条綱成だろう)
北条の勇猛で有名な常陸介が我が軍の勢いを恐れて指物を捨てて逃げた、と山県昌景をはじめ皆これを笑った。
信玄は「おそらく差し替えの指物を下人が落としたのだろう。
常陸介は隠れなき弓取である。これにあやかって誉を取れ」
とそのさしものを真田隠岐(真田信尹?)に賜った。
真田隠岐は其歳二十三歳であった。
この真意は、敵に怒りを含ませては無理な働きをさせてしまうからである。
常陸介も三千の大将であるので、より必死で戦うようなら難敵となるからだ。
北条家でも指物を落としたことで常陸介が嘲られていることだろうと落胆していたところに、信玄の批評を聞いたのでほっとした。
常陸介もこれを聞きおよび、よろこんで涙を流したという。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-497.html
武田信玄と、北条綱成の地黄八幡の旗・いい話
後の方は一応出ていたけど、真田昌幸に与えられたことになっていた
740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/26(日) 10:53:20.18 ID:AqAmt3K9
まだ真田宝物館に旗があるようだ
「続武家閑談」から「信玄対謙信伝之事」
謙信と信玄の取合の時分、謙信軍が境を越えてきた。
このとき信玄は一の手に若武者を、二の手に老功の武者をあて、川を前にして布陣した。
これを見た謙信は合戦にかかろうとはしなかった。
この理由だが、一の手の若武者は「老人の前で逃げ腰でいられようか」といよいよ励むだろうし
二の手の老功の武者は「若武者がこうも頑張っているのに劣っていられようか」と進むため、強兵となるからだという
738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/25(土) 23:06:10.78 ID:hu1HyIr1
(続き)
また、信玄が北条と取合の時、北条常陸介の黄八幡の指物を拾ってきた。
(地黄八幡だから北条綱成だろう)
北条の勇猛で有名な常陸介が我が軍の勢いを恐れて指物を捨てて逃げた、と山県昌景をはじめ皆これを笑った。
信玄は「おそらく差し替えの指物を下人が落としたのだろう。
常陸介は隠れなき弓取である。これにあやかって誉を取れ」
とそのさしものを真田隠岐(真田信尹?)に賜った。
真田隠岐は其歳二十三歳であった。
この真意は、敵に怒りを含ませては無理な働きをさせてしまうからである。
常陸介も三千の大将であるので、より必死で戦うようなら難敵となるからだ。
北条家でも指物を落としたことで常陸介が嘲られていることだろうと落胆していたところに、信玄の批評を聞いたのでほっとした。
常陸介もこれを聞きおよび、よろこんで涙を流したという。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-497.html
武田信玄と、北条綱成の地黄八幡の旗・いい話
後の方は一応出ていたけど、真田昌幸に与えられたことになっていた
740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/26(日) 10:53:20.18 ID:AqAmt3K9
まだ真田宝物館に旗があるようだ
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