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働いた茶湯

2019年09月05日 17:28

千道安   
182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/05(木) 15:25:59.18 ID:RI1GVjri
道庵(千道安)の方へ去る者が茶湯に行くと、庭に多くの朝顔があって花は盛んであり、露路
は見事である。その通りを利休に語ると、利休の申し様は「いまだ知らず」として日を定めて
茶湯を所望し赴いた。

露路を見ると朝顔は一葉も無く「これは」と見るところに、床の花入に朝顔一輪が入れ置いて
あったのである。数人に見古させた花を庭で父に見奉ることは、賞玩にならないのだという。
この如く(道庵は)働いた茶湯であったという。

総じて茶湯の心はこのような事なのだという。

――『烈公間話』



183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/06(金) 17:42:29.71 ID:ElVrVvH2
https://i.imgur.com/BJQzxTQ.jpg
利休と秀吉の逸話で有名な話か

184 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/06(金) 19:19:56.35 ID:JbkfYi17
>>183
この話知った後だと悪い話にしか見えねぇな
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1557310620/192

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/09/06(金) 21:53:14.67 ID:87NqUTDD
>>184
おまへのものはおれのもの、おれのものはおれのもの
他人の創意を横取りとはえらいガツガツしてんな
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古田織部などでもあろうか

2019年08月13日 14:52

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/08/13(火) 13:55:02.76 ID:Pv9b1yua
千利休は同子の道菴(道安)と古田織部について、細川三斎(忠興)が「貴老が五百八十年後
(長寿した後)に果てなさったとして、以後天下の茶湯指南は誰なのでしょう」と問うた時、

利休は答えて曰く、「世倅の道菴は働いた茶湯である。しかしながら人柄が悪い(然トモ人柄
悪シ)。天下の指南はなるまい。古田織部などでもあろうか」と申したという。果たしてその
如くである。

――『烈公間話』



台子は道の秘伝であり

2019年06月29日 17:48

千道安   
49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/28(金) 20:24:43.65 ID:DTOY7Kmh
大阪にて、秀吉公が桑山法印(桑山重晴)の屋敷へ御成になった時、千道安(利休実子)が来て台子飾りを準備した。

ここに薩摩屋道七(山上宗二の息子、山上道七)が挨拶に来て、その台子を見ると
「何者がこんあ無知なことをしたのだ」
と散々に言って、直ぐに飾り直した。

この時道安は次の間に居て、道七の言っていることを聞き、他の歴々の人々も聞き、いかにも
可笑しかったのだが、道安はまるで聞こえていない様子でそのままにしていた。

この座に松倉豊後守(重政)が居られ、後で私(久保長闇堂)に話された。
その時は豊後守殿も道七の飾り方が尤もだと思われたそうだが、その仕方を知る人に密かに
尋ねた所、道七の仕方は古風で、利休、道安の仕方は当世風であったとの事で、彼は
「台子は道の秘伝であり、道安はそれを道七に知らせまいとしたのだ、たいへん用心深いことだ。」
といった。

その時は右構え(現在の逆勝手)だったという。

(長闇堂記)



50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/28(金) 23:02:09.85 ID:A8ks1j2U
くだらねぇ

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/30(日) 12:59:59.99 ID:bqTSCWea
たしか古今著聞集で
ある貴族が儀式の際、言葉に詰まったような感じになって
皆が「おや儀式をしくじったのかな?」と思ったところ
儀式後、その貴族がひとり残っているところにある有職故実に詳しい貴族が駆け寄ってきて
「秘伝、誰にも漏らしてはなりませんよ」
と言ったとかいう話を思い出した

「宗易の手前によく似ている」

2016年09月02日 19:57

千利休   
141 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/02(金) 03:03:00.96 ID:solwGPfs
千利休の生害後のある時、太閤は風炉の形を何かと御好みであったのだが、
「このような時は、利休めを殺して事を欠く」と、仰せになった。

これを権現様(徳川家康)と利家公は、以前から宗易のことを不憫に御思い
であったため、良い機会と思し召し、少庵と道安の御許しの御取り成しを
なされ給い、早速の御許しを蒙った。

その後、太閤は道安を御前へ御呼びになり、4畳半で茶をたてさせて上覧に
なり、「宗易の手前によく似ている」として、道安は御感心を受けた。

――『茶話指月集』



花入『鶴の一声』

2013年03月12日 19:54

千道安   
710 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/12(火) 17:38:26.52 ID:WA4RS1nF
利休の子道安の茶会に老人は五、六年程続けて会した。
鶴の一声という花入に花をいけて、ついに一度も掛物のかかることはなかった。

今時は道具をいろいろとつらねて華美を争うが、心入れが各別の事である。
その鶴の一声は、いま公方家にあるということだ。

――『老人雑話』




711 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/12(火) 18:16:58.44 ID:hvI2Jysh
               ,, -―-、       
             /     ヽ   
       / ̄ ̄/  /i⌒ヽ、|    
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     /     ト、.,../ ,ー-、      
    =彳      \\   ヽ、 
    /          \\、 ヽ
   /         /⌒ ヽ ヽ  ヽ
   /         │   `ヽl_ヽ
  │         │ 

   花入『鶴の一声』



千道安の茶会と千利休

2011年06月19日 00:02

千道安   
229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 17:50:28.57 ID:8Hkdh+cg
ある日、千利休の長男・千道安が、蒲生飛騨、細川越中、柴山監物、そして父の利休らを招き、茶会を催すことになった。
前日、必要な道具を買い求めて帰宅した道安の前に、使用人が転げ出て来た。

「だ、旦那さま大変です!大旦那さまが!」
「?父上がどうした?」
「まずは、茶室をご覧ください。」

茶室に駆け込んだ道安が眼にしたのは、炭を撒き散らされた畳に、壊され念入りに灰をかき混ぜられた囲炉裏だった。
「・・・・・・!!」
「大旦那さまが突然来られて、私どもが止める間もなく・・・」


しかし道安は少しも騒ぐこと無く、囲炉裏を取り外し畳を敷き換え、風炉(囲炉裏を用いない五徳式の炉)を
用意して、無事に翌日の茶会を成功させた。
のちに事情を知った細川忠興は感銘を覚え、『細川三斎茶書』の中で、この道安の対応を特筆している。


『花の慶次』では親の七光りを背負ったDQNのように描かれた道安だが、利休の烈しいイジm、もといシゴキにも
耐える並々ならぬ茶人だった、という話。

230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:28:15.16 ID:W7PIT0GC
ほほー。

231 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 21:10:40.67 ID:FMYgWFDE
こういう陰湿な躾け方をした場合、かえって性格歪みそうな気もするが…