酒瓢箪の仕業

2015年04月05日 14:16

808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/05(日) 04:49:32.80 ID:33Db5drP
 江口三郎左衛門正吉の家人に出口某という者がいた。
この者は元来丹羽長秀の旗指であり、度々の手柄を立てていたが、ひどい無法人であったので取り立てもされていなかったところを、
江口が申し請けて、二百石の所領を与えて召し置いたのである。
 
 浅井畷の戦いのさい、真っ先に進み、思う様に戦って、敵一人を切り伏せ、首を取ったが、六十余歳の男であるので、
息切れをして休んでいると、そこに雑兵十四、五人が駆け寄って、何者かが理不尽にも首級を奪ってしまった。
 またこの出口の女房という者は似た者を友とする習いのとおり、甲斐甲斐しい女であった。
糟毛の髪を唐輪曲げで結い、染帷子に上帯し、酒瓢箪と茶の湯を左右に持って、江口のいる陣所を目指して、敵の中を通り行く。
遅れて引き上げる金沢勢が田のあぜ道の傍らに芝居して休んでいたが、この女房に向かって、
「姥御前は、何を手に持って、どこへ行きなさるのか。」
と問うと、
「そのことでございますが、向かいの山上に陣されている、江口殿とは我らが主君でございます。
今朝からの合戦に、さぞやお疲れなさっていると思ったので、酒を持っていこうと参ったのでございます。」
と答えた。出口はこれをみつけて大喜びし、
「それがしはここにいるぞ。」
と指し招いた。しかし女房はこれを見やりもせずに通り行く。敵も是を見て、
「どうなされたのですか姥御前、あの田の畔に休んでいる武者が呼んでいますよ。」
と言うと、
「案の定、あの男は我が夫です。殿が山上にいらっしゃるのに、首の一つも取なさいよ。
昼寝するくたびれ男に、酒を飲ませても無駄でございます。」
となんでもない体で、山にたどり着いて登り、
「ご酒宴に参りました。」
と件の酒を差し出す。江口は是を感じ、手先が遮って見えないほどの盃を取りふるまおうとしたところに、
南部南無右衛門は江口の寄子であったので、助勢しようと来ていたのだが、
江口に劣らぬ上戸で、指し受けて飲んでると、
酒はあったが、盃を流せる流れもなく、南無右衛門が一滴も残さず飲みつくしてしまい、残りは喉が渇いたままであった。
 出口は、女房にすげなく言われて、
「ならば、首を持参し、首を肴にして酒を呑もう。」
と、太刀を打ち振るい回して、また首を取り提げて、浅井山の陣へ参った。
「姥よ、是を見よ」
と、首級を投げ出す。女房は打ち笑って、
「その首はあなたの高名によるものではなく、この酒瓢箪の仕業と申すべきでしょうよ。」
と瓢箪を逆さに振って見せれば、出口は頭を垂れて、
「おまえに誑されて、アダ骨折ったよ。」
と言うと、江口も、南部も笑ったというそうだ。
(小松軍記)




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