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曲淵城主と○○

2018年08月25日 18:20

210 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/08/24(金) 12:58:20.77 ID:b7TWBcj9
仕事してたらちょうどいいネタを発見したから投稿する。


曲淵城主と○○

元亀・天正のころ、曲淵というところに鍬作りの鍛冶屋である甚五平衛という男が住んでいた。
ある日の夜、甚五平衛の家に見知らぬ坊さんが家を訪ねてきた。心の優しい甚五平衛は坊さんを誠心誠意にもてなした。

数日泊めた後、坊さんは出立することとなった。そして坊さんは書状を甚五平衛に渡してこう言った。
「この書状を高祖の殿様に届けよ。」
こうして坊さんは去った。

甚五平衛はその書状を高祖城主・原田隆種に渡した。隆種は書状を読むとこれに喜び、甚五平衛に「曲淵河内守」という名と曲淵城を与えたという。
甚五平衛はこうして曲淵河内守氏助と名乗り、今の早良区一帯の支配を任され、豊臣秀吉の九州征伐で滅びるまで、原田氏に仕えた。

なお、あの坊さんであるが、彼の正体はなんと時の将軍(元の文のママ)・北条時宗の父・北条時頼だったのであった。


早良区曲淵において伝わる民話である。
なお、これ書いた人は北条時宗を何故執権ではなく将軍と書いたのか尋ねてみたい。


ソースは福岡市早良区の情報誌

※投稿者の方からこの情報誌のサイトを教えていただきました
平成30年度「さわらの秋」パンフレット
http://www.city.fukuoka.lg.jp/sawaraku/sawaraku-tamatebako/miryoku/autumn/pamphlet2018.html
 パンフレット(7~16P)
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/64937/1/bbbb.pdf?20180904094345
SnapCrab_No-0562.jpg
本当にどう言う過程でこの逸話が生まれたのかw




211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 13:14:39.41 ID:wp5gUCGn
俺の読解力がおかしいのかな
元亀天正の話しだよね
北条時宗?

212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 13:35:16.16 ID:kh6/p4Yo
鎌倉時代の伝承が雑に元亀天正に引き下げられた感じかな。しかし足利義昭がそんな事してたらそれはそれで面白いがw

213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 14:06:53.67 ID:wp5gUCGn
鞆から船ですぐ行けるからな、義昭漫遊記を見てみたいわ

しかし登場人物がみんな実在と思われるのになぜここまで雑な設定になったんだろうな

214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 15:09:21.40 ID:PuZ/RJsN
時頼が不老不死っていう説はないの?

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 15:36:15.69 ID:EYE7KuwJ
原型はわからないけど何らかの元ネタをローカライズしたパターンかも

9世紀頃の摂津長柄の人柱の伝説を原型にした「雉も鳴かずば撃たれまい」の話だと
有名な長野の犀川や犀川繋がりで石川、原型に近い話が熊本にもあるし

竹叟夜話を原型にした話が上方から江戸に伝わり播州は番町、杯は皿に変わって番町皿屋敷に
今度は江戸から上方へ伝わり播州皿屋敷になるとか
ローカライズにありがちな、時代・場所・人物が改変された話の気がする。

216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/24(金) 16:30:29.30 ID:EYE7KuwJ
……よく考えなくても鉢の木か
よくある時頼廻国伝説の派生かと思ったが鉢の木から鉢の木のエピソードを抜くとは…酷すぎる
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