勇士の名を汚さぬよう

2016年05月19日 21:27

738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 08:02:28.13 ID:Pn127/+v
越前少将松平忠直の家臣に、原隼人正貞胤という者があった。元は甲州武田家の武士にて武功の者であったが、
浪人していたのを忠直に召し抱えられ、黒母衣衆に編入され、その合戦の知識を高く評価されていた。

彼は真田幸村と古傍輩の好があり、旧友であった。そこで大阪冬の陣の和睦が結ばれると、真田方から
「和睦後、互いの辛苦も語り慰めとしたい」と、しきりに招請してきた。しかし原は自身で判断するわけにも
いかないと、忠直に伺いを立てると、御免あったため、真田の陣所へ赴いた。

真田幸村は原の来訪を大いに喜び、様々に饗応し、嫡男大介も見参に入れ酒宴数刻に及んでから、幸村は語った

「私は今回の合戦で討ち死にすべき身であったのに、今度の不慮の和睦で今日まで存命し、再びあなたに
お目にかかれたこと、生前の大慶である。
この幸村は不肖なれども、今回一方の大将を承った事、今生の面目、死後の思い出と存ずる。

今回の和睦も必ず一端のことであろう。永くは続かない。終にはまた一戦となると、私は推量している。
その時に潔く討ち死にすること以外、私は考えていない。
臨終の時は、いま床に飾っているこの鹿の抱え角の兜、これは先祖重代の家宝であったのを、父安房守が
私に譲られたものだが、これを着けて討ち死にするつもりである。
あなたがもし、この兜首をご覧になれば、幸村が首であると思い、一返の御回向にも預かりたい。」

原隼人はこれを聞くと
「戦場に挑む者のうち、誰が生きることを考えるだろうか。
遅れ、先立つとも、ついには冥土で再会するのだ。」

これに二人は笑いあった。

それから白河原毛という名の馬に、白鞍に金で六文銭を打ち付けたものを置いて引き出させ、
幸村はこれに乗って隼人に見せながら
「重ねて合戦有れば、大阪城の城郭は破却されれているので、必ず平場での合戦となるだろう。
だとすれば平野の辺に馳せ、出撃してきた東国勢に駆け合わせ、馬の息が続かないほどに戦って
死ぬつもりであるので、いまこの馬はひとしお秘蔵にしているのだ。」
そういって馬から降り、再び酒宴となった。

ここで原隼人は言った
「今の和睦こそ幸いである。貴方はともかく、子息のことは、御舎兄の伊豆守殿にお預けに成って、
とにもかくにも、跡を継がせるべきではないだろうか?」

幸村はこれを聞くとニッコリと笑い
「不肖のそれがしであるが、関東より度々招かれており、いま倅を伊豆守の元に遣っても、
さのみ悪いことではないと思う。であるが、一生日陰者として有るのも武士の恥辱である。
高鳥死して良弓蔵されるという。豪傑であっても治平の時代には用いられない。ましてや
柔弱なわが倅など誰が用いるだろうか。

人には皆名分がある。その生死、禍福は人意を以ってどうにか出来るものではない。
ただ私と死を共にして、勇士の名を汚さないようにしたい。」

二人は一日語り合い、黄昏に及んで原隼人は帰っていった。
実際に真田は翌年、かの兜を着けあの馬に乗って討ち死にしたとのことである。

(慶元記)



739 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 12:26:34.41 ID:C+jA2yLf
こういう潔い武士らしさは、江戸時代でも好まれたんだろうな

740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 13:39:12.18 ID:dqPc8IuE
幸村ってあるから江戸時代に作られた話だろうしな

741 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 17:46:38.62 ID:Iz92FozX
幸村とある時点で胡散臭さ、逸話度がグッと上がってしまうのがなんとも、ね

742 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 18:08:43.85 ID:S5GhVgTP
写本してるうちに書き換えられたりするからそう単純な話でもない

743 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 20:30:44.01 ID:ZEO/h7Rc
小楠公
真田大助
大石主税
日本人が好む英雄の息子たちも人気があるよね

744 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/19(木) 22:04:34.78 ID:VIqbXPQx
そういえば近所に"ゆきまさ"と名付けられた少年がいるなあ
字面までは知らんが

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