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薄諸光の牛公事役銭徴収問題と自害

2021年01月16日 17:14

薄諸光   
526 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/01/15(金) 20:12:44.52 ID:QrXZWoJ1
薄諸光の牛公事役銭徴収問題と自害

以下は秀吉が吉川元長に対し薄諸光が"文書偽造"をしたことをしらせる書状である。

わざわざ申し遣わします。薄という公家が諸国の牛に役銭をかけて取っていますが、秀吉は知りません。
間違いなく謀判で、言語道断の曲事です。あなたの国でも様々な所で徴収している者がいるでしょうから
この役銭を取っている者は公家でも門跡でも糾明し、全て捕らえて送るように。油断なく尋ね探して
絶対捕らえて下さい。そのために書きました。
(天正十三年)九月十八日  (秀吉朱印)
        吉川治部少輔(元長)とのへ

――『秀吉文書集 一六三三号』

薄諸光は山科言継の次男で薄以緒の婿養子となった人物で、薄家は伝統的に牛公事の権益を持つ公家である。
つまり実際は偽造文書ではないのだが、『言継卿記』によると永禄年間には山城・丹波・丹後の三国のみしか
役銭の徴収は出来ない状態であった。諸光は原状を回復しようとしただけであったのだ。

ところが織田政権は基本的に”当知行主義”を掲げて、国衆・寺社の争論を解決してきており、秀吉も
一月前には前田玄以に公家などにあてて”当知行主義”の方針を伝えている。(『曇華院文書』)

十月二日、諸光は牛公事のことで諸国の村々を混乱させた罪に問われて幽閉され(『兼見卿記』)
三日後の十月五日に妻と共に自害した。(『多聞院日記』)享年39。
『系図纂要』には「武命によって横死した」と記されている。



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吉川元長、弟・経言の現状について苦言する

2021年01月12日 16:44

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/01/11(月) 19:21:09.41 ID:SZMnZVxW
吉川元長、弟・経言の現状について苦言する


かつて吉川経言(のちの広家)には、尼子旧臣の小笠原長旌の婿養子になる縁談があったが
両家の間で話をし輝元に相談するところで、輝元の強い反対に遭い破談になったことがあった。
特に経言は破談になると外聞が悪いので、嫁取りだけはしたいと元長を通し輝元に伝えたが
輝元は「経言のせいで三家が滅ぶ」「(元春が)経言を操って養子入りを強行しようとしている」などと
聞く耳を全く持たず、最終的には「(養子入りを止めるために)この命を賭ける」という反応だった。
元々、小笠原氏は経言の弟の松寿丸を養子にしようとしていたが松寿丸が亡くなってしまったため
代わりに経言を貰いたいとの話であったので、元春・経言親子はあまりのことに驚き沈黙した。

以下は騒動から二年後、経言が秀吉への人質として送られる際の兄・元長の起請文。
宛先は隆景と毛利家重臣の福原氏。例によって長い書状なので、大意だけ意訳。

~~~~~
(輝元は小笠原家と吉川家には筋目がないと言われましたが)長雄(長旌の父)の妻は新庄(吉川家)の出です。
(元就夫人の妙玖も吉川家の出なので)つまり元春は(長雄の妻から見て)伯母の子にあたる訳です。
小笠原家に実子が出来ないから(吉川家が)改易する話ならともかく、養子入りさせて残そうとしているのに
非難されるのはよく分かりません。朋輩衆の養子契約はよくあることです。隆景は小早川家を継いでいますが
これは小早川興景の妻が毛利の出であるからですし、元春は吉川興経の養子になって吉川家を継いでいます。

経言の養子入りは小笠原の家中から出た話ですが、そうとは言えあの家の意見が一致しておらず
元春や私が道理に外れたことをしたと申し上げる者がおり、嘲りを受けることになったのは仕方ありません。
しかし御当家(毛利家)の御意を違えて、我ら一類の進退を失うような問題になるのは理解できません。
どこにでも養子や養父はいるのに、私や元春に対して(輝元の)なさりようはどうなのでしょうか。

御当家に対して隆景・元春が奔走するのは当たり前です。とは言え元春が(自分の家の都合を差し置いて)
日頼様(元就)の戦に今日に至るまで気遣いしてきたのは、皆々ご存知のはずです。
私の兄弟の一人でも引き立てていただければ、少ない分限で長年日夜を問わず苦労してきたことを
(輝元が)分かって下さったのだと(元春は)ありがたく思ったでしょう。
国衆の次男・三男でさえ過分の扶助を与えられています。取り立てての扶助は要りませんが
養子契約をしてよいか申し上げることも出来ないほど、万事遠慮しないといけないのでしたら
扶助して頂くことは無理ですね。

このことはすぐに言うべきでしたが、いまこのときになって言うのは、経言が上国するので
私の内心を明かしておきたいと思ったのと、経言が不憫だと申したいからです。
元春と経言はあの家(小笠原家)のことについてもう申し上げないと(輝元に)約束しました。
経言が上国するのに難渋したくないからですが、私はそんな約束はしていないし
遠慮ばかりして後悔したくないので、心中のことを残らず申し置くことにします。

今度の上国命令についてですが、経言は外聞を失ってしまったので今後出仕出来ない覚悟でいました。
そこに(人質として上国し)御用に立つようにとの命令がありましたので、(その覚悟を)忘れないように
(経言は命令を)お受けしました。今後経言が帰ってこられるか分からないので、(経言の)進退のことを
私は申すべきではないかもしれませんが、このような進退になってしまった経言が
その身をなげうとうとしているのが、不憫でならないのです。

ですから申します。元綱(小早川秀包)にはあれこれと扶助していますが、経言とどう違うのですか。
二人一緒に上国するのですから、(経言)一人で高名をするように申す訳ではないのですが
人質になる身上ですので、公私ともに心残りのないように上国したいと思っているようです。
私と元春も同じ気持ちです。

経言は(進退を失ってしまったので)元春の老後の話し相手にでもしようと思っていたのですが
(輝元の)御気遣いで御用に立てることになったので、人質として差し出すことにしました。
このような元春と私の心底を思いやって、(輝元に)口添えしてもらえないでしょうか。

そもそも経言の進退について今申すのがおかしいと言われるのなら、その旨を元春・経言に
申し聞かせます。たとえ経言に御憐憫の目を向けていただけなくても、我々父子の御当家に対する
奉公は変わらないということを、内々に申し分を伝えたくこのようにしました。

――『吉川家文書 一二四七号』



525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/01/14(木) 15:34:24.13 ID:+EdODEIp
確かに経言のせいで三家が滅びそうになったね

尼子勝久・通久兄弟の切腹

2020年03月17日 18:03

920 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/17(火) 12:10:13.79 ID:DxVeY+n/
上月城の戦いの終盤

吉川治部少輔元長は山陰道の勢二万余騎を率い、卯月(四月)十一日の朝陽に、織田の援軍の在る高倉山へ
討ち向かい、有無の合戦と憤る。その来鋭奮発として、大地震え山裂けるが如し。北國武者の勇気は氷雪の
気色を表し、烈々として厳しければ、佐久間右衛門尉(信盛)、瀧川左近将監(一益)らは

「あの手の者達はどうやら鬼吉川の勢のようだ。彼と戦い、例え利を得たとしても、上月城を囲んでいる
十万余騎の敵は、それを見て我等に討ち掛かることをどうして堪えるだろうか。
若大将である織田信忠を、生死知らずの者共の鋒前に掛けてはならない。早くこの陣を引くのだ。」

として、高倉山の陣を引き払ったが、吉川元春はこれを追い、同国書写山に追い詰めた。

こうして上月城では、後詰めの味方が敗軍したと聞くと城兵の大半は落ち散り、防ぐべき戦術も盡きた。
尼子孫四郎勝久、助四郎通久兄弟は「今はもはや自害せねば」と思い極め、山中鹿介幸盛を呼んで

「如何に御辺は、今一度降人となり、芸州長田に御座す、前伊予守義久入道瑞閑を忍び出し、再び
素懐の旗を立て給え。
先年、秘蔵せし松虫の轡を捧げて、織田信長の憐憫を得た。今また、尼子家の什宝である荒身國行の太刀、
並びに大海の茶入を進ぜよう。これは我等の形見とも、又は武略の種ともし給え。」

そう遺言し早くも自害の用意急であれば、幸盛は涙を流し
「さても無念の次第です。これも尼子の家運が滅びるべき時が至ったのか。であれば、人手に掛かるよりも
疾く自害されますように。幸盛は今一度、思う仔細がありますから、御跡に留まって後世を弔い進ぜます。」
そう言って酒を進め、宴など催し。天正六年五月二十九日(筆者注・実際には七月三日とされる)、
勝久通久兄弟、自害して名を滅亡の跡に留めた。哀しいと云うも愚かである。

雲州軍話首

尼子勝久・通久兄弟の切腹についてのお話。



921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/17(火) 14:00:05.78 ID:uq7TRT/o
織田勢転戦しすぎててちょっと記憶が薄いんだけど
佐久間と滝川と信忠って山陰の方出張ったっけ

山中鹿介、品川狼介、勝負の事

2020年03月13日 16:37

746 名前:1/2[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 20:22:59.54 ID:72oODjjo
ここに石見国住人、品川半平という者があった。彼は吉川元春の陣に進み出てこのように言った
「この頃、関東には勇士があると言いますが、西国には鹿(山中鹿介)を討つ人もいない。私が一勝負仕り、
軍の睡りを醒しましょう!」
そう声高に訴えた。

彼の形相を見ると、身長は七尺(約212センチ)を越え、両眼は鬢(耳ぎわ)まで裂上がり、
手足は熊、目、口は虎に異ならなず、鉄をくり抜き。鐘の如くなる鎧を着、六尺(約180センチ)あまりの太刀を帯び、
彼が大将である吉川の陣に望んだその姿は、そのまま仁王の荒作り、又は当八毘沙門が貴見城の門に立って修羅を
攻め給う姿もかくやと怪しまれ、軍使悉く身を跪いて恐れをなした。

この時、吉川駿河守元春の長男・治部少輔元長は、その頃世に隠れ無き形相の人物であり、人は皆「鬼吉川」と
呼ぶほどの血気にて、仁義も勇も逞しき勇将であったので、彼は半平を一目見て
「さても汝の形相は、いかなる天魔鬼神も挫き、孟賁(秦の武王に仕えた勇士)の骨を砕くべき血気なれば、鹿介を
討たん事容易いであろう。先ずは受領を進むべし。」と、即時に『狼介勝盛』(鹿を狩る狼、また山中鹿介幸盛に勝つ、
という意味であろう)と名を与え、「早速敵陣に赴き、勝負を決すべし」と下知された。

狼介は喜び勇み、勇者の面目、且つ鹿を取ると名が明らかなのは自明の理であり有り難しと打ち笑い、
鋒より長い鑓を取って、大場谷の坂に望み、囲いを抜いて三度「誰人にても一人これに出給え!」と、
大音にて呼んだ。その声は余りに高く、谷峰を震わし山彦が響いて聞こえぬ所無かった。

城中では驚き、「これは如何なり、獅子象王の呻声か、事々しき音声である。早く出て事の仔細を聞くべし。」
と下知をした。そこで今川鮎介が飛ぶように走って見てみると、そこには閻魔大王に些かも劣らない大男が、
三間ばかりの鉾を携えて立っていた。

今川は驚き、「汝何者ぞ、化生か鬼か、名乗れ!」と言うと、狼はこれを聞くとあざ笑い
「我は鬼神にも非ず、石州益田住人、品川狼介勝盛という者である。御辺は誰か、名乗れ。」
鮎介はそう言われるとカラカラと笑った

「世の中に名前というものは多いが、その中で狼と名乗るのは片腹痛い。御辺は定めて鹿介と勝負を決するために
名字を変えて来たのだろう。しかしその身が獅子介、虎介と名乗ろうとも、鹿は現在、日本国に於いて万人が
指し示す大勇であり、殊に勝負の十方を研磨し、当たる敵に勝たぬという事はない。
今日、そんな鹿介に勝負を望むということ、嗚呼、御辺の運の尽き、滅亡を招かれたその謀、無惨である。
暫くここで待ち給え、鹿にこの事を伝えてこよう。」

そういって鮎介は山中に駆け入り、山中鹿介幸盛に、かくかくと告げた。
鹿介は目を閉じ黙然とし、上帯に太刀をおさめ、十文字の鑓を取って提げ、已に出向こうとした。
これに鮎助は走り寄り、鎧の組紐に取り付いて
「不覚なり。御辺は大将の身として、一騎の勝負は避けられるべきだ。」と鑓を取って控えさせると、
鹿はあざ笑って

「敵も我も同じ人である。例え本当に鬼だったとしても、どうしてそれを見て逃げるだろうか。
況や同じ人間であれば、私の鑓に先に懸って、いわゆる夏の虫と成るだろう。凡そ勝負には、勝つも負けるも
ここにあり。」

そう言って胸をホトホトと叩いた。これに鮎助は打ち笑って「もはや勝ったな、鹿殿」と誉め称え馬に乗せた。

747 名前:2/2[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 20:23:19.18 ID:72oODjjo
鹿介は急ぎ谷口に表れ出て
「いかに狼殿、鹿は大将の身であるから一騎の勝負は不覚で有るのだが、末世まで勇士の名を立てるために
ここまで出てきた!さあ、一鑓仕らん!」

そういうと狼聞いて

「さても、勝負を決するのであれば太刀打ちの勝負をしよう!」

と、鑓を投げ捨て太刀を真っ向にかざし躍り出た。その形相はただ、閻魔大王が呵責の鬼を怒るのもこの時かと
訝しむほどの形相であった。
上の山には寄手大将吉川小早川、左右の峰には伊予河野、備中の三村、大旗小旗を靡かせ「狼、鹿取れ!」と
声援し、その声はまた、大地を震わし大山が裂けると錯覚するほどであった、

鹿も馬より下りて太刀討ち合いを暫く戦った。その間狼は、右の小鬢に痛手を負い流血、その血が目に入った。
このため「今は叶わじ」と思ったのか、太刀をカラリと捨て、無手となって組み付き、鹿を取って引き敷いた。
幸盛は元来気早なる勇者であったので、下より二刀差し通し跳ね返すと、狼はまた下になって鹿の向こう脛を突き、
双方手負いとなって別々にわかれた。しかし狼は深手であり、終に空しくなった。

さても世は定めなき習いであるので、鹿を取るべき狼が鹿に取られること無惨なりと、敵の毛利勢は眉をひそめて
音も無かった。

その後、何者が書いたのか、大場谷に落書が立った

『狼が 鹿に取らるる世となれば 負色見ゆる勝久の陣』
(狼が鹿に命を取られるような、世の常の道理が逆に成った世であるのだから、道理に従えば本来は勝つはずの
尼子勝久の陣営に敗色が見える、という意味であろう。)

雲州軍話首

山中鹿介品川狼介の勝負について。プロレスか格闘技の試合みたいですね。

前話
生後一月を越えると歩き、二月過ぎて食し、八歳にして敵を討った



748 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 22:11:21.08 ID:+eHnhGXZ
「世の中に名前というものは多いが、その中で狼と名乗るのは片腹痛い。御辺は定めて鹿介と勝負を決するために
名字を変えて来たのだろう。しかしその身が獅子介、虎介と名乗ろうとも、鹿は現在、日本国に於いて万人が
指し示す大勇であり、殊に勝負の十方を研磨し、当たる敵に勝たぬという事はない。
今日、そんな鹿介に勝負を望むということ、嗚呼、御辺の運の尽き、滅亡を招かれたその謀、無惨である。
暫くここで待ち給え、鹿にこの事を伝えてこよう。」

突然こんな芝居かかった長いセリフを思いついてスラスラ言えるのだろうか

749 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 22:12:23.93 ID:hC0ZPjal
このまま漫画化できそうw

750 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 23:01:06.96 ID:7eHWEYO2
身長デカ過ぎ、台詞男臭過ぎ、原哲夫の漫画かよ

751 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 23:38:07.91 ID:pCfeW8zQ
まとめの4357
尼子さんの家の記録による、鹿之助vs狼ノ介
と同じ話?

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/12(木) 23:53:04.58 ID:72oODjjo
>>751
すいません書き忘れました。こちらは
>>737
の続きです

753 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 00:17:54.35 ID:k7HRjE5w
鹿介と狼介に混ざって出てくる鮎介さん
なぜに鮎

754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 01:26:39.69 ID:gX2mf2Gn
身長7尺の紹介の段階でかませキャラ感がある

755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 12:23:29.38 ID:VmC0GDNg
この異様に敵の凄さを強調する登場シーンに既視感あると思ったら
モブの反応まで含めてワンピースとかキングダムの世界

756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 12:46:53.84 ID:/E+YrFqV
講談の手法が漫画に取り入れられたのでは

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 16:55:40.94 ID:OASpozdO
>>755
?「鶏を裂くのに牛刀なんかいらんよw」

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/13(金) 21:05:57.09 ID:jPTP3wxG
>>756
だね
何か普遍のものがあるんだろうね

播州佐用郡より以徹尊老禅室下へ 黙然(吉川元長)

2015年06月18日 18:46

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 23:42:17.52 ID:SvDsH68R
播磨の上月城攻めに出陣中の吉川元長が、非常に親しい間柄である西禅寺の以徹に書き送った書状がある。
そこからは対織田最前線の戦況とともに、意外と御茶目な元長の人柄を垣間見ることができる。


播州佐用郡より以徹尊老禅室下へ 黙然(吉川元長

お送りいただいた翠の硯を拝覧いたしました。恐悦であります!恐悦であります!恐悦であります!恐悦であります!!
お互いに伊勢物語の歌のようにございますな!おもふ事も我にひとしき人なければ、言わで止み申し候。誠にをかしいですね!
(伊勢物語の歌・・・「思ふこと言はでぞただにやみぬべき 我と等しき人しなければ」)

一、この山に陣を張って以降、通信が不自由で誠に心外ななか、御音信をお預けいただいたこと心より感謝しております。何分遠方ですのでご容赦くださいませ。
書面を見るに具合が悪いようですが、いかなることかと心細く思っております。
ご来翰の際にはぜひ詳細をお教えください。

一、この山に陣取ったのは4月18日、敵が陣取ったのは5月4日です。

一、老臣が申すところによると、こちらの人数は3万に及ぶとのこと。敵は1万以内と見受けられるとのことです。

一、この陣の普請、陣取、切搦にあたった諸侍に対し、公方様が真木島昭光を通じて感状を差し出されました。各々ありがたく思い、お役に立つべく覚悟を新たにしております。
この様子、そして陣中の若者たちを尊老のお目にもかけたいものです。

一、我らごときものが申すことは、皆に取り上げられませんでした。追って詳細を申し上げます。

一、この山陣はことのほか霧が深く、用心が悪いです。でも風情はありますね。

一、城内には(尼子)勝久・(立原)源太・鹿以下の者が籠っておりますが、水・兵糧は全く無いと落人が申しております。

一、敵陣にいるのは羽柴筑前守先木下藤吉郎・荒木以下です。

一、この間、伊勢の滝川と申す者と佐久間の両人の所と、羽筑(秀吉)・荒木の所へ狂歌を送ったと聞きました。

あら木弓はりまのかたへおしよせて いるもいられず引もひかれず

なにしおふさよ(佐用)の朝霧たちこもり 心ぼそくも鹿やなくらん
一笑々々

一、尊老のことを朝夕懐かしく思っておりますが、目的はもちろん果たしますよ。
色々と取り乱しておりますゆえ書面は整っていませんが、我らはことのほか気分よく過ごしておりますのでご安心ください。
なお後の喜びを期しております。恐惶謹言。

(天正六年)五月晦日 花押



202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/19(金) 10:26:13.57 ID:soOODYAu
>笑々々

これはwwwという意味だな?

203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/19(金) 21:42:46.88 ID:I2LVEqUk
>>202
「一笑々々」だよw
意味はあってる。

話を聞いた吉川元長は直ちに

2012年06月22日 21:03

2 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/19(火) 20:02:33.73 ID:sSXHDhlz
天正十年、両川は織田軍に対し十死一生の戦を挑もうとしていた。

そのような時に三沢為虎が羽柴秀吉に通じているとの流言があった。
話を聞いた吉川元長は直ちに為虎の陣に向かった。

元長は為虎の側まで迫り、座して曰く

「あなたが秀吉と通じているとの噂だが真実か。真実ならば
今すぐ私の首を刎ねて秀吉に送るがいい」

これに為虎は大いに驚いて、

「まさか!事実無根の讒言です!」と言うと、直ちに誓紙を献じた。
この元長の行動によって将兵の動揺は収まった。




6 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/19(火) 21:28:43.17 ID:LnMuR9a+
>>2
首だけになって秀吉を咬み殺す気かw

この時、吉川元長は父の元春に

2012年06月03日 21:03

748 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/03(日) 14:17:51.93 ID:1397JmIZ

上月の役の時、織田信長は自ら出陣しようとして、手始めに子の信忠らを派兵し、
羽柴秀吉を助けようとした。

この時、吉川元長は父の元春に
「信長自身が出馬すれば、数も多く統率のとれた軍隊を相手にしなければなりません。
いま羽柴秀吉や荒木村重らは功を争って協調できていないと聞いています。

幸い、雨が降り月も暗い。ここは夜討ちを仕掛けましょう」と言った。
元春も「お前の言う通りだ」と同意し、小早川隆景と相談した。

ところが隆景は「そのような危うき戦は大事の前の小事である」と反対した。
元長はそれでも食い下がったが、やはり隆景は耳を貸さないので悔しさに歯をくいしばり
ながらも、とうとう諦めたという。





749 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/03(日) 20:17:19.82 ID:/aqLC6JI
元長は華々しく一働きしようとするたびに
叔父さんに却下されて奥歯噛み締めてるイメージ

750 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/03(日) 20:59:41.10 ID:pr39qMdt
決戦したら面白かったのになあ

751 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/03(日) 21:35:51.91 ID:G9rCyuKd
でも結局本能寺に至る顛末考えると変に決戦望まずにじりじり持久戦で持ちこたえて
時間稼いだことが毛利にとっては良い方向に転がったと思うんだよね

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/03(日) 23:17:36.67 ID:WSkcNH0Z
運頼みじゃないかそれじゃ

753 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/03(日) 23:42:49.17 ID:cVrGnhWq
決戦も運の要素は決して少なくないからなあ
結果オーライだった以上良い判断だったかと

754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 00:26:45.32 ID:Rv3Vxkha
あの当時の主要な大名の中で貴重な「粘り勝ち」であることは確かなのだが……

755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 01:10:02.12 ID:B/c5+Qm5
織田さんは負けても復活するんだけど、
織田さんに負けたとこは坂道を転がるがごとく落ち目になってくイメージ

本能寺がなかったら、
毛利さんは2~3カ国の領土で、九州や四国で擦り切れるまで働かされてポイ!って感じだったのかね~
ポイってのはアレだけどTERUさんが信長さんの好みのタイプには思えないからな~

756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 01:12:54.06 ID:umg7xzME
>>755
隆景あたりに強引に本家を継がせたりして

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 01:30:09.39 ID:xApnmbx7
>>755
浅井朝倉にしろ武田にしろ、健闘して領土的には結構守れてるように見えるのにな
さあ滅ぼすぞってなると本当に一撃で滅亡させる感じで立ち直る暇も無いわ

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 02:40:43.44 ID:+1huuNDL
織田は負けるにしても自分とこの領内てのは少ないのに対して織田にやられた側は
本拠地に攻め込まれたりで決戦強いられてるからなぁ…

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 02:52:44.71 ID:tPGbe+yt
経済力に差があるから争ってる間にだんだんジリ貧になっていく


760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 02:54:22.96 ID:SG08SiOO
>>755
信長は、武田は残党狩りまでする徹底ぶり、毛利に2,3カ国残すのかどうか怪しい。
潰して一族や譜代に分配するのが自然かも

761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 02:58:06.61 ID:SG08SiOO
>>748
上月の時、毛利・宇喜多・荒木に囲まれて、姫路城はいつ落ちても仕方ない情勢だったよね。

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 06:03:48.74 ID:Fxfn9cse
なにその架空戦記

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 21:30:50.30 ID:nYKh76Pl
>>752
運なのかなあ?あれ・・・
だって毛利は信長が高転びするって知ってたわけだし

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/04(月) 21:36:49.46 ID:RCopXQN+
安国寺恵瓊「信長の世は3年5年は持たないだろう」
と言ったのが1573年
本能寺の変が1582年
こんだけ精度が低い予言なら、毛利が滅んだ後に信長が横死しても不思議じゃない

777 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/04(月) 22:44:16.25 ID:TihXdV2M
>>755
>TERUさんが信長さんの好みのタイプには思えないからな~

氏真みたいに宴席に呼んでもらえるかもよ?

779 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 09:18:23.95 ID:1ZAhD0JL
>>777
趣味人としての氏真さんは当代一流だと思うけど、TERUさんは…


780 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 12:25:28.45 ID:An6Nc9Ne
TERUだって一応隆元お兄ちゃんの血が流れてるんだからちょっと習えば絵描きの真似事くらいできr…
ああうん、ごめん…

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/05(火) 18:55:41.29 ID:yqckujSM
>>780
TERUさんは確か鼓打ちの達人だったような

元就>和歌の達人
隆元>絵画の達人
元春>書写の達人
隆景>囲碁の達人
秀元>能の達人

なんなんだこのチート文化人一族は?

吉川元長はこうコメントしていたのである。

2012年05月08日 21:04

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/07(月) 21:23:05.15 ID:9FYEu+Q2
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1385.html
さてこの逸話で吉川元長がかなり怖かったと大いにビビっていた豊臣秀吉であったが
これには理由があった。
この時のことについての吉川元長はこうコメントしていたのである。

「(小早川隆景と一緒に)天守見物をしたとき実は秀吉を一刀のもとに斬り殺し
自害してやろうと思っていた。今だ斬れ!今だ打て!と何度も思ったが
この身は毛利家のために命を捨てるのは望むところではあっても、隆景は違う。
たとえ秀吉を討ったとしても、隆景を失っては中国の柱礎が砕かれてしまう。
そうなれば毛利家の滅亡を招くだろうと仕方なく思い留まったのだ。
ああ、あの時隆景さえ同行していなければよかったのに!
太政大臣だろうが、関白だろうが、体が金属や石でできているわけでもないのだから
ただ一打ちに斬り殺してやったのに!」

自称怖いものなしの秀吉がビビったのも無理はない。
本当に元長はすぐ近くで秀吉に対してガンガンに殺気を放ちまくってたのである。
隆景フォローが大変だったろうな・・・




68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/07(月) 22:44:46.45 ID:go88GTy6
吉川家の当主ってことで、叔父さんでも同格ってことで敬称なしなのかな?


69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/07(月) 23:56:28.28 ID:VfltotWG
身内への手紙なんじゃないの?

70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/08(火) 00:56:10.64 ID:ooj+DNCP
隆景も「こいつは秀吉を殺りかねん」と思って制止するために秀吉の近くに居たんじゃないかw

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/08(火) 05:35:57.17 ID:bN+9LY1b
全てを見抜いて(・∀・)ニヤニヤするラスボスの姿が浮かんだ。

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/08(火) 06:15:52.55 ID:uJUJc7v/
>>67
元春に似て覇気がたぎっているとでもごまかしたのだろうか?
なぜか隆景がいると秀吉は疑うことを知らない

74 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/08(火) 09:43:28.23 ID:Ea+j5Xec
隆景さえいりゃ軽率なことは起こさせないという絶大な信頼かもしれん

勇が足りない、ってことは思慮や智謀は全く問題なしと思ってたんだろし

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/08(火) 20:54:31.04 ID:ij3+uOtf
>>74
勇というか隆景にないのは野心だね
碧蹄館のときみればわかるけど普通に勇はある

とある毛利の尼子攻め風景

2011年10月11日 22:05

46 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/10(月) 21:13:02.49 ID:MRo96Gp5
とある毛利の尼子攻め風景でも。

出雲遠征中の毛利元就のもとに孫二人が馳せ参じた。
故隆元の嫡子輝元と、吉川元春の嫡子元長である。
元就は拠点としていた洗合城で孫たちを迎え、
「輝元は13歳とは思えないほどの成長ぶりじゃのう。美男子になったし言葉遣いもしっかりしておる。
ああ、隆元ともこうして顔を会わせたかった……(´;ω;)グスン
うんうん、元長も18歳になったか。眼光鋭く、鬼吉川にふさわしい器量じゃ。将来が楽しみじゃな」
と、とても嬉しそうに対面した。

「こちらに参りましたからには、是非この手で一戦したく思います!」
年若い孫たちの申し出に、元就は
「輝元はさすが仁徳・武備を兼ね備えた隆元の子じゃのー。元長も頼もしい限りじゃ」と非常に喜んで、
「よーし、ぢいさま、月山冨田城落としちゃうぞ!」と奮起、進軍を決めた。

しかし、これに困惑したのが元春・隆景である。
「あの城は力攻めしても落ちないから謀略巡らせろって言ってたの、父上だったよな。
なんで進軍してんの?」
「孫可愛さにイイとこ見せたいんだろ。しょうがないから俺たちで城兵と小競り合いして、
敵の力量をだいたい把握してから輝元を出陣させよう。初陣で勝利すれば縁起もいい」
というわけで、吉川勢と小早川勢が冨田城下で挑発→出てきた敵兵と衝突という流れになった。
あ、あと宍戸隆家も参戦した。

戦闘が盛り上がってくると、「先陣はこの元長が務めます!」と突然駆け出す元長。
「ちょっ、待て、おい!」と制止が間に合わず追いかける元春。
これに触発されたのか雪崩を打って攻めてくる毛利勢に押され、尼子勢は城に退却していった。

ちなみに輝元もこの合戦に加わりたがったが、さすがに元就が首を縦に振らず、
叔父たちにも「今回は偵察なので輝元様が出るには及びません」と諫められて留守番をしていた。
後日、仕切り直しの合戦では輝元も出陣を許され、先陣はそうそうたる顔ぶれの譜代家臣で固める。
血気にはやって駆け出そうとする輝元の上帯を元就ががっちりキャッチ!
「このジジイが出るべきときを見計らってやるからな」と、終盤まで手放さなかった。
さすがに吉川親子の轍は踏まない。

抜け駆けして先陣についた武将の「おしりペンペン」という挑発に逆上した尼子勢が
雪崩を打って毛利方に打ち寄せ、毛利勢が若干不利な形勢になると、元就はやっと輝元の帯を放し、
一直線に駆け出した輝元の様子に力を得た毛利勢は無事に巻き返しましたとさ。

このとき、別方向から攻めていた元長も、もう一人の祖父、熊谷信直にサポートされて奮戦した。
熊谷はその勇猛さに「さすが元春の子!いやさ俺の孫!」と感心しきりだったそうな。

とりとめもオチもないんだが、なんか一家して楽しそうだったのでw





48 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/10(月) 21:58:49.86 ID:BYxC/vE2
おしりペンペンで逆上とは尼子勢の煽り耐性の無さはネラー以下だな・・

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/10(月) 23:26:59.12 ID:wdLzr90P
>>48
そこで華麗にスルーしたら尼子勢は臆病者ww
と笑われて城兵の士気が低下する罠

54 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/11(火) 01:11:29.25 ID:xQzzJdFL
>>52
寄せ手なら兎も角
籠城側が挑発に乗っては駄目なのは基本なんだしそんな事で士気落ちないだろ

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 08:30:15.45 ID:eQXo+6K9
いやいや人間そんなに割り切れるもんじゃないぞ

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 08:35:07.77 ID:zdFuOlVz
「ただの挑発じゃ。 ものども、気にするな」なんて言ってスルーできるのは、むしろゲームの世界の中だけ

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 09:13:28.57 ID:3ArpCtju
真面目に仕事してるときに相手が不真面目なことやったらそらイラッってくるわな

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 09:23:23.12 ID:pThp8ls6
新当主の初陣なんて絶対勝てるようお膳立てするのが当たり前だもんな、普通。
もうすでに尼子勢はその程度って見られてたっと。
二人の初陣が月山戸田城包囲戦だったのは歴史的事実だし。

59 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/11(火) 17:46:08.67 ID:dRwvz2MZ
まあそうだね
おしりぺんぺん位でいちいち籠城崩したり士気下がってたならそこらじゅうの城落ちまくりだしな
挑発士気云々以前に尼子勢は打って出るしか無かった状況に追い込まれてたんだろう。

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 18:54:25.16 ID:Vugv724F
城主が痔でマジで尻を気にしてたらと思えば納得できる