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和田新五郎の処刑

2019年01月31日 17:25

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/01/31(木) 13:45:06.32 ID:h4t6uh2G
天文十三年八月十一日、一条戻橋にて一人の男が処刑された。
男の名は和田新五郎三好長慶の配下である。
新五郎は将軍足利義晴の嫡男、菊童丸(義輝)の世話係の女房と密通した罪で捕縛されたのだ。

新五郎の処刑は後に長慶と対立することとなる義晴・晴元の裁定によって行われたという。
その方法は凄惨なものだった。
新五郎への刑罰は「鋸挽き」と決まったのだが、まずはじめに縛り上げられ身動きの取れない新五郎の右手が鋸で切り落とされた。
次に苦しみ悶える新五郎の左手が切り落とされる。最後に頸を落とされ、漸く新五郎は絶命した。
続いて新五郎と密通した女房も一糸纏わぬ姿で洛中を引き回された上で、六条河原で首を打たれた。
この処刑は当時としても残忍な仕打ちとして都の人々に受け止められ、山科言継は日記に「前代未聞」と記している。

後に長慶は主君・晴元に対して反旗を掲げることになるが、この頃には既に晴元(と義晴)との暗闘が始まっていたっぽい話。


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