十三匁の大鉄砲で

2016年09月14日 11:20

184 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/13(火) 22:35:22.83 ID:hfbveeZ4
武田信玄による三河野田城攻めの最中、野田城の者達が会合していた時に、
戯れに「敵の陣屋を焼いて、あいつらが慌ててる所を見たいなあ。」という発言が有った。
ここに、城主菅沼定盈の下僕(草履取り)に喜徳という水練の達人が有った。
この話を聞いていた喜徳はある夜、闇に乗じて忍び出て、桑淵の堀をやすやすと泳ぎ越えると
城外に出て、密かに敵の陣小屋に火を投げ掛けた。

この時風激しく、見る見るうちに假屋百軒あまりを焼き払った。
敵は「それ、夜討ちだ!」と上に下に騒動した。

この時、野田城には鉄砲の名人、鳥居半四郎という者があった。彼は徳川家康
浜松より、籠城前に送られた十三匁の大鉄砲を装備していた。彼は武田の陣が火災にて
おおいに騒動しているのを見ると、城中よりこの鉄砲にて敵陣に向け、誰かは解らぬが
大将分と思しき者を目掛けて撃った。
この語、敵の陣は暫くの間大騒ぎと成った。
後で聞こえた所によると、この時の弾丸が、武田信玄の股に当たったのだという。

(野田戦記)




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