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木下延俊と長澤市之丞と国松丸・いい話

2008年10月15日 14:30

101 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/01/04(金) 00:24:23 ID:nSXe2Dkn
豊後日出藩で伝えられる豊臣秀頼の遺子国松丸の話はどうでしょう?
初代木下延俊(ねねの甥)は遺言で日出藩3万石の内、1万石を嫡男俊治の弟
延由に分け与えるように江戸家老長澤市之丞に告げるが長澤は「かしこまり
ました。5千石を延由様に分けます。」と答え「違う1万石じゃ。」と主君
から言われるも「5千石確かに承りました。」と応えるのみで、遺言として
5千石を延由に分封した。
日出藩では延由は島津に助け出された秀頼が一子「国松丸」を延俊が自分の
子として匿っていた。との言い伝えが有り、その真偽は定かでは無いが長澤
市之丞は主君延俊の死後22年を経て徳川幕府から正式に延由の分封を認め
られるのを見届けると「切腹」して自ら命を絶っている。
日出藩3万石の内1万石までの分封で幕府から見咎められるのを恐れ、遺言を
変えて5千石にし、朱印を幕府から頂く事で自らの役割を果たし主君の命に背
いて5千石減らしたお詫びに切腹したのではなかろうか?
ちなみに幕府へ「延由」を延俊の弟「延次」として申告している。


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