坂田五郎左衛門、穴沢左近と勝負之こと 付異聞

2017年03月09日 20:36

648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/09(木) 03:40:45.70 ID:3YZkEmVw
坂田五郎左衛門、穴沢左近と勝負之こと〔『校合雑記』〕付異聞

 世に『校合雑記』と題す書がある。実録と見える。
その書には、大坂信貴野での上杉景勝の兵である坂田五郎左衛門と穴沢左近〔世にいう薙刀の名人である〕の勝負が書かれてある。

 穴沢は隠れもない薙刀の上手であった。
坂田と槍を合わせると互角であり、
穴沢が手元まで入って来ると坂田は槍を捨てて穴沢を押し付けて引き組んだ。
穴沢は大力であったので、手もなく小高い所に坂田を組み敷いた。
しかし坂田は老武者で武功があったので、騒がず九寸五分を抜いて、
【根付の所より繰(クリ)かへし】〔根付以下十字はまだその事が分からない。よって原本に従った〕穴沢の首を取った。

「総じて自分の器量より他人をみくびりおごっている者は仕損じがあるものだ。
穴沢は器量を自慢していたと見えて、長刀ゆえに自分が生き残ると思っていた。」

と坂田が話していたと、上杉衆の話を書き付けてある。
〔長刀ゆえの言葉は、穴沢が長刀の能を誇っていたからかえって坂田は勝つことが出来て生存し、今日に至るとの事であった。〕

 ある夜話のとき、剣の師がいつもの稽古の話として言い伝わっているものを話してくれた。
穴沢のこの最後のとき相手は素槍であった。
しかし槍を合わせると穴沢はすぐに入ってきたので、相手は槍を投げ刀で袈裟に斬った。穴沢はここで負けたという。
師曰く、

「このようなので、太刀槍薙刀、その勝負の場は剣刃上である。」
(剣刃上※剣の刃の上を歩くように、自由自在なこと。)

『雑記』の文と異なっている。しかし両者とも心得るべきことだ。

(甲子夜話三篇)


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