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この話が誰の逸話なのか

2016年08月26日 21:13

116 名前:sage[] 投稿日:2016/08/25(木) 23:35:53.38 ID:TMSmuVQp
誠に申し訳ございませんが
この話が誰の逸話なのか教えて頂けないでしょうか。

話の内容
柴田勝家か福島正則の家臣(違うかもしれません)
無頓着な性格でとりあえずの生活を送っていた殿さまです。
ある日大女(しこめ)が来て殿さまはおおらかな人だから
雇ってくださいというが、頭の悪い家臣ほど雇うなという。
でもその殿さまはまず雇えといい、次に力を見せろといい
家臣に相撲を取らせ、仕事に来てくれよといい、大女を喜ばせる
大女いわく”おらを見るだけでぶさいくだとののしり、
見世物をしたいから相撲をとれと言われ全部勝っても
、次にやっぱり雇わね。そればかりなのに
殿さまはおらを初めに”雇う”といって相撲を取らして
そのうえで採用してくれた。すごい殿さまだ!
殿さまはそんな
こた~ねえよ。明日から仕事がんばれよと…。
大女は殿さまの思いに応え一生懸命に仕事で答えた。
そのうち殿さまの状況が悪化してどんどん家臣が財産を持ち逃げして
逃げだした。殿さまも最後には無一文になって、最後に残った家臣たちと
途方に暮れたが大女が皆をだまして(?)不正金(?)をためて
真の忠臣と後世の人が言わしめた。
お家の再興のため、尽力し、殿さまが有力藩に呼ばれたのと対象に
どこともなく消えてしまったこの大女の正体はたぶんわからない
と思いますが、せめてこの殿さまが誰かだけでも教えて頂けないでしょうか。

117 名前:sage[] 投稿日:2016/08/25(木) 23:47:29.65 ID:TMSmuVQp
申し訳ありませんsageです
途中話が抜けておりました
【 】の中の話も読んでいただいた上で
教えて頂きましたら幸いです…。

途方に暮れたが大女が皆をだまして(?)不正金(?)をためて

【倹約や工夫してこっそりためた金だ。
殿さま再興のために全部つかってくんろ。
殿様曰く、これはお前がいろいろ頑張って貯めた金だ
お前の退職金として全部もってゆけ
大女はいらぬという、ならば殿さまは半分ずつ持っていこうと
それでお互い納得したという。その後の大女の行方は分からない】

真の忠臣と後世の人が言わしめた。



118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/08/26(金) 00:54:00.82 ID:6pNeKdGU
「名将言行録」の福島正則家臣、大崎長行のことだろう
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/782779
海音寺潮五郎「史談と史論」の
「仙女伝」では大橋玄蕃とお柳と書かれている

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/08/26(金) 01:07:53.50 ID:6pNeKdGU
ついでに「史談と史論」のそのあたりの話(名将言行録もほぼ同じ内容)

庭にあった二抱えほどもある大きな岩を大女のお柳が転がすとその下は穴蔵のようになって奥深い。
お柳は次々に大きなツボを2つ取り出し、座敷で開けるとそれぞれ板銀と小判がつまっていた。
「これは皆殿様のものでございます」
「どうしたのだ、これは?」
「清須からこの国におうつりになりましてから、段々にたくわえておいたものでございます。
殿様はたくわえなどまるでお心掛けのないお方でございますが、何か急なことのある節は、
金銀がなくてはならぬと存じましたので、お家のしおき万事を任せていただいていますのを幸いに、
殿様にかわりまして、ご費用をつつましくしては、投げこんでおいたのが、いつかこんなにたまったのでございます。
されば、これは皆殿様のものでございます」
「さて、その方の心づかい、まことにかたじけない。しかし、これはその方の苦労で出来たものなれば、おれが皆
もろうわけには行かぬ。小判の方なりと、板銀の方なりと、いずれかをその方取れい」
「とんでもないことでございます。これは殿様のものでございます」
「見よ。こうして金銀をひとつにかきまぜた。これを互いに一つかみずつ取っていくことにしようではないか」
こうして、とりわけた。
数日の後、玄蕃は一先ず大阪を志すとて、鞆の港から便船をもとめて去った。お柳はこれを見送った後、
自分も小舟にのって、いずれへか立ち去った。
二三年後、玄蕃は秀忠の命で、紀州家に召し抱えられた。彼は依然として独身であったので家のとりしまりのため、
またお柳を予防としたが、その行くえはまるでわからなかった。



123 名前:116[] 投稿日:2016/08/26(金) 17:02:12.53 ID:zqzBsphw
116です。この度は読みにくい文であるにもかかわらず
ご回答いただきまして誠にありがとうございました。
これですっきり致しました。
お礼申し上げます。

124 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/08/26(金) 19:34:52.46 ID:+d1KeDna
真柄のお秀みたいなものかな?
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福島家の3人

2013年03月02日 19:52

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/01(金) 21:13:58.27 ID:duQ2PWEx
福島家が亡んだ後、徳川秀忠の命によって、大崎長行及び、村上彦右衛門通清、
真鍋五郎右衛門貞成が徳川頼宣へ召し出された。

安藤直次は三人の若年よりの働きを問うた。

貞成は十四歳よりの働きを残らず述べて一代を語った。次に通清も同じく若年よりの
働きを語る。いずれも比類少なき働きだったので、一座の人々は耳を驚かせた。

そして長行は「我は与一郎といって槍一本の者でしたが、段々と仕上げまして、
木村家では鬼玄蕃と呼ばれ、福島家では一手の大将を致し、備後鞆の城主となりました。
ですので、若い頃より鈍くはなかったとお思いください」と言った。

直次を始め、一座の人々は皆なるほどと感心した。

――『名将言行録』






鬼玄蕃・大崎長行

2013年02月14日 19:50

405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/14(木) 18:11:45.04 ID:YicFwpQB
福島家の大崎長行は初め木村重茲に仕えた。数度の軍功が重なり、
世の人は彼を鬼玄蕃と呼んだ。

会津の役の時、長行は福島正則の舅津田繁元に副えられて清洲城の留守を務めた。
正則が会津に向かった後、石田三成は兵を起こして大垣城に入り、木村宗左衛門を
送って「正則は秀頼公の御一家なのだから、御内意は大坂一味である。
早くその城にこちらの人数を入れなさい」と告げた。

これに繁元は「御尤も至極なり。御人数を入れられよ」と、約束した。
長行はこれを聞いて「主君御自筆の証文があるならばともかく、何故敵の人数を
城へ入れて、その手に渡さなければならないのか! 大軍が攻めて来たならば
一戦して潔く討死するべきである! 断じて城を渡してはならない!」と繁元を叱った。
彼らは立て籠もって城の守りはますます厳しくなり、この旨が小山へと伝えられた。

さて、徳川家康は正則を呼んで「留守には誰を置いているのか。清洲を取られては
味方の大事ゆえ、気がかりだ」と尋ねたので、正則は長行よりの委細を告げた。
それを聞いて家康は称賛して「大崎玄蕃はかねてより聞き及んでいる兵だ。
よき者を持っているな」と、言った。その後も「関ヶ原口の勝利は大崎が清洲を
しっかりと保ったからだ」と、度々言っていたのだとか。

――『名将言行録』







「それがお前にはわからぬか」

2012年12月18日 20:00

805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/18(火) 01:04:07.34 ID:HmoTXQtY
福島家が改易となった時、吉村宣充は家人下僕に至るまで金銀家財を与えて
暇を遣わし、自身は伊勢で暮らして吉村又右衛門と大筆に宿札を掛け置いた。
生活の中で夫婦や娘は段々と困窮して食事もままならず、妻は衣服に困り、
娘は泣き伏して飢えに及んだ。

ある時、古い朋輩の大崎長行が訪ねて来て、紀州家に召しだされたので
又右衛門の添え状が欲しいという。宣充は添え状を用意すると、
「路銀はあるのか」と尋ね、長行は無いと答えた。

すると宣充は具足櫃から金三百両を出して五十両を分け与え、さらに
沓籠から銭を出して一貫文を渡した。長行は大いに喜んで武具等を
調えて奉公に出て行った。

その後、宣充の女房は怒って「あんなに金銭があったというのに妻子の飢えを
見て見ぬふりをしたのですか」と暇を乞うた。

これに宣充は「武士は売買の道を知らない。この金が尽きた時は今のような
生活になるだけだ。つまりは少し遅いか早いかでしかない。それならば我が
武勇の名を落とすまいと万が一の用を心掛けているのだ。それがお前には
わからぬか」と、言って妻と離別したという。

――『名将言行録』