大賀弥四郎夫婦の会話

2014年12月19日 18:50

45 名前:1/2[sage] 投稿日:2014/12/18(木) 23:04:36.56 ID:NP7zQYj1
徳川家康と大賀弥四郎・悪い話
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-339.html
この話に出てくる大賀弥四郎の謀反は、仲間の一人山田八蔵が家康に密告して露顕してしまうのですが、
事件が発覚する前に弥四郎夫婦は謀反について会話しているんですね
以下がその内容です


大賀弥四郎は、謀反がばれたことを夢にも知らず、女房に向かって、
「私は謀反を企んで、主を打とうと思う。」

と言えば、女房は本気にしないで、
「狂言師でも、言うべき事を言うものですよ。そのようなこと、忌々しい、聞きたくもありません。」

と言ってそっぽを向くので弥四郎は重ねて
「まったく偽りではない。」

と真顔で言うので、そのとき女房は驚いて、
「本当にそのような企みをなさっているのですか。まったく、天道の尽き果てなさったものです。
上様の御恩を沢山蒙って、何かにつけて乏しきことはない身を過ごすことさえ、天道は恐ろしいものなのに、
一度は罰が当たるのではないかと思うと、主様の事をおろそかにも思っておりません。
そのうえ、久しい譜代の侍衆さえ私たちほどではございませんのに、あなたは中間の身であるうえで、
かように奥郡二十余郷の代官を仰せ付けられているのを、何の不足があって謀反を企てなさるのですか。
そのようなことは思いとどまってください。
そうでなければ、私と子供を共に刺殺して、その上で謀反を企ててください。
必ず主様の罰が忽ちに下り、あなたは、生きているうちから責められて、辛苦を受けて果てなさるでしょう。
私の身も火あぶり・磔にかけられて、浮名を流すことも目前なので、今刺殺してください。」

と言うので。そのとき弥四郎は
「女の身で、分からんことを申すものだな。お前をこの城(岡崎城)へ移して御台と言われるようにするというのに。」

というので、女房は、
「もし御台と言われるのなら喜ばしいですが、言われなかった時の不幸はどうですか。
あなた、よく聞いてください。
『稲は実がつくと傾くが、人間は年をとると反る。』というのはあなたの事です。」
と言って、その後は口を利かなかった。


夫と違い奥さんは忠義の人であったみたいです

46 名前:2/2[sage] 投稿日:2014/12/18(木) 23:05:29.18 ID:NP7zQYj1
さて、謀反が発覚し弥四郎が浜松へ連れて行かれる途中、念じ原を通ったときの出来事


念じ原に、女房子供、五人張り付けになっていた。そこへ弥四郎を引っ張って、放っておいた。
殊の外悪びれた様子であったが、何を思ったのか、顔を少し持ち上げて、五人を見て、
「お前らは先にいったか。目出度い事だな。我等も後から行く。」
と言ったので、見物人達は笑った。


以上は、三河物語から
夫の不忠により想像どおり磔にされた可哀そうな奥さんの悪い話でした




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