不届きに付き、かくの如くせしむる

2017年05月03日 18:48

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/05/03(水) 17:42:53.26 ID:lqY/8zPQ
大久保相模守(忠隣)の家来に、天野金太夫という者があった。
忠隣の親類であり、度々の戦功あって、その身の勤め、行跡、残る所無く、志ある義士であった。

大久保長安事件をきっかけに忠隣が身代没落すると、家中の諸侍は閉口し逼塞していた時分に、
下々は逃げ欠け落ちを致し、結果小田原の侍町では盗賊が多くなった。

この時、天野は断固詮索を遂げて、下人の徒者十余人を追補して一々に成敗し、その頸を町の出入り口に掛け
札を立てた

『主人の落ち目を見て不届きに付き、かくの如くせしむる。』

天野金太夫はその後、忠隣の身が終わるまで彼を見届けたという。

彼のような行動は、内に正しさを持っていなければ成り難い事である。

(士談)


スポンサーサイト

いま一言をもって日延べをお許しになられたこと

2016年05月29日 13:09

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 09:31:21.71 ID:9iJTYgQ1
慶長の末年、大久保相模守忠隣は本多正信の讒言により、所領を召し上げられた。

その時、安藤対馬守(重信)は小田原の居城を受け取るべしとの命を受け、大久保の
家老・天野金太夫を呼び、「当城内外の諸臣らは、今明日のうちに他所へ退出せよ」
との旨を命じた。すると天野は曰く、

「主人・忠隣の事は、不幸にして罪を蒙り、臣らは今この命を承って、公儀に対して
誰が異議に及ぶことだろう。されども、家臣がこの城を預かり守る主人の命令無くして
他に城を渡すことは臣たる者の道に非ず。

それに、いま城下にいる小臣奴婢などの類は多い。彼らがすぐさま退かなければ
ならないことについて、少なからず憂いがある。この事をぜひともお察しして頂きたい!」
と、言った。その言葉は意気盛んであった。

安藤はこれを聞くと、「私はいま上意のままに命令をなしている。しかしながら、
汝の言うことは実に道理である。日を延ばして城を渡すようにせよ。私がこの事を
取り計らおう」と言って、退いた。

天野は曰く、「わたくしめは、齢傾き見苦しくとも一刀を下して皺腹を切り、貴殿の
馬前を汚さんと思ったのに、いま一言をもって日延べをお許しになられたこと、幸い
これに過ぎず!」と、厚く感謝した。

さて、主人・忠隣からの下知を待って、その後は内外とも騒々しくはならずに神妙に
立ち去った。「大臣たる者の振る舞いはこのようでこそあるべきである」と、諸人は
感賞したということである。

――『明良洪範』