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天野隆重の方便

2018年07月25日 21:37

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/24(火) 23:01:39.02 ID:EyEJGJF5
永禄12年、尼子勝久、山中鹿介らによる尼子再興軍が出雲に乱入した時、富田城は天野紀伊守隆重が、
わずか300余りの兵で守っている状況であった。
天野は尼子と一戦すべしと思っていたが、尼子軍6000余りに対して自分たちは300であり、
思いに任せて合戦し、損じてしまっては口惜しく、しかし一戦しなければ武辺が拙い事を誤魔化したのだと
言われてしまうと考えた。そこで、尼子方の秋上伊織に使者を出して申し述べた

『尼子勝久が当国へ入られ、諸人皆御味方へと参る中、我一人が当城を守るなど、蟷螂の斧の如きものである。
然らば、尼子による毛利家御退治の後、我が本領に加え五万貫の所領をあてがうことを約束していただければ、
明日にでも城を明け渡すであろう。

しかしながら、無碍に城を明け渡せば我が武名は長く廃れ、芸州の妻子達は全員頸をはねられるであろう、
それも口惜しいことである。

そこで明朝、そちらの軍勢が切岸まで寄せてほしい。そこで我らは防ぎかねたる体にて本丸に引き退き、
和平を仕って城を明け渡し芸州へ帰り、そこで尼子軍の芸州への御発向を待って旗を揚げるであろう。』

これを秋上伊織が山中鹿介へ報告すると、鹿介「これは勝久様が御運開かせ給う瑞相である!」と
急ぎ勝久に披露し、すぐさま秋上伊織を大将と定め、疋田、遠藤、岸、池田、相良、有村以下二千余騎にて
富田城へ押し寄せ、七曲を一息に駆け上がり切岸へと到着した。そこでかねての約束を信じ油断して
待ち受けていた所、この様子を見た天野隆重は「方便にかかった」と喜び、矢狭間を開け、射手を揃えて
想いのままに射させた所、敵はこの予想外の攻撃に慌て、早くも多くの死傷者が出て、引き色が見えた
所で、隆重は「時分良し!」と彼の三百あまりの人数を朝霧の中から突撃させた。
これを敵は一支えも出来ず、大勢が討ち取られ、我先にと逃げ退いた。

山中鹿介らは、天野隆重に謀られ諸方の笑い者とになったこと口惜しいと大変に怒ったという。

(安西軍策)



947 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/25(水) 07:58:35.02 ID:YKRKfBFg
>>945
これ、小説だと、秋上が功にはやって受け入れる、山中は怪しいと止めるエピになってるよね。
秋上がその後裏切るのはこの時の不面目を引きずったからとか。

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/25(水) 21:35:10.44 ID:BEZvxerT
俺が30年以上前に見た山中の伝記じゃ秋山が看破で山中が騙されるだった
それ以降秋山は尼子復興は無理と判断し吉川に降る

950 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/07/26(木) 07:02:23.83 ID:P8oD2fN8
天野隆重「かかったな!アホが!」

951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/26(木) 12:44:58.47 ID:9WnOU9Er
フフ…火薬入りの茶釜は…痛かろう
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天野・杉原の普段の仲

2013年10月26日 19:38

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 09:54:32.77 ID:oZCdc+f1
上の方でちょっと険悪な天野・杉原の普段の仲をうかがわせるお話。


上月城の戦いでは勝利を得た毛利勢だったが、
備前の宇喜多・伯耆の南条など、相次ぐ離反に悩まされていた。
元春率いる吉川勢は南条攻めに赴き、抗戦に出た南条の一族、九郎左衛門を討ち滅ぼした。
その勝利は、先陣の杉原盛重の活躍によるところが大きかった。

やがて拠点としていた八橋に引き上げてきた吉川勢や国人衆が、
皆で集まって今回の合戦の話をしていたとき。
盛重の嫡子の元盛が天野隆重に向かって、「南条勢の敗因を分析してください」とねだった。
隆重は、今回の地形ならば南条勢がどのように備えどう戦っていればよかったのかを語り、
「しかし南条勢が万全の備えで出てきても、盛重が臨機応変に応戦しただろうから、
どのみち南条勢に勝ち目はなかった」とまとめた。
元盛はすっかり感心して、話に聞き入っていた。

すると今度は隆重の嫡子の元明が、盛重に対して
「愚父がご子息の勧めで考えを述べたのですから、次は盛重が勝因を教えてください」とねだった。
盛重も元明の求めに応じて、自分の戦術を細かに語って聞かせたが、
「本命の南条元続を誘い出すことができなくて残念だった」と結んだ。

盛重は続けて、
「敵がやりそうなことを予想して、前もって対策を講じておくのが軍法の基本ではあるものの、
 実際に相対した敵を制する方法は、事前にどうこうと言えないものだ。
 敵の機を察する以心伝心の妙が必要だ。
 けれどこれは、敵の様子を見るまでは何の備えもしなくていいという意味ではない。
 しっかりと備えを固めておくことも大事だ」
とアドバイスした。

さらに談義に花が咲くかと思われたが、盛重が元春に呼び出されてしまったので、
寄合はお開きとなった。




587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 10:41:50.32 ID:DzMsDEuO
帝国陸軍兵学校の講師に招きたいのですが

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 11:09:34.17 ID:oZCdc+f1
今別の本読んでたら、元就の「御弓矢向、常々御談合之衆」リストに隆重・盛重の名前もあって、
わりとこの手の話が好きというか得意な人たちだったんだろうな。

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 18:25:01.14 ID:cxvo9xQO
杉原盛重は忍者の棟梁でゲリラ戦のプロフェッショナル
天野隆重は兵300で兵6千の尼子再興軍をボッコボコにしちゃった対ゲリラ戦のプロフェッショナル

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 18:55:59.57 ID:d7SjMLDf
ヴェトコンの起源である

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 11:44:48.15 ID:T7i8gd7L
>>589
兵6000側が兵300側にゲリラ戦仕掛けるとか意味が良く分からないんですよ。
しかも300側が勝つとか。

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 12:26:17.23 ID:kv2pxtZY
そりゃ相手の20倍もいるのに正攻法で戦わなかったのが敗因だな(確信

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 14:11:05.83 ID:zLEzgT+j
>>598
月山富田城は正攻法で落とせない城だから
経久のようにゲリラで攻略するか元就のように兵糧攻めで攻略するしか手がないのですよ
で兵糧攻めは時間がかかって不利になるからゲリラ戦でいこうってなったんだけど
出す手全部読まれて逆にボコられたという

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 18:10:28.25 ID:7PW1nfMd
降伏したいんだけど色々手続きあるからちょち待ってよ、と言われて鹿ちゃんたち待ってたら
時間稼ぎされて後詰めきてあぼーんしたんじゃなかったの?

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 20:04:17.11 ID:EaC0wMRM
天野「降伏するよ―。城を渡すから取りに来てよ~」
秋月伊織之助(尼子十勇士)「ほいほい」
天野「ほいほい来てしまって良かったのか(ニヤリ)」
城門の中に引き込んだ後で殲滅

激昂した山中鹿之介、あの手この手で攻め立てるが全て見切られて撃退。
そうこうするうちに後詰めの吉川軍が到着。
初手の失態で居心地の悪くなった秋月は毛利に寝返り。

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 22:47:08.97 ID:zU/z4xUz
300人で大軍と戦ったと言えばペルシア戦争でのスパルタ

607 名前:602[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 23:23:52.08 ID:EaC0wMRM
すまぬ、 ?秋月 ◎秋上 だった。 罰としてアイマス2を買ってくる。

608 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 23:49:44.14 ID:R8oG1Hnq
ヒロインあしつきいおり、が出てくる「I′s」でも買ってくれば

西国で川中島合戦にまつわる論評合戦があったらしい

2013年10月21日 19:45

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/20(日) 21:53:06.97 ID:0a8ryyVQ
西国で川中島合戦にまつわる論評合戦があったらしい。

毛利元就の在世中、甲斐の武田・越後の上杉から書札を受けていたものの、
当時元就の容態が思わしくなかったこともあり、
山中鹿介擁する尼子勢に手を焼いていた毛利家は、
なかなかその返礼をすることができなかった。
元就が亡くなってしばらくすると、次男の吉川元春は、
家臣の佐々木源兵衛尉を甲斐・越後へと挨拶に遣わした。
そのついでに、両国の情勢なども見て回らせた。

さて、佐々木が安芸に帰国して、見聞きしてきた川中島合戦の様子などを
元春に報告したところ、その話を聞いた杉原播磨守盛重は、
「謙信のこのようなところが油断である、
 信玄のこのようなところが落ち度である。
 いかに良将の聞こえが高くとも、間違いをおかすこともあるのだな」
などと、話に上った川中島合戦の批評をしはじめた。

同席していた天野紀伊守隆重はそれを聞くと、口を開いた。
「なるほど、御辺の意見も一理ある。
 しかし、我らごときの愚昧な考えで批判ばかりしていれば、
 まったく過失のない真の名将などというものは、
 この世に存在しないことになってしまう。
 信玄・謙信がもし、御辺の言うように凡庸な将だったなら、今の名声もないはずだ。

 時も場所も異なるところで何を言ったところで、まったく的外れなのだ。 
 地に伏せて耳を澄まさなければ、地の底を穿つ足音を聞きつけることもできない。
 そのとき、その場にいなかった御辺が、あれこれと批判しても意味はあるまい」

盛重は「もっともだ」とうなずいた。


個人的に耳が痛い話だったのでこちらに。




541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 21:10:22.92 ID:EL6wb5qu
>>537
しかし現場以外無意味とか言ってると戦略や戦術なんてほとんど研究できないわけで



542 名前:537[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 23:53:49.16 ID:cjfZqQ2P
>>537に関して補足をまとめようとしているうちに、昨夜は寝てしまいました。
少し続きがあります。


天野隆重に反論された杉原盛重は、相手の言い分を一応は認めたものの、
「しかしながら、信玄・謙信のような良将を論評すること
 それ自体がよくないと言うのであれば、納得できない。
 信玄・謙信は生まれながらにして一国の将で、その名はこの日本国中に知れ渡っている。
 この私は勇智が信玄・謙信に劣っていなくても、ようやく一郷一村の主でしかなく、
 人に名を知られていない。
 それなら批評するにも何の憚りもないはずだ。
 合戦の評論をする行為自体がよろしくないというのは、納得がいかない」
と食い下がった。

そこで同席していた熊谷伊豆守が、
「二人の論争は、未来永劫決着がつくことはないだろう。
 梅はすべからく雪に三分の白を遜るべし、雪もまた梅に一段の香りを輸すべし、
 という古い言葉もある。
 お互いに優れた言い分を認め合って、腹をおさめるといい」
と諭すと、二人とも大いに笑って退出していった。


以上です。



543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 23:56:02.55 ID:PZYN8Rgz
元春はこの時何を考えていたんだろう

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 01:08:07.03 ID:v/L45Kbq
熊谷伊豆守って孫が豊前守ってことだし、信直かな
年長者だし上手いこと纏めたな、といいたいが天野隆重の方が年上か

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 02:32:01.65 ID:0DXDVwU+
笑ってすまずに殺し合いになる家が結構あるような

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 11:52:35.54 ID:f028Go8Z
囲碁将棋観戦は命がけ

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 13:38:46.16 ID:31RUWkyD
庭師「賭ける程度では生ぬるいわ」

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 18:48:06.83 ID:p8wzde/m
兜持ち「便所いきてー」

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 19:09:46.76 ID:NDrZswl7
>>542
お面杉原が大いに笑った・・・だと?

550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 22:45:57.29 ID:kHe1CpjK
お面のような顔は変わらず口から笑い声だけが・・・
見た人チビるな