「門松をやる。」

2016年12月14日 16:57

418 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/12/14(水) 12:09:46.27 ID:TPR3JAZq
お正月も近いので、門松関係の逸話を

江戸時代、諸大名のなかで、
唯一将軍家から門松を拝領していた藩があります。

奥州磐城平藩安藤家です。

安藤家の先祖、安藤重信は、家康の囲碁の相手をよくしていました。

ある年末の夜のこと、いつものように家康と囲碁をしていたところ、家康が勝たないので退出時間を過ぎても帰城させてくれませんでした。

そこで、重信が「屋敷に帰宅し、門松の準備を致したいのですが。」と言うと、
家康は「門松をやる。」と言いました。

家康が勝ったので重信が屋敷に帰りますと、将軍家と同じ門松が届いていました。以来、毎年門松の拝領がありました。



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いま一言をもって日延べをお許しになられたこと

2016年05月29日 13:09

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 09:31:21.71 ID:9iJTYgQ1
慶長の末年、大久保相模守忠隣は本多正信の讒言により、所領を召し上げられた。

その時、安藤対馬守(重信)は小田原の居城を受け取るべしとの命を受け、大久保の
家老・天野金太夫を呼び、「当城内外の諸臣らは、今明日のうちに他所へ退出せよ」
との旨を命じた。すると天野は曰く、

「主人・忠隣の事は、不幸にして罪を蒙り、臣らは今この命を承って、公儀に対して
誰が異議に及ぶことだろう。されども、家臣がこの城を預かり守る主人の命令無くして
他に城を渡すことは臣たる者の道に非ず。

それに、いま城下にいる小臣奴婢などの類は多い。彼らがすぐさま退かなければ
ならないことについて、少なからず憂いがある。この事をぜひともお察しして頂きたい!」
と、言った。その言葉は意気盛んであった。

安藤はこれを聞くと、「私はいま上意のままに命令をなしている。しかしながら、
汝の言うことは実に道理である。日を延ばして城を渡すようにせよ。私がこの事を
取り計らおう」と言って、退いた。

天野は曰く、「わたくしめは、齢傾き見苦しくとも一刀を下して皺腹を切り、貴殿の
馬前を汚さんと思ったのに、いま一言をもって日延べをお許しになられたこと、幸い
これに過ぎず!」と、厚く感謝した。

さて、主人・忠隣からの下知を待って、その後は内外とも騒々しくはならずに神妙に
立ち去った。「大臣たる者の振る舞いはこのようでこそあるべきである」と、諸人は
感賞したということである。

――『明良洪範』