真田昌幸の娘の行方

2016年03月10日 11:36

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/09(水) 18:50:21.20 ID:Ya1EF9Tr
※大河の今後の展開のネタバレが入っていると思われるので注意して下さい


本能寺の変が起こってから、真田昌幸が安土に出した人質である娘の行方は全く解らなくなり、
昌幸の御母堂の嘆きは止まること無かった。
真田の一門、家老の人々は日々集まってこの事を協議した

「この事、行方は覚束なく、落涙する外無い。しかし信長公の御台様や公達は、日野という所に
蒲生忠三郎が忠義を以って引き取り、御扶育されているとのこと。もしや姫様もそちらに
ご一緒しているのではないだろうか?」

「いやいや、未だ織田に対してさほどの忠節を見せたわけでもないのに、その人質を日野まで
伴っているだろうか?ただ、傍若無人な者の手に渡り、いかなる御身に成り果ててしまっているか…」

とにかく人数を出して探し出すより他無いと、手分けして尾張、近江、遠江、三河、甲斐、駿河の
6ヶ国の在所在所を草の根を分けて手の及ぶ限り探したが、やがて豊臣秀吉の時代になり、世の中が
静謐となってもその行方はわからなかった。御母堂は片時も彼女のことを忘れず、嘆きは深まるばかりであった。

さて、彼女が行方不明に成って翌年の春、真田昌幸が上洛した折、桑名の渡守の所に真田家の下郎達が入って
休息していると、20歳ばかりの女房が走りきて聞いてきた

「今日、御上洛の殿様は何という大将で、国は何処でしょうか?」

「これは信州真田殿の上洛だ。」

これを聞いて女房はさめざめと泣いた
「信濃とは懐かしい。私も信濃の者ですが、いささか仔細があってこの国に有ります。
ですが本国ですから母を一人持っています。在所は上田の城…」

そう言いかけたが、言い直し
「上田の城町の喜兵衛と申す者の所に、これを届けて頂けないでしょうか?」

そう、紙包みを一つ渡した。彼らは下郎であったので、とくに何も考えず「心得たり」と懐に入れ、
帰陣まで何もせず上田に持ち帰った。
そして『城町の喜兵衛』という人物を尋ねたが、上田の城主(真田昌幸)の名が喜兵衛であるため、
外にその名を付けているものは一人もなかった。

この事、追々足軽大将に聞こえ、彼が預けられたという紙包みを開いてみると、まさしく姫様よりの
御文であった。早々に山田文右衛門に渡し、そのまま奥方にさし上げると、喜ぶこと限りなく、
すぐに桑名へと人を遣わし、渡守に褒美を与え、彼女を向かえ取った。
渡守は安土の乱の時に彼女を奪い取ったが、大切に思い深く隠し置いたのだという。
浅ましい話で、2年間の憂き目のほど、思いやられていたわしく、聞く人ごとに哀切の気持ちは増した。

彼女は後に、小山田殿の御内室になった。

(加沢記)

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/09(水) 21:23:18.02 ID:IAi8UN//
おやまだ結婚してなかったのか

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/10(木) 01:27:53.74 ID:rGWTfnmK
座布団どうしようかなぁ
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