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古き三河者共

2013年03月06日 19:51

641 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/05(火) 20:10:43.24 ID:VsUemcKT
大阪冬の陣の慶長19年(1614)12月6日、徳川家康は茶臼山の本陣に到着した。
この時家康を出迎えた者達が初めに報告したことには

「諸大名の仕寄場は何れも能く敵陣に対して付けています。思った以上に敵の近くに攻め寄せています」
(諸大名の仕寄場何れも能く付き候。存の外近く攻寄せ候)

とした。
ところが、御前においてこれを聞いていた本多三弥(正重)は

「各々は偽りを言っている!私が見廻った限りでは、そなたたちが言うほど仕寄も寄ってはおらぬ!」
(各偽申上げられ候。我等参り見候所に、存候程には仕寄も寄らず)

続いて小栗又市が声を上げた

「大名たちは皆々臆病で、竹束の内から敵を見るばかりです。かなりの距離を隔てて
相まみえている状況ですな!」
(皆々臆病にて。竹把の内より見申候。中々間隔相見え候)

このように、家康に報告した者たちの面目を丸潰しにし、また参陣した諸大名もまとめて侮辱したと
見られても仕方がない両人であったが、彼らに対して家康からいかなるお咎めも無かった。
(両人共に如何様とも御咎これなく)

(村越道伴物語留書)

おそらく諸大名の体面に気を使った報告だったのでしょうが、そんなモノは断じて許さない
古い三河者共の頑固さはこの時も健在であったのだ。





642 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/05(火) 21:23:10.47 ID:mpEY66VU
本多正重も生涯無官だったっけ
三河は変わりもん多いよなぁ

643 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/05(火) 21:34:03.33 ID:g8S3FBo3
>皆々臆病にて。竹把の内より見申候

真田丸の大勝利フラグキタ━━━━━━ヽ(゚∀゚)ノ ━━━━━━!!!!

644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/05(火) 22:03:05.02 ID:KHw0VDMU
そんな中せっせと竹取りに勤しむ数寄者が約二名

655 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/06(水) 18:45:50.16 ID:czIbHRKJ
なにしろ、武勇でならした上杉の将でさえ竹束に隠れる始末
景勝がいなければ

656 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/06(水) 19:18:11.85 ID:lmVmGrPq
大坂の陣は完全に銃撃戦
弓とか槍主体で戦ってたジジイの現役時代に比べたら
格段に危険度増してる。

657 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/06(水) 19:57:02.00 ID:dGvlQ3f4
当たらなければどうということはない

って神保さんがゆってた

658 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/06(水) 20:41:39.25 ID:0+QW8g4Q
( ゜Д●)<我が伊達軍の鉄砲隊は日本一ィィィ!当てられぬものはないイイィーーーーーーーッ!!

659 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/06(水) 21:53:29.22 ID:ydGIfX9g
???「おい、俺味方味kギャーー

660 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/07(木) 06:49:25.83 ID:nYw0Pjl1
>>657
神保さんは知らんけど
赤い池田さんが言ってるのは直で聞いた事がある

661 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/07(木) 07:35:20.15 ID:3UWd2YfW
天下に名高き伊達鉄砲隊
その餌食となった味方は数知れず…


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この時、軍監を務めていた小栗忠政は

2012年08月09日 20:51

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 17:29:25.43 ID:M2QzuxWM

鴫野の戦いの時、上杉景勝は敵の大軍を破って勝利した。
この時、軍監を務めていた小栗忠政は、徳川家康の陣にやって来て、
戦の次第を伝えると御次の間に退いた。

そこで忠政は戦の時の話をし始めた。

「今日の戦で敵を追い討ちする絶好の機会があったゆえ、
景勝にすすめたのだが、もう日暮れだといって聞き入れなかった。

しかし、残った敵も多かったゆえ諦めきれず、直江に兵を貸せ、
わしが行くと言ったのだが、これも同じ様なことを言って断られたわい。

さてさて、残念なことじゃ」

…と言っているところに家康が入って来た。忠政の声がよほど
大きかったのか、家康は話をすべて聞いていた。

「やい、又一。お前の身分で景勝の指揮を非難するはいらざることぞ。

このたわけ者め!」

主に厳しく咎められて、流石の忠政も平伏して恐縮した。

――『徳川実紀』




897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 18:07:14.23 ID:G8q1lgcT
小栗さんはこんな年になってもぶれないなw

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 19:25:12.53 ID:nVNH7eNI
もっと若い頃だったら家康に何か言い返したりしたんだろうかw

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 19:52:22.06 ID:6ehqqsG6
言い返せないなんてオレの知ってる又一と違う

理不尽でめんどくさくて大久保彦左とガップリ四つに組める男なのに…

901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 20:19:38.27 ID:2zdOeasM
忠政「景勝殿、今こそ追撃の好機にござろう。
兵を貸してはくださらぬか?」
景勝「・・・」
直江「殿は、もう日暮れなので兵は貸せぬ、とおっしゃってます」
忠政「では直江殿、貴公の兵を」
直江「わたしも、日暮れなので兵は貸せませぬな」

そりゃ同じ様な返事になるよな

902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 20:30:21.38 ID:e8TeZ/K+
そりゃ景勝がダメっつってんのに直江が貸せるわけ無いだろうと

903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/09(木) 20:30:36.96 ID:M+sQuYa2
小栗さんって大坂夏の陣の戦傷が元で死んだんだよな。

つまりこの発言後まもなく命に関わる負傷をしてしまう。