武功の者の子であるから

2016年06月27日 17:35

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/27(月) 03:31:11.65 ID:tprsOUH+
天正3年5月、長篠の戦いで小栗忠政は酒井忠次に属し、鳶ヶ巣山の要害を攻めて
兜首を取った。また、武田の士・雨宮十兵衛家次と組み合ってついに討ち取ったので、

徳川家康の御感を蒙って、御腰物を与えられた。その家次は討たれた時、忠政に
自分の子のことを託し、帯びていた刀を「渡してくだされ」と言ったので、忠政は

これを承諾し、その後に家康が甲府に打ち入った頃、その男子が恵林寺にいたので
訪ねて会い、遺言を伝えて刀を与えた。

そして、この事を家康に申し上げると、家康は「武功の者の子であるから」と言って、
男子を御家人に召し加えた。

――『寛政重修諸家譜』




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