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昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば

2016年11月12日 15:59

313 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/11/11(金) 17:47:37.99 ID:TF19QdX0
昔の人が残した名言や行動を聞き覚えておくのは、古人の知恵、経験にあやかるためである。
私心を働かせないためである。
我一個の感情、知識だけでなく、昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば、
客観が加わり、間違いということもなく、悪事も起こらないものである。
勝茂さまはよく直茂さまに相談し、お知恵を借りておられた。
これは『御咄聞書』に書いてある。
とても立派なお心掛けであられた。
また、ある方は弟たちを家来として召しかかえ、
江戸や上方に行くとき、いつも彼らを連れていき、
日々起こる公私の出来事すべてを弟たちと相談して決めたので、
其の方の立ち振舞いには間違いの起こることがなかったとのことだ。 【葉隠】



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殿に媚びへつらう者のなかに

2016年04月17日 12:21

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/16(土) 22:32:07.65 ID:9mBkuUZ9
殿に媚びへつらう者のなかに、気力が強く悪賢い人間が現れたときは、
殿を騙し、己が出世することばかりに力を使うものだ。
なにをすれば殿が喜ぶかというツボを心得た者は、少々のことでは奸臣だと見破られないものである。
非常に見破りにくいものだからこそ、大賀弥四郎という奸臣は、あの家康公をさえも騙しぬいたのだ。
このような奸臣は新しく召抱えられた成り上がり者に多く出てくる傾向がある。
譜代や高禄の武士には稀であるということである 【葉隠】



536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/16(土) 23:25:23.32 ID:8GBmpV1E
直茂「広橋とか勝屋とかね」

人相を見るということは

2016年03月21日 20:57

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/20(日) 21:05:57.65 ID:5XgJvU+M
老武士が言った。
「人相を見るということは大将たる者の重要な資質である。
楠木正成が湊川で正行に与えた一巻には眼のことばかりが書いてあったと伝わる。
人相にはなにか秘められた大事がある」
という証拠であろう【葉隠】




了意和尚の話されることには、

2016年01月25日 15:16

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 17:02:55.34 ID:glXQjhzz
了意和尚の話されることには、

「最近の僧侶は消極的で自分の目先のことだけ守っている。
自分のことを守るのみがなすべき仕事だと思い込み、腐り果てている。
役に立たない。逃げ尻の腰抜けというしかない。
私はもう歳を取ったが、どこぞからお呼びがかかればすぐにでも駆け出す覚悟でいる。
金沢の大乗寺を隠居してから、関東にくだり三つの寺を駆け巡り、
性根を据えて、どうにか少しばかり落ち着きたいと思っていたけれども、
雑用ばかりで心のままにならず、残念なことではある。
昔の侍は、布団の上で死ぬことを無念に思い、戦いの場で死にたいとのみ願いを込めたものだ。
僧侶もこの心を持たなければ、道を成し遂げることは出来ぬ。
人の間を避けて引きこもりたがるのは腰抜けである。
引きこもってなにか善いことをするかと思えば欲心ばかりである。
仮に引きこもって善いことをしても、それでは世に影響を与えて、道なき道を拓くことなど出来はしない。」

とのことである 【葉隠】



226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 23:41:09.64 ID:1wGSzzmV
了意和尚(1612-1691)
島原の乱(1637年)までと長くみつもっても、戦国時代の人物とみなすのは無理がないか
葉隠の中でも戦国時代の人物についての話を選んだほうが反感を買わないと思う

中野神右衛門が子供たちに言っていたこと

2016年01月13日 22:38

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/13(水) 14:40:02.70 ID:HMNPAWK4
中野神右衛門が子供たちに言っていたこと。

「末代の子孫に至るまで、どんなに大勢の子供を持っても、決して見捨てることがあってはならぬ。
その者その者の器量によって、草履取りでも馬取りでも、奉公に差し出すとよい。
草履取りの役目には侍の末子を差し出したいものである」 【葉隠】



城の明け渡しのとき、

2015年08月22日 17:36

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/21(金) 17:43:10.26 ID:oY9BYVsm
古老が言った。

「城の明け渡しのとき、籠城しようと思った者が二人ほどいても、
味方の気持ちがそろわないから、結局、籠城する者はいない。
徹底抗戦するには、城を受け取る敵勢が城の近くまで来たときに、
籠城の決心をした二人ほどが物陰から弓や鉄砲を少々射かければよい。
これだけで、敵勢が講和破りだと騒ぎ出し、合戦再開となる。
そうなれば嫌でも戦うことになるわけだ。
向こう様から籠城させてくれるというものである。」

と。 【葉隠】


現代でも、政党や国の争いでこれやってるようなw



186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/21(金) 20:12:58.75 ID:y47pgkZr
>>185
人間だって所詮は動物。
科学技術や知識等の面では進化したと言えるかもしれないけど、
精神的な面では大して進化してない。

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 11:01:31.94 ID:C2GGCCp3
>>185
その二人迷惑すぎて草

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 12:22:33.13 ID:HqNHVSvA
>>187
それが侍魂!

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 20:57:38.65 ID:3qO6IhBf
>>185
会津が長岡の旗をかざして官軍を攻撃、長岡の中立交渉を破たんさせたやり口ですね

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 21:25:23.89 ID:Zwv8Xwo6
宮城事件ですねわかります

悪事の取り調べに、落度なく申しひらきした者を、

2015年03月28日 17:37

794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/28(土) 10:23:25.67 ID:OsNUgCTi
志波甚兵衛は、
「悪事の取り調べに、落度なく申しひらきした者を、ただ無罪にするだけでは残念と言わざるをえない。
悪事の真っ只中にいながら、ひとり落度なく過ごすという事は、
十年二十年ひとつの役目を勤めるより遥かな手柄だろう。
加増して取り立てたいものだ」
と言っていた【葉隠】

最初は?だけどよくよく考えたらその通りな話




竜泰寺で聞いた話

2015年03月08日 16:08

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/08(日) 14:21:23.94 ID:xyJztSdd
竜泰寺で聞いた話
上方の易者が、
「僧侶でも四十にもならぬ若いうちから名が上がるのは良くないことだ。
身を誤るもとである。
四十にして惑わずとは、孔子に限ったことではない。
賢者であれ、愚か者であれ、能力の優劣を問わず、
四十になれば、各自相応の経験を積んで、心が迷わぬようになる」
と言っていた 【葉隠】

いわゆるはやくに比類なく名をあげると余生が大変ってやつですね
人間てのは堕ちるときもあるものだから




相良求馬が家老に抜擢されたとき

2015年01月15日 18:51

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/15(木) 17:02:59.96 ID:uy4fLylJ
相良求馬が家老に抜擢されたとき、求馬は鍋島平左衛門の家を訪ね、
「この度、殿よりお目をおかけいただき、大身の身分となったが、
あいにく私には役に立つ家来がなく、奉公するにも不自由でならない。
それで、あなたの御家中の高瀬治部左衛門を、家来に迎えたく思い、訪ねたのだ」
平左衛門は、
「わたしの家来がお目に止まったとは光栄だ。さっそくお譲りいたそう」
と承知し、求馬が帰った後、治部左衛門を呼び、このことを話した。
すると、治部左衛門は、
「返答はわたしが直接、求馬殿に申し上げましょう」
と言い、求馬のところへ行き、
「わたしをひとかどの者とお認めいただき、とてもありがたく思います。
しかしながら、奉公人は主人を持ち変えぬもの。
相良さまの家来ともなれば、一生を贅沢して暮らしてゆけますが、
その贅沢は心苦しいものとなるでしょう。
主人の平左衛門は小身でかつ裕福でなく、
わたしどもは雑炊などを食べ、暮らしていますが、この貧乏は楽しいものです。
どうかここのところをお察しくださいますように」
と申し述べ、
それを聞いた求馬はいっそう感心し、自分の目は正しかったと喜んだ 【葉隠】




元旦の参詣

2015年01月01日 17:18

477 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/01/01(木) 13:44:21.24 ID:SOQqwQep
元旦に勝茂さまは与賀、本庄、白山八幡の三社へ御参詣になった。
ある年の元旦、五男の直澄さまが正月の挨拶に遅れてこられた。
勝茂さまが、
「おまえはどうして遅れてきたのか」
と御注意なさると直澄さまは、
「父上がいつも三社参りをされているので、わたしも後に習い参詣するようにしたのです。」
と申し上げた。
それを聞き、勝茂さまは、
「おまえまでが元旦の参詣をしなくともよい。
わたしはすでに両親もおらず、かと言って在国中であるがゆえ、
江戸の将軍さまへの御挨拶にも上がれない。
要するに、自分より上の者に対する礼が欠けることないよう、参詣しているのだ。
おまえなどは、わたしに元旦の挨拶にくればそれですむことだ。」
とお諭しなされたとのこと。
次代の光茂さまは、元旦に向陽軒のお宮へ御参詣になられたということである 【葉隠】



478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/01(木) 14:11:56.74 ID:HE/RFR7h
>>477
なんか勝手な理屈だな

普段、兜をつけると

2014年12月31日 17:46

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/30(火) 20:13:26.26 ID:lkbT6uK0
普段、兜をつけるとさぞ重いのだろうと思うのだが、
城攻めのとき、敵方が、弓、鉄砲を打ち、大石、大木を落としかけてきたときには、
少しも重くは感じないのだとか 【葉隠】

もう、山本常朝の世代だと兜をつけたことがないようだ




山本神右衛門善忠は普段から

2014年12月12日 18:35

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 13:28:45.59 ID:rJsgk9qO
山本神右衛門善忠は普段から、
「侍は人物を抱えるにかぎる。
どれほどお役に立つぞと心掛けていても、一人の武勇ではたかが知れている。
金は借りればどうにかなるが、人間はすぐには集まらない。
あらかじめ立派な人物を丁重に召し抱えておくほうがよい。
人を抱えるということは、自分だけが飯を食っていては出来ない。
同じ飯を分けて食べさせるなら、人もついてくる。」
と話していた。
それだから、
「神右衛門はその身の程にふさわしい家来を抱えている」
「神右衛門は己に過ぎた家来を多くもっている」
と、評判の高かったものだ。
神右衛門が取り立てた者には、直参になった侍、手明槍になった衆、など数多くいる。
組頭に任命されたときには、
「組の者については、神右衛門が気に入った者を新しく召し抱えよ」
とお言葉があり、別に扶持米までも下さった。
新しく取り立てられた者はみな、神右衛門の家来であった。
勝茂さまが十七夜・二十三夜・二十六夜の月を拝む行事をなされておられた頃には、
寺井の神水を使われておられたが、そのときは、
「神右衛門の組の者に申しつけるように。
あの者たちは海の深いところまで飛び込んで水を汲む者たちだ」
とのお言葉であった。
このようにお心をかけられていたので、神右衛門たちも常に精励したのだ 【葉隠】




計算高い者は卑怯である。

2014年10月03日 18:49

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 18:27:40.49 ID:JULjGu6r
古老の話
「計算高い者は卑怯である。
その理由は計算高さは損得勘定であるから、いつも損得の心が絶えない。
死は損、生は得であるから、当然死を好まない。
だから卑怯なことをする。
また学問のある者は、才知と言葉で生まれつきの臆病と欲心をうまく隠している。
ここは人々がよく見誤るところだ」
とのこと 【葉隠】



437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 19:39:18.57 ID:GwUSVapQ
だから沖田畷で憤死するんだよバーカ

安住道古がこう言っていた

2014年09月14日 18:52

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 08:37:22.16 ID:f1cMkLl0
安住道古がこう言っていた。

「近頃、鍋島の槍先は一寸五分折れてしまった。
その理由は、直茂さま勝茂さまの武勇や物語を覚えている者が少なくなって、
鍋島家の気骨、家風を知らぬやからどもが蔓延り、
もう古いなどと言って昔話を嫌うようになったからだろう。
まずこれで五分折れた。
また、昔は質素に玄米と千葉汁で朝夕の食とし、身の程に馬を飼って、
その馬には米、大豆を食べさせて、ずいぶんと大切に可愛がったものだ。
これは一朝時のため、馬と心を通わせたのである。
ところが今風の者どもは毎日の食事にさまざまな趣向を凝らし、
妻子を駕籠に乗せて、縫箔の贅沢な着物を着せ、
弓矢の家に生まれたのに、馬を飼おうとする者がいない。
これでまた五分折れた。
また、近年は江戸、上方との往来が多くなり、
他国の風に憧れ、肥前風を見下げるようになり、古来の気骨が弱くなった。
これでさらに五分折れた」 【葉隠】



256 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 09:16:02.56 ID:qJglegUF
古今東西どこでも年寄りは最近の若い者はと愚痴るのが日課なのかねえ

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 09:55:29.79 ID:x+AY94Zb
古代エジプトの遺跡だかにもそんなような事が書いてあったらしいしな

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 10:07:43.39 ID:fFuNcM5X
>>257
ピラミッドの壁画だったかな。最近の若いものは…みたいなのあったらしいね。
4000年前でさえ言ってるんだから俺達もきっと年取ったらそう言うんだろう

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 10:13:33.87 ID:VFSr4d1f
そりゃ古代エジプトのピラミッドにも象形文字で書かれてる事だから

260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 10:25:56.31 ID:Wq8euVbd
アシモフの雑学コレクションだと、紀元前2800年の古代アッシリアの粘土版に
「世も末だ。未来は明るくない。賄賂や不正の横行は、目にあまる」
と書かれていて、最近の若い者は~みたいなのはソクラテスやプラトンの言葉だったが
古代エジプトバージョンもあるのか

261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/14(日) 12:33:48.27 ID:H/2s0b8m
安住道古ってスーパー内政屋だと思ってた

明日もまた、今日一日

2014年08月23日 18:52

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/23(土) 12:00:58.34 ID:/gJNbv0q
『一日の事ならばどうもこらへらるべし、翌日も又一日也』

生野織部孝時はいつもこう言っていたそうだ。

「奉公というものは、今日一日限りだとさえ思えば、どんなことでも出来る。
一日のことならがまんも出来る。
明日もまた、今日一日と思えばよい」 【葉隠】





山本神右衛門重澄はいつも家来どもに

2014年08月14日 18:53

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/13(水) 21:29:23.86 ID:yuwboFv0
山本神右衛門重澄はいつも家来どもに、

「博打をうて、嘘をつけ、町を歩くあいだに七度ハッタリをかまさないでは男が立たないぞ」
(博打を打ち虚言をいへ 一町の内七度虚言いはねば 男は立たぬぞ)

と話した。
昔の侍どもは武勇だけを心がけたから、正直者では剛の者の働きが出来ぬと思い、このように言われた。
身持ちの悪い者でも知らぬふりで許しておいて、

「よいことをした」

と声を掛けた。
相良求馬及真なども、盗みや密通をした家来どもを許して、徐々に侍らしく育てていった。

「そのくらいの者でないと、役には立たない」

と言っていたとのことだ 【葉隠】

追記
中野神右衛門も同じことを言っていた



934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/13(水) 21:33:33.14 ID:V/FngQ+K
侍ぐう畜

ビードロの屏風

2014年08月08日 19:12

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:41:10.42 ID:jqaERPuC
勝茂さまが御参覲へ向かう少し前のこと、長崎にはじめてビードロの屏風がもたらされた。
勝茂さまは珍しい物だからと将軍さまに御献上なさろうとお買い求めになった。
壊れやすい物なので、家中の者どもには、よく注意するようにと、何度も仰せになられた。
さて、屏風を納めるための箱が出来上がったので、
御進物役の鍋島采女が屏風を箱に納めるため受け取り、家屋へと持ち帰った。
そこへ、友人の枝吉利左衛門が訪ねてきて、

「ビードロの屏風なる物を、話の種に是非見たい」

と言い出した。采女は、

「もう箱に納めたので、悪いが見せることは出来ない」

と断ったが、利左衛門は是非見たいと言い張って箱から取り出した。
と、そのとき、誤って取り落とし、ビードロの屏風を破いてしまった(おそらくは割れた)。」
利左衛門は屏風をそのままに、

「人の運命とは、さてさて分からぬものぞ」

と言い捨て立ち去った(1/2)

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:56:36.78 ID:jqaERPuC
立ち去る様子が心配であったので、采女は利左衛門を呼び戻し、

「御心配されるな。わざとなされたことではないのだから、御前へは申し上げようがある。
なにも気にかけられることはない。
もっともこのことは他言無用ですぞ」

と慰めた。利左衛門は、

「殿の大切な道具を破ったことには変わりない。腹を切る覚悟です」

と言い出した。采女は、

「さてさて武士が気の小さいことを言われる。どんな宝でも、人の命に代えられるものか」

と言って、ひとり勝茂さまの御前へ出向き、

「御献上品のビードロの屏風、とりわけ大事の品と心得お預りしましたので、
家にて箱にしっかりと納まっているか調べていましたところ、取り落とし破ってしまいました。
このこと、わざわざ人を通して申し上げる必要もございませぬゆえ、
勝茂さまへ直に申し上げに参りました」

と言い捨て、御前を退った。
勝茂さまは采女の様子を見て御心配になられ、すぐにお呼び戻しになり、

「少しもかまわぬ。気にするな」

と仰せになり、それですんだ (2/2) 【葉隠】

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 16:05:33.68 ID:jqaERPuC
追記

その後、利左衛門と采女はこのことをいっさい口外しなかった。
利左衛門はいつか恩返しをしようと思っていたところ、
勝茂さまがお亡くなりになり、采女は追腹を切ることを決めた。
そこで利左衛門は、浴衣一枚と大きな敷物一枚を采女に贈った。
采女はたいそう喜んで、その浴衣を着て追腹を切った。
介錯は三谷千左衛門。
この話につけても、大切な道具は軽々しく取り扱わないようすべきであろう




474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 21:43:44.64 ID:QNYEbE6G
いい話のようなそうでもないような…w

脱ぎ捨てた袴

2014年07月24日 18:50

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:16:19.97 ID:IMc1f/4v
ある者が八戸の宿の通りで、腹の調子を崩した。
近くの町家に走り込み、便所を借りたいと頼むと、
その家に若い女が一人いて、奥にあると教えてくれた。
ある者は、その場で袴を脱ぎ捨て便所へと駆け込んだ。
そのあとに町家の亭主が帰宅し、脱ぎ捨てた袴を見つけ、
留守の間に密会をしていたのだと思い込んで口論となり、
それでも収まらず訴訟沙汰となった。
直茂さまは、この事件をお聞きになると、
「密通でないとしても、女一人の家で無遠慮に袴を脱いだことは油断である。
女も、夫の留守に見知らぬ男に袴を脱がせたことは油断である。
いずれも密通同然のふるまいだ」
と仰せになり、両人に死罪を命じられた 【葉隠】




759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:29:47.91 ID:DGyF2j2g
それはちょっと悪い所の話じゃないな

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:31:16.54 ID:kRzG/Jok
女一人って確認する余裕もなかっただろうな…

その御利益で、清久さまのお家は

2014年06月22日 18:57

181 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 11:50:09.60 ID:ETnj9PZ6
鍋島清久さまは本庄村にお住まいになられていた。
村の祭の季節が来ると、清久さま御夫婦は毎夜、家を脱け出し一晩中、堀の水面を棹でお叩きになった。
それは、人々が祭のためにと、堀を干し上げて鮒を根こそぎ捕るので、
少しでも魚たちが逃げてくれるようにとのお考えからそのようになされていたのである。
これはほんの一例で、御慈悲深い御善行は数えきれないほどであった。
清久さまは彦山権現を御信仰なされ、大晦日には御参詣して一夜を神前におこもりされるのが常であった。
ある年のこと、いつものように神社へお登りされる途中、大雪が降り、崖から落ちてしまわれた。
道を探して谷間を歩いておられると、そこに阿弥陀三尊の仏像を見つけた。
清久さまは持ち帰られ徳善に彦山権現を勧請するときにその御本尊となされた。
彦山権現の御本地は、阿弥陀様の三尊だということであるが、誠に不思議な出来事だ。
その御利益で、清久さまのお家はたいそうに御繁盛なさったように思う。
古老から聞いた話だ 【葉隠】

182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 12:05:36.34 ID:ETnj9PZ6
鍋島清久は鍋島直茂の祖父で、清久の代から龍造寺家に仕え始めました。
戦場では赤熊の面をつけ戦う剛の者であったとのこと




183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 13:11:14.41 ID:cF8mPCGL
>>181
農民「鮒が居ねえ」
農民「せっかくの祭りだってのに…」

太閤さまを討てないこともないだろう

2014年06月14日 19:09

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 13:34:12.20 ID:wafyQHIz
太閤さまが名護屋へおいでになられたときのこと。
主水殿が御謀叛をオススメしたところ直茂さまは、
「太閤さまを討てないこともないだろう。しかし、後が続かぬ。
また三か国を領することも出来なくはないだろう。
しかし、十代と続くことは出来まい。
一国だけならば長続きするだろう」
と仰せになられた 【葉隠】




509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 13:43:21.02 ID:ZSzw+rZ5
>太閤さまを討てないこともないだろう

そもそも鍋島如きに討てないから
しかし、大恩あるラスボスを討つってどんだけアホなんだ

510 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/06/14(土) 16:38:43.83 ID:9TmYXH2d
退行検知

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 23:11:47.68 ID:yWzYFqRz
鍋「敵は醍醐寺にあり!」