私と刺し違えるのは、

2017年09月11日 17:00

103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/11(月) 14:55:59.26 ID:NI9S8d5p
大阪の陣の時、前田家家臣の平野弥次右衛門に、味方の武士が楼門より出て攻撃してきた。
弥次右衛門は味方と知らず、これと戦うため鎌槍にて駆け寄ったが見れば加賀前田家の相印であり、
顔は見えなかったが兜と指物を見て

「何者か!?味方打ちであるぞ!」

そう大声で罵しり槍を引き、さらに罵った。

合戦の後、この罵られた者、堪忍ならざるによって弥次右衛門と刺し違えようと、彼のもとに
やって来た。弥次右衛門は彼の来訪を知ると、郎党中言たちそれぞれに棒を持たせ、自身も
木刀を持って彼の前に出た

「其方は私と刺し違えると聞きたる仔細有るによって、このような用心をした。」

彼は来訪した趣を述べ、それを聞いた弥次右衛門

「その事で来られたとは知らなかった。私はその時断ったように、顔は見えておらず甲冑だけは見えた。
其方と知って言ったのではない。である以上、悪口を言っても仕方がないではないか。
あの時罵った相手がその方であるのなら、私と刺し違えるのは、大いなる誤りである。」

そう言い、押しすくめて帰らせた。
彼の者止むを得ずして、その夜、駆け落ちをした。

(士談)


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敵も認めた漢の褒美

2010年04月10日 00:03

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 21:20:46 ID:LqX89tP0
敵も認めた漢の褒美


前田利常の家臣平野弥次右衛門の従者に五右衛門という人物がいた。

大坂の陣の際、真田丸を攻めていた五右衛門は、主人である弥次右衛門の
楯になり、十八発もの銃弾を全身に浴びてしまう。だが五右衛門は

「なんのこれしき、かすり傷でござるわ!」と笑い捨てた。

五右衛門の剛気を称賛した真田丸の兵達は、
「名を聞かせ給え」と五右衛門に声をかけた。

「う……」だが五右衛門は困惑した。なぜならば、まだ名乗る姓を
許されていなかったからだ。これを見た主人の平野弥次右衛門はすかさず
「我が姓をつかわす!」と叫んだ。

これに五右衛門は胸を張り、大声で真田丸に答えた。

「われは平野弥次右衛門が下人、五右衛門である!
これまで御供したる褒美として、たった今、姓を賜って
平野五右衛門となり申した!」

すると真田丸から、平野五右衛門を称える祝福の拍手が
湧き上がったのであった。


殺伐とした戦場の中の、ちょっと良い話である。




248 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/09(金) 21:37:09 ID:sEkh2D7v
>>246

( ;∀;) イイハナシダナー
仕える主は違っても主人に尽し、それを認められて名を上げた五右衛門に
豊臣方の牢人たちも思うところがあったんだな

249 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/09(金) 21:52:59 ID:k+x927XU
>>246
良い話だなぁ…殺し合ってる敵が「すげえよ、アイツ!」って褒めるってな。
やっぱり平野五右衛門は、その後死んだのか?生きてて欲しい人物だ…

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 21:55:47 ID:UqIGOPxt
18発も撃たれて元気に返事する人間がいたらもう拍手するしかないだろ…

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:08:13 ID:rs11C9Mf
平家物語とかでも那須与一が扇に矢を当てた時に平家側から歓声が飛び交ったって話あるけど
戦国の世でもまだそういう戦いの中の矜持みたいなのは残ってたんだな

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:35:50 ID:snK3vSao
上はともかく、下の雑兵や奉公人達は、憎しみで敵味方になってるわけじゃないものな

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 22:55:29 ID:QIQ51sBJ
>>246
こういう話大好きw

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 01:32:09 ID:b/zDPPS7
こういう、お互いの武者働きを称え合うのが戦国の醍醐味・・・
だと個人的には思ってる
その後、特に名を残さなかったとしても、生きてて欲しいなぁ