駿府では全て町頭という。

2016年10月14日 21:13

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/14(金) 05:44:19.77 ID:CB4R+Ikf
駿府では町年寄、乙名、名主を全て町頭という。
これは神祖が大坂から御帰陣のとき、
市中のおもだった者たちが御城へ御祝儀に出たのを
神祖が御矢倉から御覧なされ、御側にいました彦坂九兵衛に、
「向こうから大勢参るは当地の”町頭”共であろうか。」
とお尋ねられた。
九兵衛は上意の通りのことを申し上げたので、
それからは当地では町頭と称することと九兵衛から達しがあったためという。

この役には六十二人ある。そのうち月々三人ずつ年の行事、月番を受け持ち、
当地の願訴訟あるいは御触事等を、全てこの役が取り計るという。

この町頭達が、町奉行所へ寄り合う日は毎月四日十一日二十一日で、
諸事御用向きを承るという。

町奉行に目通りするときは脇差御免であるそうだ。
これも神祖が大坂の陣のとき、諸町人が安部川まで御見送りに出ましたところ、
上下だけを着て脇差がなく、
町人とて脇差がないのは見苦しいとの上意があったため、
それから公儀へ出るときは脇差御免となったという。

(甲子夜話)




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