「武士の恩返しとつくつくぼうし」

2015年11月24日 07:32

23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/23(月) 13:43:48.12 ID:qBMlgIUG
「武士の恩返しとつくつくぼうし」

天正九年(1581年)のこと、播磨赤松氏の軍師の律師光影が、二人の家来を連れて、竹田城主(太田垣朝延氏)のところへ、城を明け渡すようにとのりこんできました。怒った朝延は、三人を大路山の滝谷が原で切りすててしまいました。
数年後、村民は三人の霊を慰めるため、三体の石地蔵をつくり、手厚く祭りました。すると、あくる春からこの地蔵堂の付近だけ、つくつくぼうし(つくし)が生えるようになり、村民を驚かせました。
これを、三人の武士の恩返しと考え、のちに、毎年春の日の一日を村民たちは、つくし取りに楽しむようになりました。

(パンフレット「意外。おもろい。竹田城跡から見おろすまちのお話」 竹田むかし話)



24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/23(月) 14:04:29.67 ID:wTEHYNNU
オリーブって風媒花だったんだな

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/23(月) 14:24:04.53 ID:oMQResU1
軍師じゃなくて軍使だろ
律師ってのは僧侶じゃないかな

26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/23(月) 16:13:47.47 ID:qBMlgIUG
突っ込みどころは数々あれど、とりあえずは原文のまま載せときました。
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