黒田長政の次女、徳姫

2014年06月10日 18:50

487 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/09(月) 20:58:32.37 ID:gEJGF+gQ
黒田長政の次女、すなわち忠之の妹は名を『徳』と言い、容貌優れ、美人のほまれ高かった。
また、その心ばえもあでやかであったので、彼女のことは世間でもよく知られていた。

そこで徳川秀忠並びに御台所(お江の方)は、彼女を嫡男徳川家光の夫人とするように、土井利勝を
通して黒田長政、並びにその内室に仰せ下した。これは秀忠が黒田長政を、家光の後見と
しようとした為であった。

ところが、徳の生まれは丙午の歳であり、世俗ではこれを忌まれているため、長政もそれをおもんばかり
仰せを受け入れなかったため、この話は無き事になった。

その後、この徳姫は寛永元年(1624)に榊原式部大輔忠次に嫁ぎ、翌年正月、女児を産んだが、
産後体調を崩し、享年20歳にて亡くなった。
その息女の名は『萬』。彼女も8歳で早世された。

(黒田家譜)

黒田長政の娘、徳姫についての逸話である。




488 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/09(月) 21:11:04.32 ID:zKHeCYLk
忠興さえ居なければ、黒田家譜を信じちゃう人も居たのかも知れんなぁ

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