燭台切光忠小咄

2015年05月03日 14:18

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/03(日) 06:06:30.12 ID:5LJI2o85
燭台切光忠小咄

ツイッター上で話題になっているのと、さる件で徳川ミュージアムの方からご連絡を頂戴したので一筆。

このスレでも伊達政宗や徳川頼房による強奪の逸話の残る燭台切光忠を含め、
水戸徳川家に伝わった刀剣は『武庫刀纂』といった書物に纏められている。

同書の燭台切の来歴には水戸藩2代藩主・徳川光圀伊達政宗から小姓を切って刀名を決めた逸話を直接聞いた後、この燭台切を欲しいと頼むと、一度は断られるも
「あなたにそこまで頼まれたのなら断るのも野暮である」と譲り受けた流れになっている模様(強奪ではない綺麗なやり取り)。

燭台切は大正時代の関東大震災で被災し、『罹災美術品目録』には「燃」とされ、
世の中に登場の無い事から「消息不明」とされ、その後は永く「焼失」「行方不明」と認識されてきた。

某ゲームの話題もあり、複数の方が書物から足取りの確認を試みたり、茨城県の徳川ミュージアムに問い合わせをしたが、
今年2015年の2月の段階では「現存の可能性はあるが、確認が取れていない」といった状態だった。

事態が急展開したのは4月30日の徳川ミュージアムのブログで
「燭台切は焼刀になってしまいましたが、同館に保管されております」といった突然の報告。

以前土浦の刀剣展示会でも行方不明とされていた徳川ミュージアム所蔵の焼刀の児手柏の存在が明らかとされた。

黒焦げの焼刀では美術品としての価値は失われるが、歴史資料としての存在価値はある。

燭台切は無銘で、水戸徳川家では他に池田光忠等160口に及ぶ刀剣が被災した。燭台切確定の詳細は不明ながら、同館は「本物である」「時間は掛かるがサイト上等でいずれ正式なコメントをする」「状態が酷いが、展示についても検討している」としている。

焼失・消息不明と思われていた故物の確認がなされた燭台切の小咄。

※お問い合わせが激増し、適切な対応が難しいくらい慌ただしいそうですので、正式発表を待ちましょう。


913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/03(日) 06:26:48.91 ID:5LJI2o85
(´・ω・`)行方不明とされている他の光忠シリーズも出てきませんかね?

太刀 銘光忠(所在不明)1935年指定
太刀 銘光忠(所在不明)1936年指定
太刀 銘光忠(所在不明)1958年指定、『国宝・重要文化財大全』に写真なし。
太刀 無銘伝光忠(個人蔵。2007年2月以降文化庁の調査では所在不明)1952年指定、(号 最上光忠)最上家伝来で、生ぶ茎(うぶなかご)無銘の太刀である。
刀 無銘伝光忠(大阪・法人蔵)1952年指定
剣 銘光忠(所在不明)
刀 無銘伝光忠 「高麗鶴」と金象嵌あり(所在不明)1941年指定 小早川隆景が朝鮮出兵の折、佩用。




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