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昨日、東京国立博物館に行って来た

2015年07月06日 15:32

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 14:40:03.38 ID:HQudLpG9
昨日、東京国立博物館に行って来た
相変わらずのお宝尽くしだったが戦国関連のいくつか紹介

榊原康政像(重要文化財)
http://i.imgur.com/fPtEbOu.jpg
fPtEbOu.jpg

榊原康政所用 黒糸威二枚胴具足(重要文化財)
http://i.imgur.com/J398Pqq.jpg
J398Pqq.jpg
徳川頼房所要 大釘後立一の谷兜
http://i.imgur.com/rhBwpAl.jpg
rhBwpAl.jpg

武田逍遙軒作 普賢延命像
http://i.imgur.com/WOMnEXV.jpg
WOMnEXV.jpg

オマケ 

三日月宗近の見学に並ぶ刀剣乱舞ヲタ
http://i.imgur.com/KlYRQJv.jpg
KlYRQJv.jpg



305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 15:08:32.93 ID:hwcyjchQ
>>304
小平太の鎧かっこいいな

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 16:46:38.94 ID:l9yaohVx
慶長くらいになると甲冑の袖って無くなるよね
鎧はだんだん軽装化していく流れがあったのかな

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 16:58:39.50 ID:RPShjNjo
>>306
雑兵だと紙子の上着だけなんてのも居たらしいからなあ。もう完全に防御力より機動力って感じだったっぽい。
戦国時代がもう少し長く続いたら、近代ヨーロッパみたいに甲冑のない軍隊に成ってたかもね。

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 17:55:01.00 ID:WafE7F0k
小平太の鎧なら同じくトーハク所蔵の南蛮胴具足もいいよな

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 17:58:13.81 ID:mPv56eu4
>>307
鉄砲足軽はそうなってたな。鉄砲相手だと鎧の破片で怪我が余計ひどくなったらしい

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 18:07:37.90 ID:b67TShaf
袖で防ぐ様な矢なんかもう飛んでこねぇよって感じなんかね

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 19:15:53.35 ID:hvua1bAK
>>304
こういうのって撮影禁止じゃないの?

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 19:33:07.77 ID:8Yqs3qU3
>>312
施設や展示品による

※この場合撮影禁止品は劣化対策、個人寄託品や限定公開品等

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 19:38:17.21 ID:HQudLpG9
>>312
撮影禁止の展示物には撮影禁止マークがある

撮影禁止されてなくても、フラッシュ炊いたりするのは厳禁
AF補助光は、どうか知らんが俺は消して撮影してる

315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 19:38:50.95 ID:8Yqs3qU3
○東京国立博物館の総合文化展(旧平常展)の撮影については、ホームページに下記の通り記載されています。
※なお、平成館2階は特別展の会場です。他の建物・室で特別展が開催されるときもあります。

○特別なイベント(博物館に初もうでなど)の期間や土日・祝日でなければ、館内は広いので混雑することはあまりありません。
通常は、午前中の早い時間帯や、閉館前の時間帯はかなりすいています。


TOP >> 来館案内 >> お客様へのお願い
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=127

撮影
* 平成館2階の展示室内は撮影禁止です。
上記以外の展示室であっても撮影を禁止することがあります。
* 撮影可能な展示室においても、撮影禁止マークのついている作品に関しては、所蔵者の意向により撮影ができません。
* 撮影可能な展示室においてはカメラを手で持って撮影してください。 フラッシュ、追加照明、一脚・三脚は使用できません。
* 携帯カメラなどシャッター音が出る場合は特に、他のお客様の迷惑とならないよう、ご配慮ください。

TOP >> 東博について >> よくある質問
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=156

トーハク=東京国立博物館の館内施設などについてのQ&A
Q:展示室で写真撮影はできますか?
A:総合文化展については、個人利用にかぎって写真撮影ができます。ただし、撮影禁止マークのついている作品は、所蔵者の意向により撮影をお断りしています。
また、一脚、三脚などの使用とフラッシュの使用はできません。他のお客様のご迷惑となるような行為(割り込んだり、撮影のため長時間その場にとどまるなど)はおやめください。撮影した画像を営利目的で複製・配布することはできません。
特別展会場については、写真撮影は禁止です。
総合文化展か特別展かわからないときは、係員にお尋ねください。

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 20:03:43.98 ID:hvua1bAK
>>313-315
へー、撮影OKな場合もあるんだ。勉強になった。ありがとう。

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 20:13:37.76 ID:A0Bx4ZtG
>>307
逸話準拠だと加藤清正の足軽隊がそういう装備だったと言われてる(名将言行録とかでも記載有)。
頭部を保護する為兜は付けさせたけど鎧は無し、んで鉄砲隊の場合は塹壕を掘らせる。
もうここまで来ると近代歩兵とさして変わらんな。

318 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 21:35:56.71 ID:tKnnyIQM
>>310
幕末はそうだったって聞いた記憶があるけど、戦国ですでにそうなっていたってことか

319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 21:48:44.53 ID:iNl9VvN2
幕末はとんがり帽子にズボンが最先端。あとはモフモフをつけてたらそれは偉い人。

320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/06(月) 23:26:17.42 ID:ON1KkSTM
やっぱ銃の発明の影響って半端ない

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/07(火) 02:36:26.50 ID:YBIfurp9
それいうなら伝来でしょw

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/07(火) 03:30:49.37 ID:C4Min6L8
いや、火薬の発明でしょ


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一国兼光

2015年03月15日 16:26

732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 00:30:12.10 ID:fqXGeGvU
一国兼光

紀州の徳川頼宣が、土佐国山内土佐守(忠義)の愛蔵している兼光が、世に名高い大業物であると
云うのを聞き伝えて、ある時藤堂高虎に対し頼んだ。
「土佐守の兼光を所望してもらえないだろうか」


高虎は承知し、早速山内忠義を訪ねて、紀伊大納言所望の件を話した。
すると忠義は、元来非常に気性の激しい人でもあったので、大いに反発した

「以ての外のことです!あれは我ら秘蔵第一の刀、進上などは思いもよらぬ!」

そのけんもほろろの態度に高虎も少し腹を立て言い返した

「左様に仰せられても、もし将軍家より御所望と有れば差し上げぬはずはないではないか。」

ところが忠義
「例え将軍の命であっても、あの兼光は差し上げ申さぬ!土佐一国に変えても嫌でござる!」

そう言い切った。これには高虎も呆れ返って二の句も付けず辞して帰った。

ところが、この話が評判となり、土州公の「一国兼光」と呼ばれ、一層名高いものに成ったという。
忠義が国に変えてもと言っただけはあって、この兼光は無双の上作であるそうだ。

(古今名家珍談奇談逸話集)



733 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 04:13:35.51 ID:5ay60gPF
なぜ刀剣話には高虎がよくでてくるんだろう?

736 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 10:03:04.03 ID:+1AuPQV/
>>733
想像してみろよ。全身切り傷だらけで指が何本か無い身長190cmの大男が
「おう、山内の。紀伊とこの若がお前ぇの持っとる兼光欲しい言うてのお。
何とかならんかのう。」なんて言って来たらどうする?

737 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 16:52:32.53 ID:e+wSdY8Z
ちびりながら差し出す

備前がそのような了見であるのなら

2014年02月24日 19:10

448 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/23(日) 20:56:20.44 ID:vLF4YCSg
水戸頼房公は齢若し頃、殊の外男伊達をなされ、梅花皮鮫(かいらぎさめ)の皮のかかった
長刀に金鍔を打ち、衣服等にも紅裏をつけ、その他不行跡な事があり、江戸中の上下の取りざたとなり、
お付の家老、中山備前守(信吉)が、毎回色々と異見申し上げても、それを聞くことはなかった。

ある時、幕府の老中より備前守に奉書を以って『御用の義これ有り候。明四ツ時(午前10時頃)
登城候様に』との命があったので、備前守が登城した所、老中たちは彼に

「今日そこもとを召した御用に関しては、我々も存じていません。この後、公方様(秀忠)の御前において、
直接に御用を申し付けられる、とのことです。」

これを聞くと中山は
「皆様いずれもご存じない御用のことで、私が御前に召される、と言うことは、私にも存じ当たりが
あります。これはきっと、水戸殿(頼房)の行跡についてお尋ねになるのだと、推察いたします。
つまり、有り体に申し上げれば、主人の悪事を訴えろ、ということです。

しかし、『何事も私は知りません』と申し上げる、もしくは悪しき事をも宜しきように取りなして
申し上げるというのは、御上を欺く、後ろ暗いと申すものです。
ですので、私は御前に出てしまっては、もうどうしようもありません。
私が御前に召されるという件については、登城はいたしましたが、このまま退出させていただきます。
この場合、御上の御意に違うのは私のことであり、その御機嫌を損ないお仕置きなどを仰せ付けられても、
それは覚悟しております。」

老中たちはこれを聞いて何れも留まるように説得したが、備前守は承知せず帰宅した。
帰宅の途中、中山は水戸家の上屋敷に立ち寄った。そこでは頼房も、この日備前守一人が
御用として召されたことを納得できずに居たので、御用が済んで備前守が帰ってくるのを待っていたため、
早速召し出すと、備前守は江戸城内での次第を申し上げ

「私については、公方様より、今後どんなお咎めを受けるかわかりません。わたしは切腹と
覚悟を決めております。ですが、この上ながら残念なことが3つあります。

1つは、私に才知が無いため、御前様(頼房)のご行跡を聞くたびに、それをお改めなされるように
ご異見申し上げても、これを聞き入れて頂くことが出来ませんでした。

2つ目は、御前様はご若年でありますが、この備前守を付ければ気遣いもない、とご安堵なされた
権現様のおめがねを相違いになし奉ってしまい、これは今更申し訳も出来ないことです。

3つには、とくに考えていなかったわけではないのですが、かれこれと見合わせているうちに
すっかり引き伸びにしてしまいまい、御前様の不行跡の相手をする、不届きの奴原を成敗せずに
安穏に差し置いたまま私が相果ててしまえば、いよいよその行跡に差し障るのは必定です。

たとえ、私は切腹しこの身命が終わりましても、魂はここで、殿のお側を離れません!
願わくば、ご行跡をお改に成り、御上の思し召しにも叶いあそばされるようあってほしいと、存じ奉ります。
これは、私の今生の暇乞いですので、願わくば御酒を頂戴いたしたく、これを持ってくるように
申し付けさせて下さい。小姓衆!酒と盃を!」

そう備前守が言った所、頼房は小納戸衆を呼び集め、日頃用いていた伊達な拵えの刀、脇差、衣服等
尽く取り出し持ってくるように、と命じ、備前守の見ている前で、それらを小姓衆に残らず分け下し、
その上で挿していた脇差しの鍔元を小刀で打ち、
「今後は行跡を改める!であるので、備前守も気遣いせぬように!」
と言った。

ところでこの時の、中山備前守が無断で江戸城から帰宅したことについては、その内容が
老中達から秀忠の上聞に達し、秀忠は

「備前がそのような了見であるのなら、水戸の行跡もきっと治るであろう。重畳の事だ。」
と語ったそうである。
(駿河土産)

中山備前守、命がけで徳川頼房の不行跡を改めさせる、というお話




449 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/23(日) 21:15:54.81 ID:JJQL3nwu
これは誰もが格好の良い逸話だね。

命がけで諌める中山備前守
金打までして誓って見せる頼房
そして安定の秀忠クオリティ

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/23(日) 23:18:29.25 ID:WFUz0RTY
やはり本気ってのは善くも悪くも人を動かすね
今回の話は善く動かす典型だ

(●∀゚) 「ヤバイと思ったが、欲望を抑え切れなかった」

2013年12月11日 20:12

7 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 18:59:54.61 ID:LDkmCntm
(●∀゚) 「ヤバイと思ったが、欲望を抑え切れなかった」


慶長元年の秋のこと。

伏見の木幡山に築城を始めた秀吉に、政宗は大坂・伏見間を行き来する船として
長さ三十五間、朱塗りの御座船を造り献上した。

その翌日、政宗が登城すると、折りしも秀吉は朱糸の柄に銀拵の刀を抜いて、これを鑑賞している最中であった。


「これは信長公が惚れ込んでお集めになった備前長船光忠、二十五腰のうちの一振りじゃ、その方も拝見するか」


と政宗に手渡したので。押し頂いて拝見すると、
実に見事な蛙子丁子の刃紋である。
政宗がうっとりと見惚れていると、秀吉が声をかけた。


「どうじゃ、名刀であろう?欲しいか?」

「は!欲しゅうございますゆえ頂戴仕ります!ありがたき幸せ!」


やったぜ!          )
                 メ  ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
          ヘ(●∀゚)ノ
        ≡ ( ┐ノ
       :。;  /


そう言い残すと政宗、そのまま光忠を持って一目散に逃げて行ってしまったのである。
これにはさすがの秀吉も苦笑して、そのまま遣わしたことにしたという。


もっともその翌日には

政宗と太閤殿下のハートフルな交流
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6665.html


にあるように、泥棒呼ばわりされて追いかけられたようだが・・・・・・。

8 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:01:17.05 ID:LDkmCntm
かつて秀吉から秘蔵の光忠を【拝領】した政宗。

それから十数年の歳月が流れ・・・・・・・伊達屋敷に一人の若者が遊びに来た。


徳川の問題児、水戸の頼房である。

この素行不良の気がある若者に、
政宗は何か合い通じるものを感じたのか、秘蔵の光忠まで見せる歓待ぶりを見せ、

この刀がかつて信長公の差料であったこと、自分が秀吉公からまんまとせしめたこと、
政宗の手に帰してからは、唐金(青銅)の燭台の後ろに隠れた不届き者を、燭台ごと斬り伏せたので
「燭台切り光忠」と名付けたこと、などを得意げに語って聞かせたところが、

頼房もまたこの刀にすっかり魅了されてしまい、


「ぜひともこの燭台切り光忠を譲ってくだされ!」

と政宗に懇願した。

「いやいや、こればかりはお許しあれ」

と政宗が断っても、頼房はなかなか引き下がらない。

「くれ!」「やらぬ!」の押し問答がしばらく続いたのち


「かくなる上は・・・・・・御免!」


(♯●Д゚) 「ちょっ!駄目だって!」


俺もやったぜ!       )
                メ  ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
          ヘ( `∀´)ノ
        ≡ ( ┐ノ
       :。;  /

なんと頼房、光忠を持ってそのまま強引に逃走。
無理矢理自分のものにしてしまったのである。


皮肉にも、かつてやったことをやり返された格好になった政宗だが、
結局、燭台切り光忠はそのまま水戸家に伝来し、政宗も返せとは言わず、
そのまま長く水戸家の家宝として伝えられたということである。


『武庫刀纂』より




9 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:22:49.52 ID:7EtuaJjr
逸話のせいで武庫刀奪に見えた

10 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:27:03.79 ID:ZCDsaleY
弁慶みたく奪ってあつめる

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:31:14.01 ID:uaLXwsK6
俺も欲しくなってきたからちょっと行ってくるわ

12 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:37:08.99 ID:ZCDsaleY
武庫刀簒なら奪うことになるな

13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 19:37:34.09 ID:oH3NDXZQ
流石は天下の副将軍たち

14 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 23:18:24.44 ID:vkKYEmy+
黄門はDQN揃いなんですか

15 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/10(火) 23:58:52.71 ID:6yLzipxY
>>7
>と政宗に手渡したので。押し頂いて拝見すると、

久生十蘭もかくやと

16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/11(水) 08:46:46.15 ID:Fim5UwcC
ここは無理を通せる、っていう空気読むのが上手い人いるよね

17 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/11(水) 12:21:13.01 ID:PsL9Tlh/
政宗と太閤殿下のハートフルな交流←ふざけてるにしても「盗まれた」って秀吉酷いなーと思ってたら
ガチで盗んでたんだ、あのヒト・・・。

本当にご苦労なされることだ

2013年10月18日 19:05

366 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/18(金) 11:12:41.90 ID:z502H7GH
大阪冬の陣でのこと

士寄(攻城用陣地)の構築や、合戦における諸事の手立てについて、藤堂高虎は巧者であるため
見習うように、との徳川家康からの上意で、家康の息子である尾張徳川義直、紀伊徳川頼宣、水戸徳川頼房
3人が同道して、藤堂高虎の士寄場を見学した。

この頃藤堂高虎は、ためし兜にためし具足(仮の武装ということだろうか?)を付けて、
毎日昼夜を問わず、銃弾避けの竹束の下に出て、士寄の工事に関わる全てのことを現場で下知していた。
この事に工事をしている下々も

「もうお年も寄られているというのに(当時58歳)、本当にご苦労なされることだ。」

と、感じ入ったそうである。

(西嶋留書)

さすが藤堂高虎は戦国の土木建築の巨匠なのである。




368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/18(金) 14:04:41.12 ID:si0X43mw
たぬき「いや、実用的なものじゃないといけないだろうjk」

369 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/18(金) 14:27:24.17 ID:ZfsiqCJa
士寄と書くのは初めて見るけど原文からそうだったんだろうか

備前の了見

2010年10月09日 00:08

552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 17:01:14 ID:EOwd6o1G
徳川頼房は少年の頃、子の光圀同様に不良として知られ、常に黄金作りの太刀を持ち歩き、
紅色の裏地の衣服をまとい、家老の中山備前守信吉の諌めも聞かず、かぶき者とつるんで
江戸市中を練り歩いていた。

そんなある日、信吉は老中から『明日の朝、江戸城に登城されたし』との書状を受け取った。
何事かと出向いた信吉に、老中は打ち明けた。
「実は本日、貴殿をお呼びしたのは上様(秀忠)の仰せにござる。用向きは、我らも存じかねる。」

ピンと来た信吉も、打ち明けた。
「恐らくは、頼房様のご行状についてでしょう。しかし、正直に上様に申し上げれば、主君の非を言い立てる
不忠となり、だからと言って嘘を申せば、今度は上様をたばかる不忠となります。
私は、これで退出させていただきます。上様には、『備前は来なかった』とお伝え下され。」

「しかし、それでは貴殿が‥」「上様の命に背く私です。ご機嫌を損ね、御仕置を受けるも当然。」「‥良いお覚悟じゃ。」


藩邸に戻った信吉は、さっそく頼房に呼びつけられた。
「おう、備前よ!朝早くから御城に、お前一人が召し出されたと聞いた。いったい何事じゃ?」
信吉は城中での出来事を頼房に語り、言葉を続けた。
「もはや上様より、どのような罰を仰せつかろうと、私は腹を切ると覚悟を決めました。ただ、死ぬ前に三つだけ殿に
わが心残りを申し上げておきます。

一つは、私に成瀬隼人の機知や、安藤帯刀の胆力のような才無く、殿にわが異見をお聞き届けいただけなかったこと。
二つは、「頼房は若いが、備前を付けておけば安心だろう」という、大御所様のご期待に応えられなかったこと。
三つは、早くから気づいていながら、殿に良からぬ行儀をお教えする不届き者を、成敗できなかったこと。

心残りはございますが、私は死んでも魂となり、この藩邸で殿を見守り申す。なにとぞご行状を改められ、
上様の覚えもめでたきようになって下され。‥‥さて、あとは今生の暇乞いに、殿より盃と介錯を賜われば、
幸いにござる。」
「‥‥よし、分かった。誰かある、わしの太刀を持て!」

黄金作りの愛刀を取り寄せた頼房は、小刀でこれを打ち壊し、その脇差の贅沢な細工を削り取った。また他の道具、
かぶき装束も持って来させ、あるいは壊し、あるいは小姓に分け与え、全て手元に残さなかった。
「これで良かろう。以後改めるゆえ、もう一度御城へ行き、報告して参れ。」

老中より全て報告を受けた秀忠は、「備前の了見が無くば、頼房の行儀は直らなかったであろう。」と賞賛した。




555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 18:22:53 ID:EUiWP4RC
>>552
>「‥‥よし、分かった。誰かある、わしの太刀を持て!」

一瞬、介錯してやるのかと思ってドキっとした。

559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 22:34:04 ID:ZwNvsvmV
>>552
いや、中山さん、あんたには三河者のめんどくさい理があるじゃないか!
さすが御三家の付家老田地は凄い。
知恵の成瀬に肝っ玉の安藤、そして理屈の中山か

561 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 23:09:32 ID:CWYhNf1S
>>559
朱に交わればなんとやら、
武蔵者も三河者に囲まれればすげえ面倒くさくなるんだなw

563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 23:34:18 ID:XC/SvdsY
>>555
あれ?俺がいる