このような時は、武功をなすべきである。

2016年01月12日 18:23

930 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 02:40:22.81 ID:8ZqBou7N
朝鮮出兵の折、戸川肥後守(達安)の父・戸川平右衛門(秀安)
の家士・馬場重助という者が南天門の棟へ上って中を見ると、
人が1人もいない。

時に、重助は味方を顧みて招いた。同家士の宍耳太郎兵衛は
続いて上り、

「大門の一番乗り、宍耳太郎兵衛!」

と名乗った。これによって、重助は功を空しくした。このような時は、
武功をなすべきである。

――『常山紀談』




931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 10:03:34.52 ID:D8+SgqqM
山内一豊のような強かさ

932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 17:22:34.35 ID:jBoLvV2e
あれを笑って許すのが器量ってやつだよなぁ

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宇喜多直家、家老の子を

2013年06月16日 19:15

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 20:38:03.29 ID:57YiH2sk
織田信長の部将として、羽柴秀吉が播州に進出する頃までは、宇喜多直家も毛利に属していたのであるが、
隣国であるゆえに、直家は数年の間、別所と秀吉の弓矢の体を研究して、
家老である戸川秀安に密かにこう言った

「信長、秀吉の鉾先は、我々の及ぶものではない。その上彼らは賞を重くし爵を軽んじている。
それ故に人はこれに懐いている。
我々がこれに属することをせず、後で後悔しては何にもならない。

私は急ぎ秀吉を頼りに信長に属したいと考えている。そなたはこれをどう考えるか?」

戸川秀安はこれを聞いて

「仰ることはご尤も、言われる通りだと思います。そのお考えを、急ぎ実行すべきです。
このような事は延引きしては、その功を立てるのが難しくなります。」

と申し上げたが、直家は

「それも去る事ではあるが、そなたの二男である孫六が、毛利への人質として備後に置かれている。
私はこれを捨て殺しにするのが忍びないのだ。」

と、自分の思いを伝えた。しかし秀安

「御家の大事と、幼稚のもの一人ばかりを取り替えることが出来ましょうか?
その事を気にかける必要はありません。」

そう言って、絶って信長へ属することを勧めた。これには直家も大いに感心し、

「それならば、孫六の事は後日に手立てをし、とにかく直ぐに秀吉を頼もう。」

と、その工作を整え、天正7年より信長に従い、播州での秀吉の合戦にも加勢を出し、
毛利家には手切れの使者を遣わし、『そういうわけなので人質を返してほしい』と伝えたが、
勿論毛利がそのような事を承知するはずもなかった。

このような中、直家は毛利の外交僧である安国寺恵瓊が、所用が有って上京するという情報を
察知した。「これこそ絶好の機会だ!」と、京の安国寺の許に使者を立て、

『ご帰国の時、備前に立ち寄ってください。内々のご相談をしたいことがあります。』

と申し送った。これにより安国寺が帰国の際に備前に立ち寄った所を押さえて監禁し、
安芸に使いを送り

『戸川平右衛門(秀安)の子・孫六をお返し頂きたい。さもなくば
安国寺恵瓊をこのままこちらに留め置きます。』

と申し渡した。この事態に毛利家でも様々に議論されたが、『それでも安国寺は捨てがたい』と、
人質との交換に同意すると決まった。

そして備中何邉川を隔て、互いに人数を出して川中で行き違い様に双方を引き換え、
終に孫六を連れ帰ることに成功した。

戸川秀安は直家が自分の子を取り返してくれたことに篤く感謝をした。
この孫六は後に助左衛門を名乗り、宇喜多家に仕えたそうである。
(戸川記)

宇喜多直家、毛利への人質を取り返す、というお話。




854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 20:55:33.13 ID:qbbrMiMl
どこ辺で暗殺されるのかとビクビクしたが
すごくイイ話な件(´・ω・`)

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 21:06:03.57 ID:Z0/rxtu5
人質返してくれとかストレートに言いすぎだろ
どれだけ相手を信用してるんだ?

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 00:33:52.53 ID:E1i6Xco3
まあダメ元で一応言ってみたって感じなんだろう

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 07:33:16.23 ID:TanzOudz
愛され坊主安国寺

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 08:50:26.39 ID:VSlMgNCv
>>856
意外にそういうこともあるんじゃないの?
小牧長久手のときも秀吉方の池田に織田信雄が人質返してるしな

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 11:02:06.53 ID:tBHH/roo
>>856
普通に考えれば宇喜多直家が律儀な正直者ってだけだろ

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 11:10:59.97 ID:UVJmsyTD
すっげー違和感があるけどな

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:06:42.81 ID:da24ZRSI
だが待ってほしい
直家の悪行のほとんどは軍記物がソースではなかったか
ゆえに悪行はなかったということもありうる!

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:35:42.72 ID:ZR3LCTMl
>>862
最近本出てたからそれ読んだ方が早いよ

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:37:01.28 ID:qi2OIALG
>>863
kwsk

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:45:49.78 ID:lspbdD/+
妙な申し入れしたら勘繰られるの目に見えてるし裏で動いてると警戒されたら後で坊主ふんじばるのも難しくなるじゃないですかー

正々堂々手切れしといて相談が・・・ってやったら外交上の問題か、で寄ってくれる可能性はあるけどさ。

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:47:12.90 ID:ZR3LCTMl
宇喜多直家・秀家って本

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:48:41.64 ID:qi2OIALG


秀安は忠家の気質をよく知っていたので

2013年01月30日 19:50

222 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/01/30(水) 07:46:43.69 ID:ro4mP+NL
ある時、宇喜多忠家は直家の家老・小野田四郎右衛門を討ち、これに直家は激怒した。
忠家は怖れて居城・富山城(とみやまじょう)に引き籠り、直家の呼び出しにも応じないため
もはや叛意は確実と見られた。
ここで岡家利・長船貞親らは日頃忠家と仲が悪く、これ幸いと直家に討ち果たすべしと讒言した。
戸川秀安は忠家の乳母の子だったのでこれを嘆き、某にお任せくだされと願い出て
富山城へと向かった。

富山城に着いた秀安だが、説得など一言もせず城攻めの用意を始め、
仕寄を設け井楼を用意し、これでもかと城攻めの気勢を見せつけたところ、
忠家はこの勢いに恐れをなし、起請文を出して降参してしまった。
これを秀安がうまく取り繕ったので和睦となったのである。

秀安は忠家の日頃臆病な気質をよく知っていたので、こんな方法を取ったそうだ。

(戸川記)


戸川秀安、無言の脅迫で乳兄弟を救ったいい話。





224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/30(水) 08:58:32.27 ID:7XZCZzFN
・・・で直家に詫び入れるときは鎖帷子を着込んで登場ってわけですね

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/30(水) 21:43:21.71 ID:4c/Ysv3g
戸川△