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奥州仕置の模様・8月9日

2013年11月25日 19:04

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 20:25:16.10 ID:/g6Ugc0G
天正18年(1590)、小田原征伐を完了した豊臣秀吉は、宇都宮から白河関を越え、東北へと入った。
いわゆる奥州仕置の始まりである。

8月9日、秀吉は小峰城に到着した。
秀吉が「この城主は何者か?」と尋ねると、細川忠興が「結城上野介と申す者です」と申し上げた。
これを聞いて秀吉は以ての外に機嫌が悪くなり、ここに結城義親が御挨拶を申し出たが、
それを許すこと無く、領地は没収され伊勢の住人である関右兵衛尉(一政)に与えられた。

(時八月九日の事なるに、秀吉公仰せけるは、此城主は何者と御尋ね有りければ、細川忠興
是は結城上野介と申す者にて候と申しける。
秀吉公以ての外に御気色替て御座有る所へ、結城義親と被露有りけれ共、御許容なくして、
領地を没収して勢州の住人関右衛門尉に賜りける。)

同日、秀吉は長沼城に入った。城主である新国上総介(盛次)は様々に饗応をしたため、秀吉も
悦び浅からず、御前へと召して「本領を安堵する」と言った

これを聞いて新国盛次は嬉しさのあまり、秀吉の側の者たちに、彼らの理解できない田舎言葉(方言)で
繰り返し繰り返し感謝を申し上げた。
秀吉はこれに機嫌が変わり、その後新国に、何の沙汰も下さなかった。

(秀吉公八月九日、長沼城に入らせ給ひて、城主新国上総介色々と饗応し奉候故、御悦不浅して御前に
召して本領を賜ると被仰出ける。新国盛次嬉しさの余り、側の人に向って跡先知れぬ田舎言葉を
繰返し繰返し申ける。秀吉公の御気色替って其後ち何の御沙汰もなし。)

(白河関物譚)

秀吉の気分次第でどんどん所領が取り上げられる、奥州仕置の模様である。




877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 22:46:00.50 ID:nHuOhqbS
跡先知れぬ田舎言葉って、ひでぇ表現だなw

878 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 23:08:37.08 ID:PxWXDeve
なんとなく、昔の自分を見ているようで癪に障ったんだろうなぁ

879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 23:19:27.49 ID:7+FSzKRf
>秀吉が「この城主は何者か?」と尋ねると、細川忠興が「結城上野介と申す者です」と申し上げた。
>これを聞いて秀吉は以ての外に機嫌が悪くなり

理不尽すぎるだろ

880 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 23:31:24.93 ID:9A2NmT8P
>>876
結城の所は最初から潰す気だったのかな
機嫌が悪くなったのは気付かず寄ってしまった自分にいらっときてw

881 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 23:33:23.21 ID:7qpf3Faf
前になんか因縁があったんだろうな

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