すると謙信は機嫌が直り

2016年02月05日 12:41

266 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/02/04(木) 22:14:55.41 ID:3DvQj37O
新発田尾張守長敦の弟である新発田因幡守治時(重家?)は剛強第一の兵にして、多くの武功をあげた。
謙信が小田原城を攻めた時のこと、明日ここを引き払うとしてそのための備えを示した。
するとまだ十六歳だった因幡守はこれを見て「この備えはよろしくない」言った。
謙信はことのほか不快に思い、散々に叱り飛ばした。
しかし因幡守は少しも屈せず、「であれば私にお暇をくだされ。そうしたら小田原に入り、
北条氏康に兵を借りて越後勢を追撃しましょう。この備えであれば打ち勝つことができ、
酒匂川の辺りでお屋形様を打ち取れるでしょう」と言った。
すると謙信は機嫌が直り、因幡守の言うとおりに備えを直した。

「上杉諸士書上」より



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