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話す人より聞く人が上手なり

2019年05月27日 17:22

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/05/27(月) 15:10:50.47 ID:Km2bEaaa
『煙霞綺談』に云う。ある時秀吉公、諸侯に曰く
「北条時頼は、その身天下の執権であったが、身分を隠して行脚し、諸州を周流して、民の愁鬱を救ったと
言われている。人は一代名は末代であれば、私もまた時頼の先例を追って諸国を巡回せん」

この言葉に、居並ぶ諸将は皆、秀吉の意に違うことを恐れて答える者無かった。
前田玄以だけは「この北条時頼の故事が実際にあったことかどうかは確かでありません。
また殊更に君は大名であります。いかような狡猾者があって変が起こるかも知れません。
この義は御遠慮あって然るべきです。」と言上した。しかし秀吉は「日本は我が掌握にある。何ぞ我に
敵する者あらんや」とまるで取り合わなかった。

一両日過ぎ、泉州堺の鞘師に杉本彦右衛門という者があったが、彼は滑稽な軽口ばなしの上手にて、
秀頼の御意に入り、常に召されていた。そのころ病気をしていて、久しく参らなかったのだが、この日
登城し秀吉公に謁した。
公が「何か珍しいことは無いか」と尋ねられると、彦右衛門
「この間、祈願のことがあって、河内福王山光の滝の不動尊に参拝いたしました。そこはかねて承って
いたよりもずっと大きな飛泉であったので、暫く驚いていた所、飛泉の脇より丈二丈(約6メートル)
ばかりの悪鬼が現れ、指で私をつまみ取って引き裂いて喰らおうとしました。

その時それがしはこの鬼に向って『どうしてあなたに逆らいましょうか、ですが私は生来奇怪なことを見るのを
好みます。今、あなたの大なる姿を見たれば死すとも本懐です。されども今一度、他の姿に変じて見せて
下さい。その上で、どうぞあなたの心に任せて下さい。』と言った所、かの鬼は『尤もなり』とたちまち
消え失せ、小さな梅干しと化して我が前に来ました。私はこれを取り、噛み砕き飲み込んだため、鬼も
居なく成り虎口を脱して帰宅いたしました。」
これを聞いた秀吉の御近習衆はみな大笑いし、大いなる虚言であると嘲り退出した。

翌日、秀吉公は諸将に向って尋ねた
「昨日の、彦右衛門の荒唐な話をどう聞いたか?」
誰も答える者なかった。そこで公は言った
「あ奴は行脚の事を止めようと諫諍をしたのだ。彼が言うように、現在私の威勢は恐るべきものも無く、
彼の言った二丈の鬼のようなものだ。然れども軽侠の身と成っては、取って食われることも有るだろう。
尤もな事だ。これにより、修行の事は止める。」とありこの事中止となった。
諸将はこれを、「話す人より聞く人が上手なり」と評したという。

この彦右衛門、後に坂内宗捨と号した。彼の制作する鞘は大変具合がよく、刀身をおさめる時”そろり”と
合う故に、『曽呂利』と自負した。また彼は能書であり、香道の達人でもあった。
彼が死去する間際、病気尋問として秀吉公より上使が送られた。上使がその家に入っても彼は対応せず、
臥ながら合掌して
「大病にして落命旦夕にあり。片便宜にて候へども、冥土に御用あらば仰せ付けられますようにと、
仰せ上げて下され候。」
そう言って果てた。「今際の時まで軽口を申したか。」と、秀吉公は落涙したという。(校書余録)

(甲子夜話)



946 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/05/27(月) 19:25:50.54 ID:ihKdjnW6
>>945
両方かっこいい…
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もはやというところで余りの苦しさに

2017年03月12日 16:44

663 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/12(日) 03:54:09.75 ID:Ea6rH+3d
 関白秀次公の御咄衆に、曽呂利と申す者がいた。
あまりによく話をしますので、ある時話をつまらせてやろうと思し召された。
彼が朝の寝起きで未だ顔も洗わず目をこすって取り乱している体であったときに、

「何か話を一つせよ」

と仰せられた。すぐの話なのでつまりかけたが、ふと昨夜の夢を語りだした。

「さても、今宵夢を見ておりましたのか。
ある所へ行きまして、道に小金が夥しく落ちておりました。
さても嬉しい事かなと存じ、思う存分に拾い持ち帰るところに、
落とした主が来て取り返そうと追いかけてきました。
汗水をかきながら逃げましたが追いつかれそうになり、
もはやというところで余りの苦しさに、大便を垂れてしましました。
そこで目が醒め、かの金を探ってみましたが金は跡形もなく、
大便はたくさん垂れてありました。」

(昨日は今日の物語)


この世で最も汚い事は

2016年06月07日 10:19

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/07(火) 02:35:36.30 ID:oFUqmr/s
多分、まだ出ていないかな。曽呂利新左衛門と秀吉の茶の話。

豊臣の秀吉の家臣、曽呂利新左衛門は、いつも絶妙の湯加減で茶を点てていた。
その極意が知りたくなった秀吉は、ある茶席にて、直に極意を確かめようとした。
新左衛門が次の間にて茶の用意を始めると、こっそりと後をつけて、ふすまの隙間から中を覗いてしまった。
すると新左衛門は、茶碗に釜の湯を注ぎ、自分の舌で湯加減を確かめていたのだ。

秀吉が急いで前の間に戻ると、早速新左衛門が次の間に案内してくれた。
いざ次の間に入ってみれば、秀吉の前に出されたのはなんと、新左衛門が口をつけた茶碗。
無論、濃茶ならば回し飲みをするものだが、それとこれとは話が別。そこで秀吉、新左衛門にこう告げた。

「お主、この世で最も汚い事は何と心得る?」

「覗き見をする心でござる」

新左衛門、覗き見されていた事をちゃーんと知っていた。
湯加減を見たら茶碗は変えるつもりだったのだが、秀吉の覗き見を嗜めようと、同じ茶碗を使ったのだ。

そんな、秀吉のばつが悪い話。



684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/07(火) 15:23:08.34 ID:hLnkzSCo
好きな話だけど前に見た気がする

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/07(火) 21:16:19.28 ID:bDyBXs41
倍々ゲームの人だっけ?

その頓才は実に驚くべきものであり

2016年01月20日 19:18

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 03:18:16.12 ID:8QvfyOqv
ある日のことだが、かつて豊臣秀吉は数多の金銀の蟹を作らせ、それを
庭の泉水、あるいはそのほとりに放って楽しみとした。

しばらくすると秀吉は、「見飽きた」と思って、近習の者に、「何ぞ一用を
言い出した者にはこれを与えよう」と、言った。

これに皆々は大いに喜び、「臣はこれを紙押さえにします!」とか、「臣は
金の茶釜の蓋さえもないので、せめてこれをその蓋のつまみにします!」
とか、あるいは何と言い、こうと言い、各々1個ずつを賜った。

その中で曽呂利新左衛門がどのように乞うたかというと、「臣は人の相撲は
既に見飽きたので、この蟹を集めて相撲を致さんと存じます」とのことだった。

これに秀吉は、「相撲となれば5個や10個ではその興も薄かろう。ことごとく
持って行くがよい」と言って、残りの蟹を全て新左衛門に与えたということだ。

その頓才は実に驚くべきものであり、また感ずべきものである。

――『常山紀談(異本に拠る)』



196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 06:43:37.38 ID:nFk5QTFx
>>195
曽呂利新左衛門のエピソードを聞くと
とんちが利くと言うより、秀吉の喜ぶ事を熟知しているって気がする

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 07:06:27.14 ID:BQ9uWYM5
正体が幽斎様だとしても驚かない

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 07:06:58.43 ID:/uw8fHcl
うん、周りからはすげー嫌われてそうなイメージ

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 08:13:07.91 ID:1vfJMcPu
秀吉の逸話の中でしか語られないからやっぱそういう人物だったんだろうな

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 16:55:15.78 ID:yZOpTE7P
劉邦、朱元璋なんかも最後の方は猜疑心の塊みたいになってたし
独裁者というのは、自分の政権を誰かが転覆させるんじゃないかという
強迫観念に必ず襲われるからな

曽呂利みたいな道化がいなかったら、秀次事件以上の粛清の嵐が発生していた
だろう。
つまり、曽呂利は家康の大恩人。

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 18:17:50.86 ID:/uw8fHcl
それはあるかもね
独裁者というか基盤地盤を持たずに成り上がった人間は怖いんだろね
自分みたいな奴が現れたらと思うと

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/20(水) 18:32:23.99 ID:tl6YVjYO
>>200
家康が豊臣家を徹底的に抹殺したのも同じ理由だったんだろうな

願わくば1日、御耳の匂いを御嗅がせくださいませ

2016年01月13日 22:37

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/13(水) 01:09:45.27 ID:Kz0bIkYN
ある時、曽呂利新左衛門豊臣秀吉に、「願わくば1日、御耳の匂いを御嗅がせ
くださいませ」と、言った。秀吉は訝しく思い、「こやつ、また何かするつもりだな」
と疑ったが、「何はともあれよろしい。汝の好きに嗅がれよ」と、その事を許した。

その後、新左衛門は大名が秀吉の御機嫌伺いに出た時を窺い、秀吉の耳元に口を
寄せた。それが何やら言っている様子に見えたので、皆々は心中で密かに驚き、

「こやつ、何を言っているのだろう。もしや、私を讒言する内容ではあるまいか。
こやつはすこぶる殿下の寵愛を受けているから、その言葉を御用いになるかも
わからないぞ」と、憂いた。

各々は自邸に帰ると、早々に数多の金銀財宝を用意して密かに新左衛門へと
贈ったので、数日にして金銀財宝が山の如く集まった。

新左衛門は秀吉の御前に出て感謝し、「殿下の1日の御耳を拝借し、御芳しき匂い
を嗅いだ功能によりまして、金銀財宝は山嶺の如く集い来たり、ほとんど座る場所も
ありません。これはまったく、殿下の御耳の功能であります」と、言った。

これを聞いて秀吉もまた呆然とし、驚いたということである。

――『常山紀談(異本に拠る)』



『あの殿は猿に似ている』

2015年11月20日 09:06

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/20(金) 00:58:09.78 ID:WxP7hhHh
豊臣秀吉は参内を決めて御幸町を通ることがあったが、ある時の御通りの折、

京童が秀吉を見上げて、「あの殿様は猿に似ている!」と声高に申したので、
秀吉は機嫌が悪く、伏見へ帰ってから鞘師・曽呂利新左衛門を呼んだ。

秀吉は、「今日、京童が私を見て、『あの殿は猿に似ている』と申したのだが、
本当に猿に似ているか?」と、新左衛門に問うた。

これに新左衛門は、「どうして不届きにも君が猿に似ていることでしょう。
むしろ、猿が君に似ているのです」と、言った。

これを聞いて秀吉は、「そうに違いないな」と言って、笑ったということである。

――『半日閑話』



12 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/20(金) 12:07:58.24 ID:t9dNyZsw
結局のところ猿は猿なのよ

13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/21(土) 03:23:55.74 ID:sIJllXlx
まるで器の大きな名君だな

近習衆には特別に御目利きが大切

2015年11月15日 17:36

643 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/14(土) 20:14:51.63 ID:yMPR9k3F
 上様を始め御大名様方は、お側にお召し仕えなさっている近習衆には特別に御目利きが大切かと思われます。
太閤様のお気に入りの曽呂利新左衛門、武田勝頼公の出頭跡部大炊(勝資)、長坂長閑(光堅)、近くでは毛利家の安国寺恵瓊等、
その媚びへつらう趣は色々違いますが、甚だ無礼邪智の者たちです。
 大炊・長閑の不埒により武田家が滅びました。
毛利家も安国寺の邪智により御国の数が減らされますなど、元春公、隆景公が在世でありましたら、あれほどの不覚もあるはずがなく、
元春公の嫡子元長公はかねて目つきが険しい男と太閤様が仰せられていたが、安国寺の邪智に覆われて、毛利家は衰えるような事、甚だ恐ろしいことで、
御治世はとても油断はできないかと思われます。

  ならびに、近年猿楽が表道具のようになっております。とにかく人柄のよろしき者は稀であると承っております。
その様子は根が遊芸ゆえであるためと考えられます。あまり貴人の御前近くに召出されますことはよろしくないことと思われます。
猿楽に限らず、何の芸でもこの御心得は有ってほしいものです。
 また茶道の事は貴人から下人まで流行しておりますが、これも殊の外物がいる芸ですので、じっくり心得なされたい事と思われます。
(本阿弥行状記)



644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/14(土) 23:47:37.27 ID:jjwBLfAa
元長が不細工なのは母親譲りだろw

646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/15(日) 03:20:49.81 ID:uMAWvDTe
そろりさんって何かしたか?
甚だ無礼邪智の者っていわれてるが

647 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/15(日) 04:42:41.90 ID:74sZUguT
乱でいうところの狂阿弥な感じだろう

648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/15(日) 08:44:41.25 ID:BSYj7TKJ
そろりさんって外国の人だったのかな。

曽呂利新左衛門の「まつくれ丸」

2015年03月27日 18:06

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/26(木) 19:18:35.35 ID:abYXOBT2
曽呂利新左衛門の「まつくれ丸」

ある時、伏見城山里の茶屋に太閤秀吉がいる所に、曽呂利新左衛門が伺候した。
この時曽呂利は秀吉に向かい、「為して成らぬということは一切無いものです。」と言った。
しかし秀吉

「左様はいくまいよ。その方の智慧にて、予がこのように座敷のうちに座しているのを、何となしに
庭に下ろす事が出来るか?もし出来たならこの刀を遣わそう。」

これを聞いて曽呂利は暫く考えていたが
「これは叶いがたき事です。しかし、御庭より御座敷に上げ奉る事はいと容易く出来ます。」

秀吉は曽呂利の答えに笑い出し、「されば、予を庭より何となく座敷へ上げてみよ」と、笑いながら
立って庭に降りた。と、ここで曽呂利は腹を抱えて笑い出し

「さあ、早く御刀を下さるべし!」

と言い出した。秀吉戸惑い「何故か?」と尋ねると、曽呂利

「さればでございます。殿下は今、何となく庭に下りられました。ですからお約束の如く賜りたい。」
そうしきりに笑いながら答えたので、秀吉も
「なるほど、確かに予は何となく庭に下りた。ではこの刀を取らそう。」
そういって刀を与えた。

この時曽呂利は「この御刀は何という御太刀にて作者は何と申すのでしょうか?」と尋ねた。
すると秀吉

「これは汝に『まつくれ丸』(これは汝に「ともかくもくれてやった丸」)という刀だ。作銘は左文字よ。」

そう答えたそうである。


(刀剣談)




大黒天が福の神である理由

2013年09月26日 19:44

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/25(水) 22:11:19.98 ID:GudRKxHk
ある時、曽呂利新左衛門徳川家康の館に伺った時のこと。

おしゃべりしてる中で新左衛門が家康に「世間では、大黒天を福の神として祭っている。
だがその理由を知る者は少ない」と言ってきた。
家康がその理由を教えてくれと頼むと新左衛門はこう説明した。

「大黒天の風貌は頬を膨らまし、目を細くし、眉を高くしている。さらに黒い帽子を頭にかぶる姿は、
上をうかがいのぞむ心が無いことを表している。上をうかがいのぞまなければ、すなわち傲慢の
心も消え、周りの人も身分相応に扱う。これが福を呼ぶ理由なり」

すると家康は笑いながら頷き、

「なるほど。私も5文字の秘訣を持っている。『うへをみな』、これは上を望むなという意味。
あとさらに7文字の秘訣を持っている。『みのほどをしれ』、これは自分の身分を知れという意味。
これとまったく同じことだな。
そもそも大黒の黒い帽子にはさらに深い意味があるのをご存じかな?」

と聞いてきたので、新左衛門は「知らない」と答えた。
すると家康はこう言った。

「その帽子をかぶる理由は、一たびそれを脱ぎ捨て、天を望まんとするのみだ。
これは武士の刀に例えることができる。常に刀を鞘に堅く収めているのは、一たび刀を抜いて
その用を為す時を待つためなり。刀も抜かなければ無用の長物であり、帽子ももし脱がなければ
何の意味もないだろう?」

新左衛門は驚いた顔をしていたが、しばらくしてこれに納得した。

近古史談より




203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/25(水) 22:57:52.15 ID:zaxcUgtW
大黒天の極意の話、まだ出ていなかったんだな

まとめブログかなりの話数が集まってるけど、
他にも有名逸話でまだ出ていないのあるかもしれないな