FC2ブログ

曾呂利新左衛門の無欲?な褒美

2012年11月02日 19:59

124 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 04:35:16.52 ID:pwxqD/m1
曾呂利新左衛門の無欲?な褒美

有名すぎるせいか知らないけどまとめになかったので。

ある時曾呂利新左衛門は秀吉から褒美をもらうことになった。
何が良いかと問われると「米を1粒欲しい。」と言う。
秀吉は「たったそれだけ?」と思ったが、「ただし」と続ける。
「1日目は1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、4日目は8粒…と倍々にしていってください。」と言う。
「それでいつまで続ければいいんだ?」と聞くと「1か月で結構です。」と答える。
これに秀吉は「なんだ大したことないな。構わん、くれてやろう。」と認めた。

しかし実際に褒美をあげてみると、20日目くらいで秀吉は音を上げた。
これは数学で等比数列の和のことで、
新左衛門に与えられる米の数は2^x - 1 (xは日数)の計算式で表される。
20日目は2^20 - 1 = 1,048,575と100万粒を超える。
1俵が250万粒ほどなので、あとは米俵を倍々で与えることになり、こりゃたまらんということになったという。

昔数学の先生から聞いた話。
他に81日とか100畳に順番に置いていくパターンとかあり、そっちはもっととんでもない数になる。計算してみれ。




125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 05:32:15.23 ID:vuuYzn3g
小学校ん時に算数のドリルのコラムで見た記憶あるわこの話。

129 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 12:30:24.12 ID:sIApixx3
>>124
わかってたとしたら、嫌がらせとしか思えない

131 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 13:04:25.05 ID:rbbH17K0
>>129
落語ではこの米を貧しい人に分け与える、ってオチになってた

132 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 21:28:40.68 ID:CR3T1SYv
>>129
最初は一粒、次はその倍っていうのは、インドの説話で将棋を王に教えた人が
その御礼に将棋のマスに麦を…っていうのがあるぐらいに昔からある話。

なので、わかっていたらもなにも…

133 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 22:05:28.74 ID:pwxqD/m1
誰も計算する奴がいねえ…。1俵あたりの粒数のヒントまで与えたのに。
数字苦手な奴多すぎの悪い話だ。

134 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 22:16:11.32 ID:Ez04kKUk
だってlog使えばlog2=0.3とすると(0.301のほうが正確だろうけど)
log(2^81)=81log2≒24
log(2500000)=7-0.6=6.4
よって10^(24-6.4)=17log4で4×10^17俵
100だったら
log(2^100)=30
10^(30-6.4)=4×10^23俵
すぐに出るしいちいち書くのも馬鹿らしい

135 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 22:17:48.89 ID:Ez04kKUk
訂正
上の方は81だから(80で計算してしまった)
8×10^17俵

一応正確な計算では9.67×10^17俵と
5.07×10^23俵だからlog2=0.3で充分だな

136 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/02(金) 22:49:47.64 ID:f/GrUYnw
google先生に聞いたらすぐやがな。

137 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 00:11:53.47 ID:nm35Z0tf
>>132
すまん

138 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 00:20:38.37 ID:+m4pujE2
30日ならともかく、81とか100なら直感的に膨大な数になりそうなのが分かりそうなもんだが。

139 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 00:25:12.98 ID:Xy+T4uLQ
だいたい計算してみれって
計算してもここにわざわざ書き込むとは限らんだろ
スポンサーサイト



曾呂利新左衛門「キウリが胡瓜を!」

2011年05月22日 00:01

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 11:54:53.21 ID:mWINSonv
曾呂利新左衛門さん話

肥前名護屋の陣営でのこと。
ある日、曾呂利新左衛門が外から秀吉の本陣に入ってくると、突然語ることには

「殿下!世にも不思議なるものがあるものですね!
臣はただいま陣の手前でとても奇妙なものを見ました!」

秀吉、これに興味を持ったか
「新左衛門は慌ただしいのう。奇妙なものとは一体、何を見たのだ?」

「さればでございます。『キウリ』が胡瓜を食っておりました!」

「なにっ?胡瓜が胡瓜を食っておったと?新左衛門、たわけたことを申すな。
口のない胡瓜がどうして胡瓜の共食いをするものか。たわけにも程があるわ!
まあ、これもお前のいつもの戯れだろうが。」

しかし曾呂利引き下がらない
「いや、確かに食っておりました!これは相違ございません!」

秀吉と曾呂利は食わない食ったと言い争ったが、これでは埒が明かぬと秀吉、
傍らに居た家臣に「誰ぞある!?まこと、果たして胡瓜が胡瓜を食っておるか、急いで行って
見て参れ!」

家臣の一人、「ははっ」と答え陣の外まで出て、あたりを見回す。当然のことだが
胡瓜が胡瓜を食っている様子は、ない。それでも、何事も見落としてはならぬと
キョロキョロと見回す。
「しかし胡瓜が胡瓜を喰うなどとあるわけが…、 はっ!?」


この家臣が戻ってくると、秀吉は急かすように尋ねた

「どうじゃ!?胡瓜が胡瓜を食っておったか!?」

「それがでございます。胡瓜が胡瓜を食っている様子は見えませんでした。」

秀吉、そら見たものかという顔を曾呂利に向ける。が、家臣続けて

「それは無かったのですが…」

「ですが?」

「ははっ、陣営の外では、背中に薪を背負っている薪売り(きうり)が胡瓜を食って
おりました。」

秀吉あきれ返って
「なんじゃと!?薪売り(きうり)が胡瓜を食っておったと!?
さては新左衛門めにたぶらかされたか!なるほど、胡瓜が胡瓜ではなく
薪売りが胡瓜か!」

曾呂利、澄ました顔で
「仰せの通りにございます」

これに秀吉
「おのれ、また誑かしおったな!」
と笑って叱りつけたという。

『太閤之腰巾着曾呂利新左衛門』より、曽呂利頓知話の一席




299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 12:13:56.94 ID:+dczATAl
>>298
いやこれ誰も損しないし、とんちのきいたいい話だろw

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 12:25:44.51 ID:sh/tXUV1
腰巾着ってまんまだなw

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 12:58:28.09 ID:evIZoeIn
>>299
見に行かされた家臣が疲れるじゃないか!

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 13:11:56.46 ID:nId1lM+d
しかしひとこと言いたい

コレ、頓知じゃなくて駄洒落じゃね?

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 13:29:55.09 ID:6g+Bu522
宮廷道化師その物だな

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 13:43:00.60 ID:hfmandWt
ただの小話になっちゃってるな
曾呂利の演出家として伊達政宗を呼んだらどうか

名護屋陣、大いなる狂歌比べ

2011年01月17日 00:00

265 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/16(日) 18:46:44 ID:w99rixxm
文禄の役の頃の事

朝鮮では激しい戦いが行われているさなか、日本軍の本営、名護屋にある太閤秀吉は
正直ヒマであった。そんなある日、秀吉が名護屋在陣の諸将を集めて言うことには

「諸将よ、お互い徒然に飽き果てているだろうが、面白いことをして遊ぼうにも大概の事は
もはやし尽くした。そこで一工夫、変わったことをしてみようと考えた。
皆々、競って、最も大いなる狂歌を読むのだ!」

大いなる狂歌?意外な命令に皆どうしていいか戸惑い、口を開く者も無かった。
そんな中しばらくして、徳川家康が進み出る

「皆、その様に遠慮ばかりしていては果てしもないことではないか。では私が江戸城主でも
あることから、江戸のある武蔵野の昔を詠んでみよう。」と

『武蔵野に 咲きはびこりし梅の花 天地に響く鶯の声』

これに秀吉「いやコレはコレは、徳川殿には武蔵野の江戸城主の事とて土地柄能くも大きく
詠み出たる事でござるかな。さあ諸将も遠慮せず詠みなされ!」

コレが呼び水となり、次に前田利家が
『富士山を 枕になして寝てみれば 足は堅田の浦にこそあれ』

それを受けて上杉景勝
『須弥山に 腰打ち懸けて大空を 笠に被れど耳は隠れず』

これに秀吉「いやコレは大きい大きい」と関心

すると蒲生氏郷進み出て
『須弥山に 腰打ち懸けしその人を まつ毛の先で突き飛ばしけり』

秀吉これを大いに賞賛し「蒲生殿には大きく詠み出されたることである。
ではこの次はワシが自ら詠み試みよう」と

『山根付け 海巾着に川は紐 緒締めは三五十五夜の月』

実に大きい歌である。秀吉自身もこの歌の出来に内心得意になっていたが、ふと側を見ると
御伽衆の曾呂利新左衛門が妙な表情で秀吉の方を見ている。
そこで秀吉「なんじゃ新左衛門そんな顔をして、お前も一首詠んでみるか?」

これに曾呂利喜んで「お歴々の前、恐れ多いことですが殿下の仰せでもあり、また先程より
諸将の御歌を聞くばかりで、私の方も一首詠みたくジリジリしておりました所、幸いにも
殿下のご命令に従い、数ならぬ新左ではありますが、一首つかまつります。」
と、

『天と地を 団子に丸めて手に載せて ぐっと呑めども喉に障らず』

これには秀吉はじめ満座の諸将「いやこれは、新左に大きくやられたものだ。
今日の一番大いなる狂歌はこれであろう!」と賞賛し、どっと笑ったそうである。

名護屋陣、大いなる狂歌比べ、と言うお話。




266 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/16(日) 18:50:06 ID:+4K0eBBm
豊臣秀吉と曽呂利新左エ門、頭播磨に尻備中・悪い話
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-588.html
この詳しいバージョンか

ついでにそれを元にした落語の落ち
曽呂利新左衛門「ははー、兼光、頂戴いたします」
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4249.html