宗滴ラボ

2016年07月08日 16:34

917 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/07/08(金) 10:50:57.03 ID:EVmJZMdL
宗滴ラボ

戦国大名朝倉氏の初代・孝景(英林)は「朝倉英林壁書」の中でこう述べている。

【第六条】
侍の務めだからと言って、伊達・白川へ使者を派遣して良い馬・鷹を購入しては
ならない。余所から贈られたものであれば問題はない。しかし、贈られたもので
あっても三年経ったならば他家へやってしまうこと。
長い間、手元にとどめておくと必ず後悔することが起きるものだ。


この言い付けを忠実に守ったものがいた。孝景の末子、教景こと朝倉宗滴である。

名産地だからと言って、奥州から取り寄せるには手間暇も金がかかる。ならば、
自分の手で育ててみればいいではないか。早速、自宅の庭に鷹の巣を作らせて、
数年間努力した結果、卵を産ませることに成功。さらに孵った雛を手塩にかけて
育てて、大小二羽の優秀な鷹に成長させた。そして、大きな雌の方は主君である
四代・朝倉孝景(宗淳)へ、小さい雄の方は時の管領・細川高国へ献上した。
大永三年(1523年)のことであるという。ちょうどその頃、宗滴のもとに滞在して
いた連歌師の宗長は、このことにいたく感銘を受けたらしく、翌年上京した折に
建仁寺の月舟寿桂に依頼して、宗滴のために事の顛末を記した文章、その名も
『養鷹記』を著わしてもらっている。

鷹だけで終わらない。

『加越闘諍記』という書物によれば、宗滴は鮭の卵を取ると水槽に入れ、お湯を
入れるなどして水温を調節した結果、人工ふ化にも成功したらしい。


戦だけでなく、諸事全般にわたり興味を持ち工夫を重ねる人だったのですね。
脱帽です。



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