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目黒の娘

2014年11月05日 18:53

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 02:32:09.65 ID:lw8gvYNi
永禄4年(1561)、尼子攻めを行っていた毛利元就は、謀略により石見の有力国人である
本城越中守(常光)を寝返させることに成功した。

このことを知った尼子晴久は驚愕して言った
「本城が敵に降ってしまっては、この石州の味方が力を落とし、尽く攻め滅ぼされ、もしくは
降参してしまうだろう。

本城については、きっと二心を抱く事は無いと深く頼み、様々な重宝を与え、本領も倍にしてこれを遣わし、
特に、容色勝れているとして私の妾にしていた目黒の娘を、越中守に嫁がせて、我が婿として
扱っていたのに!

この女は、昔、宍戸左馬助が私に恨みがあって、刺し違えようと思い、ただ一人ある宵の内に、
私の居室まで忍んだ。彼と私はいとこ同士なので、怪しむ者もなく思うままに忍び入りて隠れ、
私が寝入った夜半に、外より戸を押し破ろうとした。

しかし私はそれを聞きつけ、そのまま起きて板戸を押さえたが、宍戸は聞こえる大力であったので、
腕に任せて押すほどに、私も叶い難く、一旦押し込みそのまま手を離すと、宍戸は戸板の上に乗って
伏せた形で倒れた。

そこを私は押さえつけたが、宍戸も私にしがみつき、上に下へと組み合ったが、私もさほど微力という
わけでもないので、遂に上になって押さえつけたが、搦め捕る物が無いので「なんでも良い!紐をもってこい!」
と言ったが、そこに宿直しているのが皆女であったため、周章てるばかりで縄を持ってこようとする者もなかった。

しかしその中で、この目黒の女は気の利いた者であったので、小鼓の紐を解いて私に渡したのだ。
その紐で宍戸を縛め、その夜、首をはねた。

このような仔細のある女であったが、本城の心を取ろうと思い、愛念を捨てて与えた所、
彼も抜群の軍功を励んだので、よもや二心は無いと深く頼み、石州山吹城は敵地に隣接した
肝要の地であるので、彼を籠めて守らせていたというのに、たちまち敵に一味したことの
腹立たしさよ!」

そう激怒したという。

(芸侯三家誌)

尼子晴久本城常光に与えた女性についての逸話である。




687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 07:41:43.41 ID:wQ4cajNj
なんなんだこの逸話は
俺と女の思い出話じゃねーかw
しかも与えたっても妾だしなー

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 10:17:14.61 ID:ghE1b98K
まるで娘か妹を嫁がせてやったみたいな言い方だな w

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 13:31:10.14 ID:QVCiANud
>>686
セリフなげーw

696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 17:26:50.76 ID:wG/NflWx
>>686
板戸を押しあう武将の図もシュールだな

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 23:13:06.58 ID:0CuTu/ZT
ダンジョー「しかし剣豪相手にでもそれは有効なのだよ」

698 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/06(木) 02:44:32.76 ID:hp51Z4OA
>>686
頼芸「妾をくれてやったのに裏切るとは…許せん!」

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本城越中守寝返り

2013年01月02日 19:59

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 14:27:35.11 ID:dBz426PX
永禄4年(1561)の頃、毛利元就は日本中を彼方此方に行脚すス僧を御陣所に召し寄せ、
御斎(食事)など与え、その後諸方の様子などを尋ねた。その話の中で、元就はこの様なことを語った

「先年、尼子方の、石見・山吹城を攻めた時、その守将である本城越中守(常光)の働きを見たが所、
聞き及んでいたよりもはるかに、武辺の達人であると知った。彼は中国西国の間においては類なき
武士である。

あの時私は、彼を攻め潰そうと思っていたが、あのような者を攻め潰すのは武士の本意では無いと考え、
山吹から引き下がったのだ。」

これを聞かされた僧は、それから間もなく本城越中守の所に行き、この話をした。
本城は「名将からのお褒めの言葉であり、眼前に対峙している敵ではあるが、誠に本懐に思う。」
と大いに喜んだ。

勿論元就の策略である

この話の伝わったことを確認した元就は、吉川元春に本城越中守への寝返り工作を行うことを命ずる。
元春は山口の宝泉寺を通じて、本城家家老・服部若狭守、椿井戸三郎兵衛に対し、毛利方に
味方するなら石見銀山及び出雲原手郡を加増するとの、毛利元就・隆元親子の言葉を伝えた。
そして

『元就公は越中守様を、敵とは申しながら武勇他に優れた人物であり、語り合いたいものだと
すっと申されていました。』

との、元就の思いも語った。

本城はこれを聞き、「御意の趣うけたまわり、忝く存じ奉ります。」と、毛利方に
与することを誓い、嫡男本城太郎左衛門を月山富田城から落とさせ、元就のもとに人質に出した。
これらが整ったのが永禄5年の夏ごろだとされる。

この本城寝返りにより、毛利元就は遂に全面的な尼子攻めにとりかかる。
尼子氏を滅亡させた、第二次月山富田城の戦いが始まるのである。


ちなみに寝返った本城常光はそれから間もなく、毛利元就から

『武威に誇り高慢つかまつり、人を人とも存ぜず、忠賞に行われ候衆中の領地押し込み、
入部の者共を追い立て、狼藉大方ならず候に付き、往々御弓矢の妨げに罷り無るべし』

として、一族郎党共に、吉川元春の軍により誅殺された。

本城越中守寝返りの顛末である。
(吉田物語)




993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 15:14:29.51 ID:5obb+yb2
要は元就に褒められたせいで内通を味方に疑われ、
仕方なく本当に内通したら、結局裏切り扱いで死亡、てこと?
褒められた時点でゲームオーバーな気が

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 15:31:28.14 ID:tg9JKZcc
本城さんは前に尼子へ寝返って毛利に損害を出してるからねえ
またいつ裏切るか不安だったのだろう

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:08:21.00 ID:GW7PaUnw
つーか、元就自身が大内と尼子の間をフラフラしてた事もある訳で
国人連中が強い方に靡くのを道義的に批判する資格はなかったり。

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:29:55.91 ID:t/S79N88
それはあれだ、農民を徹底的に抑えた秀吉と同じ発想じゃないか

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:33:08.40 ID:CvfZfpp/
戦の前の裏切りか戦の中の裏切りかって意味では、
小早川+αのαの方に通じるものがある気がしないこともない
まぁしかし単純に強い奴が裏切ると怖いよね
本格的に尼子攻め開始って時にわざわざ本城の処断をしてる辺りとかそういう意図を感じる

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 21:38:48.78 ID:OIobnQFf
>>997
αってそれ関ヶ原のAKWOのことだよな?

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 22:22:04.13 ID:LSuGyVaP
簡単に引っかかるからとりあえずシめとこうと

1000 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 22:26:45.88 ID:9QxKLYc4
うう・・・