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一宇治城攻略と狐火

2018年04月05日 17:56

754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/05(木) 04:06:15.40 ID:Gk2DZ6cZ
島津忠良・貴久は島津実久方の要害・一宇治城を攻略せんと、同城を守る町田用久を誘ったが、彼は
まったく応じなかった。そこで千余騎を率いて城を攻めたが、堅城ゆえになかなか落とせない。

この時の用久は実久を訪ねておりそこを狙っての攻撃であったが、このままではいずれ実久と用久が
駆け付けて来て貴久らの大敗北は必至であった。夕方になって事態を危惧した忠良は、

家臣で山伏の本田石見房慶俊を呼んで落城祈願を命じた。慶俊が祈願を行うと城の西北部、本陣から
700mほど北方、城麓の振木口という神之川の川辺あたりに狐火が起こり、それが林間を山上へと

上っていった。そこでその跡について行って攻め込んだところ、容易く攻落することができたのだ
という。険峻を頼みにして守備兵を配置していなかった現在ザビエル記念碑のある神明城付近に

突入したのではないだろうか。忠良は石見房の功を賞して城の東方護摩所から東に向けて矢を射らせ、
その矢の落ちたところに稲荷神社を勧請して石見房に守らせた。

上之平の稲荷神社がそれで、石見房は犬之馬場の旧伊集院庁舎一帯に屋敷を賜り、子孫が現在に至る
まで神社を管理している。この稲荷神社は藩政時代に伊集院五社の一つだった。

また本田家は伊集院の四名家の一つに数えられ、石見房の曽孫・吉藤は島津義弘の小姓として関ケ原
の戦いに参加して義弘から感状を賜り、幕末には本田兄弟が西郷隆盛によって墓碑を建てられるなど、
人材を輩出していった。

――『松元町郷土誌』



755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/06(金) 23:18:52.42 ID:7SzY1fCD
     )、._人_人__,.イ.、._人_人_人
   <´  狐じゃ、狐の仕業じゃ!  >
    ⌒ v'⌒ヽr -、_  ,r v'⌒ヽr ' ⌒
// // ///:: <   _,ノ`' 、ヽ、_ ノ  ;;;ヽ  //
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756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/07(土) 04:18:44.50 ID:iHRMdr3k
by モンゴメリー
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