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木下藤吉郎、堂洞城攻めの功

2018年04月26日 18:51

806 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/25(水) 19:54:47.09 ID:isUtGnGf
織田信長が美濃国ドウノ洞(堂洞城か)に出陣する時、当時まだ乗馬を持っていなかった
木下藤吉郎に対し
「汝の一門の内にて馬を借りて乗ってくるように」
そう仰せになると、藤吉郎は「畏まり候」と、海東郡のオトノコウという場所に、彌助という
綱差しが居り、これは藤吉郎の姉婿であったのだが、彼の所持する栗毛の草役馬(農耕馬)を
借り受けた。

しかしこの馬には、鞍はあるが鐙がなく、しかしながら腐った金鐙が片方だけあり、
もう一方には細引きを付けて鐙の代わりとした、

そして馬は準備できても、藤吉郎には供に連れて行く者も居なかったのだが、この時
彌助は、これから合戦に行くことを知りながら「私が付いていこう」と、藤吉郎の供をした。

藤吉郎は堂洞にて坪内十郎右衛門という者を討ち取った、堂洞城の城主である坪内某は、
本丸に追い詰められると詫び言をして開城し、助命を受けた。そして信長に対し、岐阜に
退去する間の安全のため人質を乞うた。

信長はこの坪内への人質として、木下藤吉郎を遣わした。その出発前、信長は藤吉郎に言った
「道中にて坪内を、汝もろとも打ち殺す事もある。お前の命を私にくれ。」
これに藤吉郎は
「何れの道にても、御用にて命を召されること、いと易き御事であります。」
そうしっかりとお請けした。

信長は坪内を藤吉郎もろとも殺そうと思っていたのだが、藤吉郎が潔く命を差し出すことを
不憫に思い、そのまま指し行かせた。その後、藤吉郎が各務原より無事に帰国すると、
美濃国の織田領の内より七千石の知行が与えられた。

藤吉郎は俄大名と成ったが、これを切り盛りする人材が居ないことに困り、七郎左衛門といって
清須で連雀商人(行商人)をしている者があり、彼は藤吉郎の伯母婿であった。
藤吉郎が小竹といった幼少の頃は、この七郎左衛門を主人のように尊重していたのだが、
今や七千石の主となった藤吉郎は七郎左衛門を呼び寄せ、七百石を取らせ
「末々いかほどの大名に成ってもその十分の一を取らせる」と約束し、木下家中のおとな(家老)と
した。後の杉原伯耆守(家次)はこの七郎左衛門の事である。

馬を貸した姉婿の彌助には五百石を取らせた。後の三位法印(三好吉房:豊臣秀次実父)と申すのが
この彌助である。

(祖父物語)



807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/25(水) 20:08:25.07 ID:h0+s79/n
>>806
秀吉が敵を討ち取った事があるんだね!
小男で非力なイメージだったから意外だった

808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/25(水) 21:00:27.02 ID:E63W07aK
>>806
>豊臣秀次実父
(´・_・`)

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/26(木) 18:08:20.54 ID:7yEMWFBt
杉原伯耆も秀吉が天下取った直後に発狂して亡くなるんだよなあ…

810 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/04/26(木) 18:33:18.40 ID:0K6Usc3/
約束反故にされたもんな

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/26(木) 19:53:27.83 ID:fAuyfDAC
秀吉がいなかったら埋もれていただろう秀長とか浅野長政なんてのがいると思うと
実際に埋もれてしまった人材ってのはたくさんいるんだろうな

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/04/26(木) 20:36:51.10 ID:KtbdE/GA
爆弾正だって弟が長慶の目に留まらなければ埋もれていた人材だし
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