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天野・杉原の普段の仲

2013年10月26日 19:38

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 09:54:32.77 ID:oZCdc+f1
上の方でちょっと険悪な天野・杉原の普段の仲をうかがわせるお話。


上月城の戦いでは勝利を得た毛利勢だったが、
備前の宇喜多・伯耆の南条など、相次ぐ離反に悩まされていた。
元春率いる吉川勢は南条攻めに赴き、抗戦に出た南条の一族、九郎左衛門を討ち滅ぼした。
その勝利は、先陣の杉原盛重の活躍によるところが大きかった。

やがて拠点としていた八橋に引き上げてきた吉川勢や国人衆が、
皆で集まって今回の合戦の話をしていたとき。
盛重の嫡子の元盛が天野隆重に向かって、「南条勢の敗因を分析してください」とねだった。
隆重は、今回の地形ならば南条勢がどのように備えどう戦っていればよかったのかを語り、
「しかし南条勢が万全の備えで出てきても、盛重が臨機応変に応戦しただろうから、
どのみち南条勢に勝ち目はなかった」とまとめた。
元盛はすっかり感心して、話に聞き入っていた。

すると今度は隆重の嫡子の元明が、盛重に対して
「愚父がご子息の勧めで考えを述べたのですから、次は盛重が勝因を教えてください」とねだった。
盛重も元明の求めに応じて、自分の戦術を細かに語って聞かせたが、
「本命の南条元続を誘い出すことができなくて残念だった」と結んだ。

盛重は続けて、
「敵がやりそうなことを予想して、前もって対策を講じておくのが軍法の基本ではあるものの、
 実際に相対した敵を制する方法は、事前にどうこうと言えないものだ。
 敵の機を察する以心伝心の妙が必要だ。
 けれどこれは、敵の様子を見るまでは何の備えもしなくていいという意味ではない。
 しっかりと備えを固めておくことも大事だ」
とアドバイスした。

さらに談義に花が咲くかと思われたが、盛重が元春に呼び出されてしまったので、
寄合はお開きとなった。




587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 10:41:50.32 ID:DzMsDEuO
帝国陸軍兵学校の講師に招きたいのですが

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 11:09:34.17 ID:oZCdc+f1
今別の本読んでたら、元就の「御弓矢向、常々御談合之衆」リストに隆重・盛重の名前もあって、
わりとこの手の話が好きというか得意な人たちだったんだろうな。

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 18:25:01.14 ID:cxvo9xQO
杉原盛重は忍者の棟梁でゲリラ戦のプロフェッショナル
天野隆重は兵300で兵6千の尼子再興軍をボッコボコにしちゃった対ゲリラ戦のプロフェッショナル

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/26(土) 18:55:59.57 ID:d7SjMLDf
ヴェトコンの起源である

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 11:44:48.15 ID:T7i8gd7L
>>589
兵6000側が兵300側にゲリラ戦仕掛けるとか意味が良く分からないんですよ。
しかも300側が勝つとか。

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 12:26:17.23 ID:kv2pxtZY
そりゃ相手の20倍もいるのに正攻法で戦わなかったのが敗因だな(確信

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 14:11:05.83 ID:zLEzgT+j
>>598
月山富田城は正攻法で落とせない城だから
経久のようにゲリラで攻略するか元就のように兵糧攻めで攻略するしか手がないのですよ
で兵糧攻めは時間がかかって不利になるからゲリラ戦でいこうってなったんだけど
出す手全部読まれて逆にボコられたという

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 18:10:28.25 ID:7PW1nfMd
降伏したいんだけど色々手続きあるからちょち待ってよ、と言われて鹿ちゃんたち待ってたら
時間稼ぎされて後詰めきてあぼーんしたんじゃなかったの?

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 20:04:17.11 ID:EaC0wMRM
天野「降伏するよ―。城を渡すから取りに来てよ~」
秋月伊織之助(尼子十勇士)「ほいほい」
天野「ほいほい来てしまって良かったのか(ニヤリ)」
城門の中に引き込んだ後で殲滅

激昂した山中鹿之介、あの手この手で攻め立てるが全て見切られて撃退。
そうこうするうちに後詰めの吉川軍が到着。
初手の失態で居心地の悪くなった秋月は毛利に寝返り。

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 22:47:08.97 ID:zU/z4xUz
300人で大軍と戦ったと言えばペルシア戦争でのスパルタ

607 名前:602[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 23:23:52.08 ID:EaC0wMRM
すまぬ、 ?秋月 ◎秋上 だった。 罰としてアイマス2を買ってくる。

608 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 23:49:44.14 ID:R8oG1Hnq
ヒロインあしつきいおり、が出てくる「I′s」でも買ってくれば

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西国で川中島合戦にまつわる論評合戦があったらしい

2013年10月21日 19:45

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/20(日) 21:53:06.97 ID:0a8ryyVQ
西国で川中島合戦にまつわる論評合戦があったらしい。

毛利元就の在世中、甲斐の武田・越後の上杉から書札を受けていたものの、
当時元就の容態が思わしくなかったこともあり、
山中鹿介擁する尼子勢に手を焼いていた毛利家は、
なかなかその返礼をすることができなかった。
元就が亡くなってしばらくすると、次男の吉川元春は、
家臣の佐々木源兵衛尉を甲斐・越後へと挨拶に遣わした。
そのついでに、両国の情勢なども見て回らせた。

さて、佐々木が安芸に帰国して、見聞きしてきた川中島合戦の様子などを
元春に報告したところ、その話を聞いた杉原播磨守盛重は、
「謙信のこのようなところが油断である、
 信玄のこのようなところが落ち度である。
 いかに良将の聞こえが高くとも、間違いをおかすこともあるのだな」
などと、話に上った川中島合戦の批評をしはじめた。

同席していた天野紀伊守隆重はそれを聞くと、口を開いた。
「なるほど、御辺の意見も一理ある。
 しかし、我らごときの愚昧な考えで批判ばかりしていれば、
 まったく過失のない真の名将などというものは、
 この世に存在しないことになってしまう。
 信玄・謙信がもし、御辺の言うように凡庸な将だったなら、今の名声もないはずだ。

 時も場所も異なるところで何を言ったところで、まったく的外れなのだ。 
 地に伏せて耳を澄まさなければ、地の底を穿つ足音を聞きつけることもできない。
 そのとき、その場にいなかった御辺が、あれこれと批判しても意味はあるまい」

盛重は「もっともだ」とうなずいた。


個人的に耳が痛い話だったのでこちらに。




541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 21:10:22.92 ID:EL6wb5qu
>>537
しかし現場以外無意味とか言ってると戦略や戦術なんてほとんど研究できないわけで



542 名前:537[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 23:53:49.16 ID:cjfZqQ2P
>>537に関して補足をまとめようとしているうちに、昨夜は寝てしまいました。
少し続きがあります。


天野隆重に反論された杉原盛重は、相手の言い分を一応は認めたものの、
「しかしながら、信玄・謙信のような良将を論評すること
 それ自体がよくないと言うのであれば、納得できない。
 信玄・謙信は生まれながらにして一国の将で、その名はこの日本国中に知れ渡っている。
 この私は勇智が信玄・謙信に劣っていなくても、ようやく一郷一村の主でしかなく、
 人に名を知られていない。
 それなら批評するにも何の憚りもないはずだ。
 合戦の評論をする行為自体がよろしくないというのは、納得がいかない」
と食い下がった。

そこで同席していた熊谷伊豆守が、
「二人の論争は、未来永劫決着がつくことはないだろう。
 梅はすべからく雪に三分の白を遜るべし、雪もまた梅に一段の香りを輸すべし、
 という古い言葉もある。
 お互いに優れた言い分を認め合って、腹をおさめるといい」
と諭すと、二人とも大いに笑って退出していった。


以上です。



543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/21(月) 23:56:02.55 ID:PZYN8Rgz
元春はこの時何を考えていたんだろう

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 01:08:07.03 ID:v/L45Kbq
熊谷伊豆守って孫が豊前守ってことだし、信直かな
年長者だし上手いこと纏めたな、といいたいが天野隆重の方が年上か

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 02:32:01.65 ID:0DXDVwU+
笑ってすまずに殺し合いになる家が結構あるような

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 11:52:35.54 ID:f028Go8Z
囲碁将棋観戦は命がけ

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 13:38:46.16 ID:31RUWkyD
庭師「賭ける程度では生ぬるいわ」

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 18:48:06.83 ID:p8wzde/m
兜持ち「便所いきてー」

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 19:09:46.76 ID:NDrZswl7
>>542
お面杉原が大いに笑った・・・だと?

550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/22(火) 22:45:57.29 ID:kHe1CpjK
お面のような顔は変わらず口から笑い声だけが・・・
見た人チビるな

菖蒲左馬允の妻

2011年11月29日 22:04

213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/29(火) 08:12:33.39 ID:TX26W8wz
ソースは軍記物なので御笑覧くださいな。

天正九年、毛利、吉川家の傘下で勇将だった伯耆の杉原盛重が病死した。
跡を継いだ元盛に、遺産の分け前が少なすぎると恨みを抱いた弟の景盛は、
しばらく後に家中には「元春の上意なり」と言い張って兄を殺し、
まだ幼かった兄の子供たちをも殺してしまった。
やがてこの悪事が露見し、吉川元長の号令によって軍勢に居城を取り囲まれる。

景盛の陰謀に深く関与していた、菖蒲左馬允という男がいる。
敵に囲まれた城中から、この男が姿をくらました。
それを知った菖蒲の妻は、10歳になる嫡男、小次郎に語りかける。

「いいですか、小次郎。
 おまえの父は、景盛公に加担して主君の元盛公を殺し、
 今また景盛公が報いを受けて明日をも知れないお命となり果てると、
 おまえをも捨てて、情けなくも逃げ出してしまいました。
 悪逆の名を末代に残すのみか、臆病の恥までも晒すとは。
 妻としても恨めしく憎らしく思います。
 小次郎、あの大悪人の子として敵に捕らわれ、嘲笑われ、無残に殺されるよりは、
 この母の手にかかって死になさい。母もともに逝きます。
 それともおまえは、あの父と同じように、恥も人目も気にしませんか」

「すべて母上にお任せします」と答える我が子に、
「おまえは、魂は父ではなくこの母に似たようじゃ」と語りかけるや否や、
女は守刀を二度突き刺し、幼い我が子を押し伏せた。

これを見ていた12歳ほどの娘は、母が狂ったのだと思って部屋を駆け出て、
景盛の妻室の居室へと飛び込んで助けを求めた。
人々が駆けつけると、自分の腹に守刀を突き立てている女に取り付き、刀を奪う。
女の命に別状はなかった。

やがて女は、夫の菖蒲が東伯耆にいると聞きつけ、訪ねていった。
菖蒲は天罰が当たったのか、すっかり白髪になり、
眉も鬚も抜け落ちたみすぼらしい姿になっていた。
女は言う。

「あなた、あなた、私はもう死んでしまってもいいと思いましたが、
 あなたに一度会って、子供を捨て、主君を捨て、
 そんな取るに足りない命惜しさに逃げ去ったあなたにこの恨みを伝えてから
 どこぞの淵にでも身を投げようと思い、これまでつらい世に命を永らえてきました。
 今のあなたの有様を見ると、天罰が当たって非人・乞食になったようですねぇ。
 この世にどんな未練があって生きさらばえているのですか。
 あれこそ恥をも人目をも顧みず、仏罰・神罰をも恐れず、
 主君を殺し主君を捨てた邪見放逸の輩ぞと、人々に後ろ指をさされるよりは、
 いっそ自害したらどうですか」

菖蒲は妻の言葉に納得したのか、はたまたひもじさに耐えかねてか、自害した。
女もまた、その刀で自分の身を貫いて絶命した。




214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/29(火) 13:31:28.84 ID:gArV46j1
既婚女性板の通称が鬼女板ってのも納得できる逸話だな

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/29(火) 14:07:38.15 ID:/GNs7wj9
悪い話でもあるんだけど、この奥さんの清々しさを思うといい話にも見える
やはり武家の妻というか、戦国時代の女性は男と変わらんくらい凛々しいもんだな

本当は怖い忍者の話

2011年08月23日 23:00

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 00:16:10.89 ID:NLEuPCXP
天正6年(1578)4月、要衝・上月城を山中鹿介をはじめとする尼子残党に奪われた毛利氏は、これを奪還せんと
大軍をもってこれを囲んだ。篭城側にも織田家から羽柴秀吉らが救援に駆けつけ、戦線は膠着した。

6月に入ると、毛利氏の重臣・杉原盛重が、配下を集めて檄を飛ばした。
「お前ら、高倉山の羽柴陣に『忍び討ち』をして来い。こういう時のために、お前らが時々他人の蔵を破り、
垣根を飛び越えて盗人のマネをしているのを見逃しているのだ。今こそ、羽柴の警戒を確かめて参れ。」

杉原播磨守盛重、彼こそが毛利忍び衆の頭目だった。
その檄に応じた徳岡久兵衛、別所雅楽允、佐田三兄弟など二十余人は、その夜半に羽柴陣へ忍び込んだ。


まず初めに羽柴陣へ忍び込んだ徳岡久兵衛が篝火の燃えさしを取り、寝ている羽柴兵の背中に突っ込んだ。
当然羽柴兵は転がって叫び声を上げ、騒ぎを聞きつけて他の兵も陣屋から顔を出した。
闇から姿を現した忍びたちは、顔を出した兵を手当たり次第に押し倒し、その首を次々に落としていった。

「おい雅楽允、何をまごついておる。遊んでいるヒマは無いぞ!」
ひとりいつまでも首の落とせぬ別所雅楽允に、佐田兄弟の長兄・彦四郎が声をかけた。
「待ってくれ、打っても打っても首が切れんのだ!」
「落ち着け。お主のデカい鍔の刀では、地に伏した者の首など、鍔がつかえて圧し切れんわ。掲げて切れ。」
「おおっ、なるほど!!」

納得した雅楽允、いったんは押し倒した羽柴兵を引き起こすと、頭をつかんで掲げ、切り落とした。
その後はスパスパと首を落として満足した雅楽允は、引き上げの際、大音声で言い放った。

「我こそは杉原播磨が郎党、別所雅楽允!当陣の真ん中に、忍び討ちして帰るなり。
畿内並びに美濃・近江の弱兵どもよ、普通の戦と思っていると、こうして不覚を取るぞ!」
あわてて羽柴兵は雅楽允を追ったが、忍びたちは高倉山の宵闇の中に消え去った。(陰徳太平記より)

その後も忍び討ちを受けた羽柴軍は救援どころでは無くなり、そのうち別所氏の離反への対応で撤退。
孤立無援となった上月城は7月に陥落するという、本当は怖い忍者の話。




545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 00:26:22.34 ID:FLdFN5GU
雑兵の首なんて放っておいて陣とか兵糧庫に火を燃やせよ・・・

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 00:52:38.11 ID:VTkPb0vT
その辺は守りが固いからじゃね?
あと兵を怯えさせるのが目的だからなるべく直接的でないと。

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 01:02:13.86 ID:jUl+cQiq
単に火をつけるだけじゃ普通は消されてボヤで終わるんじゃね

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 01:06:28.00 ID:FLdFN5GU
つ 焙烙火矢

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 06:20:33.83 ID:fvsyMy2u
小手調べでいきなり必殺技は使わない。
そういうことかもしれない

550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 18:31:08.98 ID:4Fcp0HYy
軍の攻撃は防げても、人ひとりの侵入は防げない
ってことかな

551 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 20:44:53.30 ID:+5gSCeqg
軍記物で忍者の活躍をまともに書いてる珍しいシーンだったりするよな。
佐野兄弟は架空戦記とかで毛利忍者の頭目でよく出てくる。

552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 21:13:50.89 ID:tGAZY2F4
独立系伊賀
六角甲賀
北条風魔

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/23(火) 22:28:15.17 ID:XAckVRxH
職種上基本目立たない部分での活躍が多いだろうしな
たまに記述があったかと思えば失敗談だったり