FC2ブログ

松平定綱と井伊直孝は故あって

2012年08月14日 20:52

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/13(月) 19:13:13.68 ID:nW9C8wHs

松平定綱井伊直孝は故あって数年にわたって断交していた。

ある時、直孝は麾下の士に「いま天下で異変があったとしたら、
その時に私が会わなければならないのは松平越中守だけだ。

近年、互いの心に隔たりがあって疎遠になっていることを
残念に思う」と言ったのを、その士が定綱の家に来て告げた。

これを聞いて定綱は喜び、和談のために使者を取り交わして
早いうちに面会しようとしたのだが、病に罹ってしまい、
直孝と会うことができずに死んでしまった。

――『名将言行録』




959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/13(月) 19:49:53.48 ID:7X34yFFk
理由はどうせ些細なことなんだろうな。めんどくさい三河武士だから頭を下げるのは嫌だと

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/13(月) 20:00:32.75 ID:UaTtOTGh
まあ三河武士にかぎらず、些細な事に平気で命をかけるのがこのへんの時代の武士ってもんですよ

961 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/13(月) 20:04:20.52 ID:l2uRUcA5
井伊直孝って三河武士だっけ
あ、そうか、権現様のかくし…

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/13(月) 20:45:51.86 ID:MV1dIMPX
男は子供産まないだろ
スポンサーサイト



家康「実は御三方に用というのは」

2011年09月05日 22:04

713 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 19:39:46.78 ID:eGX4MZds
>>693では、俊英・浅野殿age?な話

徳川家康が将軍宣下を受けたばかりのころ。伊達政宗黒田長政が碁を囲み、それを浅野長政
見物しているところに、家康が十二、三歳の年頃の少年を伴ってやって来た。

浅野「やっ、これは」
家康「あぁ結構、結構!今日は野暮用で来たまで。これ、わしの甥っ子・亀松。」
亀松「よ、よろしくおたのみもうす!」

政宗「・・・・・・」 パチン
黒田「・・・・・・」 パチン
↑熱中

家康「実は御三方に用というのは、この子に嫁のクチはないか、という話だ。身びいきながらこの亀松、
なかなか見どころあり、とわしは見るのだが。」
亀松(ドキドキ)

政宗「・・・・・・」 パチン
黒田「・・・・・・」 パチン
↑超熱中

家康「あ、あのー」
亀松「・・・・・・(泣)」

浅野「よ、よし!その話、それがしが承る!幸い、わが娘に似合いの年頃の子がおり申す!」
家康「あ、ありがとう!ありがとう!!」

こうして亀松と浅野長政娘との縁談がまとまったそうな。(鎮国神公御遺事)

まぁ亀松、のちの松平定綱的にはすごい当たりクジを引いたのでいい話かも知れないが。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4158.html




714 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 19:59:13.18 ID:L/hY4Mt4
ワラタw
囲碁に熱中してて聞こえなかったのかな?

715 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 20:24:40.54 ID:XaMtUpvR
家康よく怒らなかったな
そして浅野さんの空気読みっぷりが泣ける…

716 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 20:32:17.50 ID:SwzMsc9C
政宗「やっべ、嫌なの来ちゃったよ」
ngms「お前相手しとけよ?」

藤原惺窩、大坂の陣の大野治長評

2011年04月11日 00:00

576 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 10:02:51.43 ID:dl7dbx7K
大坂の陣が終わって間もなくのある時、戸田左門(一西(かずあき))と松平越中守定綱が
明寿院(藤原惺窩)と座談し、この大坂の陣のことなどを物語った。

二人の話を聞いた藤原惺窩

「大野修理治長にせめて石川五右衛門ほどの器量があれば、もう少し功も立てられたでしょうに。
それに冬の陣では大阪城から遠所を焼討ぜず、夏の陣で堺、奈良を焼討したのは、戦略として
前後が入れ違っています。」

と感想を述べたという。
(武功雑記)




577 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 15:25:51.38 ID:tLkCR/1M
後半はともかく前半の比較対象はなぜ石川五右衛門なんだろう。
盗賊としては大勢力を率いていた人だが。

578 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 18:09:34.84 ID:rn9Zj9Q1
大野には盗賊の頭ほどの器量も無かったってディスってるんだよ

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 18:25:21.26 ID:aX2N2eIv
青果さんは口が悪すぎるうえに明人に日本は征服してくれ、なんて頼む売国奴だから好かん

580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 18:35:55.09 ID:tLkCR/1M
>>579
それは朝鮮人の姜に言ったこと。>日本は
「今の日本は酷い状況」といったあと「それを正す為に来たと言って朝鮮や明が攻めて来れば白河の関まで行ける。
もし日本のように殺戮を行えば対馬も取れない」と言っているので
売国云々ではなく秀吉批判の言葉と見るべきだろう。

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 19:27:27.50 ID:oVkqdWPw
>>580
惺窩センセイは実家の再興を秀吉にスルーされて以来、アンチ豊臣なんだよね。
秀次の学問好きに対しても「学問が汚れる」とかヒデーこと言ってるし。

584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 20:38:43.97 ID:mqFPgh0J
>>582
でも石田さん家の正澄くんとは仲良いよね

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 20:41:32.35 ID:aATYM/kH
>>582
儒者はそんなもん。

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:03:21.36 ID:yvHvm2FL
儒学なんてクソの役にも立たないのに藤原惺窩とかいつも偉そうだよな
武将とか小バカにしてるし

そういえば信長公は地球儀を献上されたとき、地球が丸い事を説明
されて即座に理解したのに対し、儒者の林羅山は地球は平たいと主張
して絶対に譲らなかった

儒学は先例やしきたりにこだわってばかりで、新しい発想や合理的に物事を考えるという事しないからやればやるほどバカになるのにw

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:17:22.02 ID:bmSwCh0j
林羅山は「右僕射」の意味を曲解したり、
『豊臣秀吉譜』で劉備が諸葛亮に自分の死後を託した話を、
まんま秀吉と家康にそれに丸パクリしたりと曲学阿世の典型的存在
時の政権と癒着しすぎたばかりに道春点の発明や
吾妻鑑の研究といった学問的業績が霞むほどの汚名を残したね

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:19:57.90 ID:dl7dbx7K
>>586
> そういえば信長公は地球儀を献上されたとき、地球が丸い事を説明
> されて即座に理解したのに対し、

それは作り話の中のこと。
つーか儒教よく知らないだろ君w、儒者ってめちゃめちゃ頭いいぞ。
あの人達の書いた本を、同時代の儒者以外の著作と比較しながら少しでいいから読んでみろ。

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:33:55.51 ID:gPc/grd5
今更、死んだ学問なんて誰も読みたくない

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:38:53.35 ID:aX2N2eIv
儒学はいまだに中国で盛んじゃね?孔子はいまだに神同然だし

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/10(日) 21:45:32.32 ID:dl7dbx7K
儒教は死んだどころか東アジアや東南アジアで未だ強固に生きているし、
この中国の台頭で世界思想として大復活する可能性すらあるぞw

つーか戦国時代に興味が有るのなら、儒教勉強しないとあの時代は全然理解出来ないんだが。
戦国時代の日本の思想の基本は、儒教ベースの「天道思想」だ。