案の定、長野を討ち取り申した

2017年04月19日 17:42

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 00:58:15.82 ID:wYPUMJsa
信長公が伊賀へ御働きの時、伊賀者の平岡道一兵衛は、

『長野を討った者はこれ程の褒美を、新藤を討った者はこれ程の褒美を、
その他誰々を討った者には褒美幾つ』

との書付を見ると、一番の長野を平岡は討つとして点をかけた。人は皆、
「何事を申したるぞ」と疑い申したので、道一兵衛は、

「道理がなければ、斯様のことは申されぬものぞ。それがしの達者は人に
優っておろう。鉄砲の腕は人に負けまい。然れば良きところに待ち受けて

長野を撃てば、真っ甲を2つに打ち破ることだろう。すぐさま首を取って
帰ろう。敵が馬上で追ってきたら、馬足の叶い難い山へ向かって退こう」

と言って案の定、長野を討ち取り申した。のち、道一兵衛は松平下総守
(忠明)のところに有り付いた。道一兵衛は首を17取ったという。

――『武功雑記』



835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 16:50:12.05 ID:iZ3hMjIN
長野、進藤というのは北畠と六角の旧臣かの

836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 19:32:34.53 ID:CyHQba5b
長野ってあんまり北畠傘下ってイメージがしない

837 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 19:37:16.66 ID:iZ3hMjIN
長野貝藤も知らんのか

838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 19:38:53.22 ID:iZ3hMjIN
具藤やったわw

839 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 19:57:27.63 ID:onsu3qCE
具勝

840 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 20:11:57.99 ID:CyHQba5b
知っとるけど、たかだか20年くらいじゃん?
それまでの手を組んだり戦ったりしてたイメージのほうが強いってことだよ?

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/19(水) 21:50:19.30 ID:fIe5ns6u
それは全て信長が悪い
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「おかしき事ぞ、と存ずる」

2016年12月30日 18:18

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/30(金) 03:10:47.82 ID:doiyCYS4
酒井六郎左衛門は松平下総守(忠明か)に仕えて、2百石を領知した。

彼は前の主君に仕えていた大坂陣の時に功が多かった。故にその事を
申し出す人がいたが、六郎左衛門は、

「今の主君のもとで何の功もないのに、前の主君のもとでの働きを取り
出して自慢するのはおかしき事ぞ、と存ずる」

と、言ったという。

――『武功雑記』



477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/30(金) 18:23:31.74 ID:nHnbXNwO
うーむ男らしい人だ

鳥居庄右衛門、安国寺恵瓊を捕える

2016年09月06日 18:13

150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/05(月) 21:48:36.26 ID:kgFzjYKh
奥平信昌の家人であった鳥居強右衛門といえば、無双の勇士であり、長篠籠城の時、援兵を請おうと
必死を極めて城を出て、敵の捕虜となったが遂に使命を遂げて磔にされた事、世の知る所である。
この強右衛門の子に庄右衛門という者があり、武勇有り、才知もまた人に優れていた。

関ヶ原の戦の後、安国寺恵瓊は逃げ去って行方知れずとなり、徳川家康は奥平信昌、および
松平下総守(忠明。奥平信昌四男)に命じて京都を守護させ、安国寺の行方を捜索させた。
下総守の家人たちは、「かの法師が戦況を辛くも逃れた事ゆえ、どんな賤しき者に身をやつして
隠れているかわからない。」と、雑人たちの集まる場所を探し回った。

一方、奥平信昌より恵瓊探索を任された鳥居庄右衛門は、何を思ったのか、陣屋で寝っ転がり、
酒を飲んで過ごしていた。彼に従う兵たちは訝り

「いかに鳥居殿、下総守の衆は夜を日についで恵瓊を探し求めているのに、どうして空しく
日を送っておられるのか?」

庄右衛門、しかし
「なあに、お前たちに解るものか。ただ私に任せておけばいい。」
そう言ってただ酒を飲んでいるばかりであった。

ところがある日、突然起き出したかと思うと
「安国寺を今日こそ捕える!何れも早く用意して従え!」

そう言い捨てると馬に打ち乗り駈け出した。兵たちは
「こは如何に!?鳥居殿は物が憑いて狂ったか!?」
そう混乱したが、しかし打ち捨てておくわけにも行かず、それぞれに得物をひっさげ庄右衛門を
追い駆けた。

二条富小路の大通りに至った時、乗り物厳しげに引かせて、若党2,3人を、これも長い太刀を携えて
従えている者があった。鳥居は馬より飛び降りると

「その乗り物に有るは、安国寺であろう!逃さぬぞ!」

そう声をかけると、かの若党たちはものも言わず一斉に抜き懸ってきた。
鳥居の兵たちも大いに驚き、抜き合って戦った。
この時、鳥居はどうしたわけか、石に躓いて転んだ。安国寺の若党は「得たり!」と拝み打ちに
打ちかけた。あわや鳥居討たれんとしたその時、後ろから馳せつけた鳥居の兵がこの男を
後ろから斬り伏せた。

鳥居は起き上がると乗り物に近寄った。しかしそこではかの若党の一人が、安国寺が捕えられぬよう
ここで首を討とうと太刀を振り上げていた。

ここに、松平下総守の家人・山田半兵衛という者が馳せつけて若党を斬り倒し、安国寺も捕らえた。
「しかし安国寺を見つけ出したのは鳥居の働きである。」人々はそう言い合った。

後に鳥居の兵たちは聞いた
「どうしてあの乗り物が安国寺だと知ったのですか?」

「お前たちは知らないのか。安国寺は法師であるが、心剛なる奴である。死んだとしても、
賤しき者と言われるのは口惜しいのだ。彼は去る人の元に匿われていたが、我らの捜索の様子を聞いて、
『とても免れ難し、同じ討たれるなら昔の姿を失わぬ!』
そう思ってあのような出で立ちをしたのだ。

私はこの事を密かに探り出し、その出るのを待ってあのように討ったのだ。」

「しかし、下総守の家人もあそこにやってきたのはどういう事でしょう?」

この問に鳥居は、何も言わずただ笑っていた。
人々はこのように想像した。「家康公より二家に命ぜられて探索したのに、奥平一家の功にしてしまっては、
下総守の面目が無くなってしまうと考えたためではないか、と。
(話園)



151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/05(月) 23:16:59.44 ID:vV2TbTzk
鳥居強右衛門さんは息子もかっこいいわ。向こうの鳥居さんとはえらい違いだ。