諏訪守殿はお聞きになって

2015年11月13日 18:09

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/13(金) 01:30:31.39 ID:0/ZV6rMe
 光悦は八十歳で死んだ。病中板倉殿御父子(重宗、重郷)が度々お見舞いなされたときに、彼も木綿の夜着布団で寝ていたのをご覧になさりご感心成された。
重宗はもはや暇乞いなので光悦へお子の阿波守に何でも遺言してくれと仰られた。光悦はいやとも申さずにすぐに申した。

「板倉殿は伊賀守(勝重)から二代、都の御執権をなさり名人であると聞こえています。この次もまた阿波守でございましょうと人々は申しております。誠にめでたき事です。
さりながら、難しいことでございます。武家の御本意ですので、唯々一筋に武勇の心掛けに専念なされ、明日どういう事が出てきても、板倉殿こそ天下の御用人で有るだろうと諸人が申すほど、
指を指す程に御心掛けなさらなければなりません。
 それについて申し上げます。家来の人々に深く情をお掛けなされ、ああ一命を捧げるほどの事もできたらなあと、朝夕ありがたく思われますようにお恵みをなさってください。
『藁苞(わらづと)に傾く』と言われることもございます。どれほど正しき主人でも、少しけちでございましたら、家来の思いは付いてこないものでございます。
心に取り入るのが難しい恐ろしい主人でも、分を過ぎて物を贈りなさる主人であったら良く思われて、法度もよく働くでしょう。
欲に惹かれるというわけではございませんが、家来は主人からの御志をありがたく思うものです。
 文武の道に覚えが有る、へつらいの無い浪人にお目をかけて、御伽衆にでもなされて、古き物語をお聞きなさってください。人の良い噂悪い噂も聞かなくてはお知恵は上がらないことでございましょう。」

 諏訪守殿はお聞きになって、常々の願いはこれだと仰せになり、殊の外お喜びなされた。また私にも一言意見してくれと仰られるので、


「常々見させていただくに、訴訟人が憎い面で、筋の無いことを言い募ったり、御前と口論する者がございましたら、諏訪守殿はその者の愚かなことをひとしお憐れみなされるので、ついに公事場でお怒りの声を聞きませんでした。
またはじめにお聞きに成された事よりも、後に申し上げた事情をよく聞き分けられております。このようにあなたはお知恵をもってらしているので、けっして凡夫ではござらないだろうと思われます。
 ただ心に懸かりますことは、お食事を養生の第一と思い、程よくなさってください。上様への御奉公で最も大事な事と思われます。このほかに大事な事はございません。」

と申し上げれば、諏訪守殿はまことによく合点なされて、我々の事はけっして心配しないようにと仰せられた。
(本阿弥行状記)

まあ、次に京都所司代になるのは牧野親成で、重郷はなることはなかったのだけどね




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