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見聞談叢より 島原の乱について

2020年09月03日 16:21

305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/09/02(水) 21:52:47.87 ID:EkTrbIWX
見聞談叢より 島原の乱について

天草四郎が大将になったのは二十三歳の時だったと聞く。十九歳まで道春先生の学校で
学び、孔子の門人の子路を慕って四郎と名乗ったという。死んだときはまだ角前髪だっ
たとのこと。四郎は幻術を学んでいて、伊豆守様へ大きな菓子折りを差し上げた。
開けてみると蒸したての湯気をあげている饅頭だった。伊豆守様は「彼がよこしたもの
は不信である」と仰り、周囲の者たちに「一口も食べてはならぬ。捨てさせなさい」と
厳しく命じ谷に捨てさせた。翌日部下に見に行かせると、馬沓であったということだ。
私の外祖母妙清孺人は寛永三年に生まれ、島原落城の時八歳、享保九年甲申九十九歳
にて亡くなった。天草のことは平生よりお話なされ、落城の日の西の矢倉から撃つ
石火矢の音は今も耳に残っていると言っていた。立ち退く時に崑崙奴(くろぼう)が
大勢船端へ水を汲みに行くのを恐ろしく思ったとも話していた。その外の話は些細な
ことばかりだった。

崑崙奴はアフリカ系ではなく南アジア系でしょうかね。何で大勢いたんだろう。



307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/09/03(木) 01:32:03.69 ID:tdvnlGkX
>>305
孔子の門人に憧れる人が幻術学ぶのはおかしな話だし松平信綱に饅頭送るタイミングがあったとも思えないし、書いてる人かババアかどっちかが吹かし野郎っぽいな

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/09/03(木) 07:37:12.58 ID:W3DuIg7R
>>305
伴天連の妖術じゃ!宣教師の仕業じゃ!
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この八十島は

2017年02月11日 17:06

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/11(土) 03:22:48.92 ID:9KjJhSaN
藤堂和泉守(高虎)一代の事を書いた巻物を大献院様(徳川家光)の御前で誰に
読ませなさるべきかとのことになった時、

酒井讃州(忠勝)は「ここに道春(林羅山)がおります」との事だったが、和泉守は、

「私めの一代の大事のことを書いた物ですから、道春などは如何なものでしょうか。
始終を存じている者に、読ませたく存じます。私の家来の八十島助左衛門を召し
連れておりますが、如何でしょうか?」

とのことであった。そこで阿部豊州(忠秋)が挨拶して、八十島を御前へ召し出し、
巻物を読ませなさったのであった。

この八十島は石田治部少輔(三成)の右筆だった。太閤逝去のことを石田方から
源君(徳川家康)へ申し上げた時、そのために遣わした者である。

後に和泉守の家来となり、法体の後に道壽と願い申した。その子もまた助左衛門
と称した。

――『武功雑記』



615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/11(土) 10:10:50.18 ID:C0rHEjqo
関ヶ原であの鬼島津を激怒させた人物だな

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/11(土) 21:09:17.19 ID:Ef6mH3qv
>>614
俺が家光だったら、三成に身近に仕えた奴が来たら
僅か佐和山19万石の身分で西軍を取り仕切ってた
石田三成はどのような人物だったか直接聞きたいわ
高虎の出世自慢話なんかよりもな

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 10:12:11.42 ID:nMor2Kps
>>618
真面目な話、当時は正軍首脳部に参画していた人間もまだ生きていたのだから、石田三成
どういう立場だったかなんて、自明の理だったと思うぞ。

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 10:25:57.30 ID:24fLrA8I
七将に狙われて家康に匿ってもらったヘタレです

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 11:35:04.27 ID:vMpwbjHL
それデマだってな

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 13:09:17.50 ID:PNwm5RpP
伏見の徳川屋敷に逃げ込んだ話の出典がわかれば、このスレに収録してもいいかもね

623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 16:32:28.50 ID:V4JJPw4p
結果的には圧勝で終わったように思われてる関ケ原だが
秀忠遅参で内心かなり焦ってたろ糞漏らし

624 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 21:02:48.98 ID:WwSHWUY/
>>623
昨今は関ヶ原の決戦に関しては、もう何がどうなっても東軍の勝ち、といった感じだな。

625 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 22:13:35.16 ID:PNwm5RpP
関ヶ原って、小松山に立てこもった小早川秀秋救援のための後詰決戦だったんじゃないの?

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/12(日) 22:13:57.03 ID:eMYpu3XQ
いくらなんでも楽勝って事はないという感じで改めて研究した結果
以前よりも西軍がどうしようもなかった事が判明してより可能性がなくなるというオチ
悲しいなぁ

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/13(月) 02:23:30.24 ID:1F6Bnp81
>>626
吉川の位置が悪い

635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/13(月) 14:49:27.23 ID:6cpqPOvC
>>628
今では毛利の東軍への寝返りは、毛利輝元自身の指示だったという
説まで出ている。

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/13(月) 15:23:18.87 ID:JiWMRDCO
岐阜城陥落の時点で負けを見越して生き残る為に動いてるしな

虎の鈴を取る方法

2013年12月29日 18:29

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/29(日) 09:56:27.89 ID:Yt4uTbju
大猷院様(徳川家光)の御代の事である。

諸大名の江戸城への出仕日に、林道春が罷り出でて、諸大名に問題を出し、「どうぞ解答を出して下さい」と
言って、様々に語っているのを前田利常が聞いて、道春を部屋に呼び出し、「何を語っていたのか」と尋ねた。
道春はこれに

「今日は1日長くもありますから、出御の前の待ち時間の御慰みにと、一つ問題を出してその解答を
当ててもらおうとしたのです。」

「それはいったい、どのような問題なのか?」

「はい。虎の首に鈴をつけ、千里の野に放った時、この鈴をどうやって取ればよいか、という問題です。」

これを聞くと利常は
「なんだ、それは問題という程でもない。簡単なことではないか」

道春は「いえいえ、なかなか難しい問題ですよ?」と反論したが、利常は

「道春は何を言っておるのだ。最初に、虎の扱いに長けた者が既に出ておるではないか。
虎に鈴をつけた人物だ。ならば、今度もまたその者に鈴を取らせれば良いだけの話だ。」
そう言って笑われた。

道春はこの答えに「さてさて」と大いに感心した様子であったという。
これは脇田九兵衛が語ったことである。

(微妙公夜話)

トンチですね




988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/29(日) 10:06:28.03 ID:coZqcFCs
千里の野を燃やして、虎の死体から鈴をとれば

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/29(日) 10:21:32.04 ID:Ei5U78eQ
せいしょこさんがアップを始めました

990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/29(日) 10:24:21.67 ID:coZqcFCs
草千里に虎を放つか

道春は非道の者だ

2013年01月26日 20:02

294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/25(金) 23:57:48.96 ID:Y9nw/FoC
藤原惺窩林道春が図書編を求め得たと聞いて、数通の書を送って
借りたいと伝えた。だが、道春は「手に入らなかったので」と、
最後まで貸さなかった。そのため、惺窩は、

「道春は非道の者だ。

図書編を手に入れたことは明白なのに、偽って無いと言うのは非道だ。
あるけども貸さないと言うむごさよりも、遥かに劣っている」

と、人に語ったのだとか。

――『老人雑話』




295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 09:04:42.24 ID:wEgG3y83
貴重なモノなら他人に貸すの嫌がる人もいるんじゃないか

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 09:15:00.67 ID:QDP4NrwQ
欲しい物が手に入らなかったからファビョって相手のネガキャン始める

藤原惺窩ってどうも好きになれないなぁ

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 17:27:09.75 ID:JQFp8nqq
惺窩さんって、
高尚な思想やら学んでるんだろうけど自分の行動は子供と変わらないんだよね・・・

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 18:57:24.87 ID:W4G5L8Lw
>>296
この人の小早川秀秋評もこの類だったりするのかも

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 19:11:29.47 ID:H3lkLhi5
>296
このスレ向きの人物じゃないけど、松平不昧も若い貧乏藩主の頃は「今の茶の湯は古道具商か」って批難してたけど、
藩の財政立て直しに成功してからは「名物は財産価値あるから」って結局高価な名品を集めだしたっていう

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 20:14:46.08 ID:nBFo//FR
藤原惺窩て儒学スキーが昂じて抑留から解放されて帰国する姜沆に
「明・朝鮮連合軍で日本占領しちゃって下さいよ」とか言っちゃうとか、
学はあるけどどこか足りてない人なんだと思う

江戸城ランチタイム

2011年11月26日 22:00

748 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 02:25:33.43 ID:DPw1/h2X
一部既出ながら詳しい系行ってみます。

江戸城ランチタイム

昔、徳川家光公のお伽衆といって、毎晩登城して物語を申し上げ、夜話をされる10人ほどの人々があった。
毛利秀元候、丹羽長重候、蜂須賀至鎮侯、林道春といった人々であった。

この人々が登城の時は、皆、屋敷から弁当を持参してきて、蔀の間に集まって、みんなで弁当を食べた。
珍しいおかずなどがあるときは、互いに交換し合って賞味したそうである。

毛利秀元候の弁当のおかずに干し鮭があったときは、皆が「これは結構なおかずですね!珍しい!」と
殊の外に秀元から分けてもらい賞味したそうだ。
阿部重次は握り飯を包ませ、これを懐に入れて持参していた。そして昼食時にはこれを召し上がられ、
その包みの紙にくっついた飯粒も丁寧に拾って食べ、さらにその紙の端を伸ばして洟をかんだ事もあったのを、
それを見たものがいたと言うことである。

原文
(昔、大猷公御噺の衆とて、毎夜登城して居物語申し上げ、御夜話申し上げられし衆中十人あり。
毛利甲斐秀元侯、丹羽五郎左衛門長重侯、蜂須賀蓬菴至鎮侯、林道春の類也。
この衆中登城の時、皆々、屋敷より弁当参りけるに、蔀の間に寄り合いて、是を披き食い給う。
珍しき菜などある時は、互いに取り交わして賞味し玉いけるとなり。
毛利甲斐侯の弁当の菜に干し鮭のありければ、皆是は結構なる菜なり、珍しとて殊の外に賞味し玉いけるとなり。
阿部対馬守は握り飯に包みて袂へ入れ御持参ありて、御中食の時は是を召し上げられ、その包みたる
紙に付きたる飯粒を拾いて食い、紙のはしを伸ばして涕をかみ玉いし事などありしを見たるものもありとなん。)

『雨窓閑話』


関連
空弁当
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3167.html
毛利秀就の鮭の切り身・いい話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-120.html


749 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 02:46:59.03 ID:u1xqeTqB
権現様の教え

750 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 04:22:57.65 ID:Fijq0F/H
どこの学食の風景だw

751 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 08:00:59.91 ID:vS0mFjkw
昼休みの女子高生みたいだなw

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 08:03:17.03 ID:+Z4sEyBz
>>751
恋バナで盛り上がるんだな

753 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 08:30:34.13 ID:qiM0mC9+
一応
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3167.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-120.html

754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 08:31:52.70 ID:qiM0mC9+
↑のはまとめスレの関連リンク用に

756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 09:38:34.16 ID:tisvb3hY
>>751
えどじょう!

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 12:31:14.00 ID:BBCfUJaS
*全室禁煙です

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 12:32:58.20 ID:Wu6NonT7
鶏の唐揚げとかないのかな てんぷらとか

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 14:15:22.74 ID:sjFzGqQ6
>>748
登場人物が三頭身くらいのデフォルメさられたキャラで再生されるww

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 14:35:49.11 ID:Ek/fQSvQ
外国の歴史系小説とか読んでても、こんなふうに自分の食べ物を
みんなで交換しあって食べる描写って見たことがないんだよな
獲物をわけて食べてた狩猟民族のほうがやりそうに思えるのに

761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 19:23:24.80 ID:RbJaqasY
殺伐とした時代だからこそ、こういう話は和むなー
秀元は分け与えてばかりだが、代わりにおかず分けてもらえんだろうか

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 20:31:45.00 ID:OWZV6+Rz
関ヶ原の時も鮭弁食ってたんすか?w
って聞いたら斬られるかな?絶縁かな

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 20:42:39.61 ID:UEkovXwU
毛利のボンが違う意味で切れそうだなw

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 21:08:40.58 ID:pxPB91XN
>>763
輝じゃなくて広家だろ?

766 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/26(土) 22:00:33.83 ID:GEqmI+s8
>>761
育ちがいいからみんなに分けてあげたら自分の分がなくなって泣き出しちゃうタイプだな

767 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 09:42:18.33 ID:UoFoRsew
この時代の最高級料理は鮭だったのか・・・
ハンバーグとかカレーライスとかウインナーとか食べれないなんて嫌だな

768 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 10:16:07.70 ID:1opcnV6K
>>760
西洋で弁当っていわれてもサンドイッチくらいしか思いつかん俺

769 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 10:34:56.89 ID:rcvoOtpH
日本の歴史小説でも弁当の分け合いっこは見たことが無いがw

770 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 11:03:11.07 ID:PCz8tsV7
>>767
カレーは確かに不可能っぽいし
ウィンナーも環境を選びそうだが
ハンバーグは、技術的にも素材的にも不可能じゃないだろ。

食に一手間かける豊かさが無いのに問題はあるが

771 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 11:17:42.91 ID:Vttalziv
牛さんは食料という前に貴重な労働力かつトラクター兼乗用車だったんだろうか

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 12:28:28.27 ID:70A4zj5d
>>770
ターメリックとクミンはあるからコリアンダーの代用品に白根草を使えば一応形にはなるお

漢方薬のスープだからかなり高くつくけど…

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 12:42:01.59 ID:PCz8tsV7
>>771
牛さんが死んでから頂戴しても良いんじゃね?
いわゆる逸話だが、
牛肉食わせて貰うのに宗教をバカにした非礼を一心に詫びるってのがあったから、牛を食うのは
それ程異常じゃないと思われる。
だって、馬を食う奴だっていたんだろ?
そっちが余程基地外沙汰。
軍用としても民生用としても、非常に高性能な馬なのに。


カレーの香辛料って全部、金と等重量で交換するような希少品じゃなかったか?

774 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 13:33:15.40 ID:uVe1tSVS
馬は消耗品だよ、骨折した馬殺すにしてもただ埋めるだけじゃもったいないじゃない。

775 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 14:20:24.80 ID:KUrIr5TG
>>772
大友宗麟がキリスト教じゃなくてイスラム教を保護してたら可能だったかもね
黄飯つくるくらいだからカレーの再現に挑戦するかもしれん

九州にイスラム教が浸透したら、インド→インドネシア→日本のムスリムネットワークが…できねーか

776 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 15:00:07.41 ID:PCz8tsV7
>>774
サラブレッドじゃあるまいし、そうそう骨折しないよw

778 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/11/27(日) 17:48:33.90 ID:4mvA5Lxz
>>760
東洋文化では割と普遍的な価値観かも

食べ物がどこからか送られて来た時には、
家臣たちに対して分配するようにしなければならぬ。
『三略』に、「古に良い将がいて兵士と苦楽をともにし、
陣中に酒や食べ物が送られて来た際には、
これらの品々を川に流し入れて、
将も兵士ともにその流れを飲んで楽しみをわかち合った」
という話が伝えられている。

武田信繁

785 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 21:08:48.14 ID:bkxepGwb
>>778
川に流すってどういう状態なんだろうな
つかみどり大会みたいなのを開いたってことかな?ポロリもあるよ!

786 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/27(日) 22:33:19.65 ID:zFN6ZvLi
ボケたつもりか?>>785よ
旨い酒を皆で回し飲んだ「つもり」、旨い食い物を分け合って食べた「つもり」
上下心を一にしてって奴よと釣られたクマー