700 名前:1/2[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 17:41:41.15 ID:5oU9bIc/
黒田家の中老である桐山丹波という者と、母里但馬(太兵衛)が高麗陣以来一言も口を
きかなかった。それは高麗陣において、母里の守る出城が明軍に襲撃された時、偵察に出た
桐山が、長政に、母里が敗北したようなので追い打ちをされないよう引取の軍勢を遣わすようにと
進言したことによる。実際には母里は明軍を打ち破り、多数の首をとって帰ってきた。
そこで桐山の進言の内容を聞き、激怒した。しかし友人たちが色々となだめその場では喧嘩にならなかった
ものの、その後桐山の方は何度も詫び言をしたものの、以後口を利こうとしなかったのである。
そして三十数年が経った
桐山丹波は黒田家において五千石を取り、中老分に定め置かれることに成った。
しかし重臣である母里但馬と関係の悪いままでは、政務の談合も整い難いと考えられ、
ある時、何かの祝日に、家中の主だった者達が登城した中、長政は栗山備後(利安)に言った
「但馬は丹波を悪み、久しく無言のよし、これは私のためにも悪しきことである。
以後仲直りするよう、備後より意見してほしい。」
備後「仰る通りです。但馬のやっていることは近頃になく見苦しい。その第一は、宜しからぬ儀であります。
私も御意に任せて和睦するよう言っても、合点せず、なお強情なことを申し承知しません。」
長政も「私も意趣の経緯はよく知っている。一端は腹をたてるのはしょうがない。だがこのように
いつまでも思いつめるような事ではないだろう。いま、私に対して和睦を約束してくれれば喜ばしい
限りである、是非ともそうせよ。」
このように何度も言ったが、母里は
「私は一命を捧げたのは本意ですから、これについては露や塵ほどにも思っていません。
しかしこの事については、たとえ上意を背きましても同意できません!」そう言い切った。
この態度に、長政も面倒なことに成ったと後悔顔で栗山に「備後よ、どうするべきか」と尋ねると、
「仰られたように、一体どんな理由があっても、主君のお為であれば異議有るまじき事です。
そのうえ深々しい意趣が有るわけではなく、第一もはや数十年も経って、人々もその仔細を知らぬ有り様。
殿直々の意見に違背するとは沙汰の限りである!但馬、御請申し上げよ!」
これに居並ぶ者達も次々に同じように言ったが、母里は
「嫌だ!」と拒絶。
互いに顔を真赤にして背を伸ばして睨みつけ「沙汰の限り、分別至極、是非に及ばず!」と散々に喚いたが、
母里が合点することはなかった。
ここで栗山備後、あまりに腹を据えかね、左の手で母里の頭をぶん殴った。
当たりはせず、殴る真似をしただけだ、との説もある。
701 名前:2/2[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 17:43:36.70 ID:5oU9bIc/
突然の事態に長政初め一同興を覚まし、「これは苦々しい事態だ。誰に対してもあんな事をすべきではないが、
但馬は特別な荒者である。備後に飛びかかって突き殺そうとするだろう。但馬は大力、備後は常の力であり、
取り付いたら離すことはしまい。しかしながら備後も優れて早く軽い人物であるから、引き外し
突き殺されないようにするだろう。
とにかく、少しでも不穏な雰囲気に成ったら飛び入って二人を押し隔てるのだ!」
そう、一同が臨戦態勢に入った時、母里は頭を下げ、暫くそのままにしていた。
「あの母里が思案をしているのか!?」
人々はそう驚いたが、一方栗山備後の方は、してはならないことをした、という気色もなく、母里の上に
乗りかからんばかりの姿勢で
「さてもさても、この一我意者め、沙汰の限りである!そこいらの若輩・渡奉公人のような覚悟だ。
家の年寄に備えられた者なら、諸事にそれ相応の見識があるものだぞ!一身を捨て、主君の御為を思わないのは
人外である!御為に一名惜しまずと常に言っているが、今の言いようでは、それも偽りになるぞ。
誰であっても言いたいことは多い。しかし浮世の習いで、堪忍しているのだ。よく分別してみよ。」
その様子は親が幼子を教訓しているのと少しも違わぬ情景であった。
暫くして、母里は涙を流し、それはポロポロと畳に落ちた。一同「もう死期だから、あの鬼をも欺く但馬も
涙をながすのか!」と思ったが、母里は頭をもたげ、鼻をかむ体にて涙を拭うと、大息をついて長政の
御前近くに進み
「丹波との和解のこと、これまでも度々意見され、今も直々に仰せられました。それを違背するのは
心苦しいことではありましたが、一生不通と定めていましたから、絶対に承知しないと決意していました。
しかし只今の備後の所業は、珍しいことでした。私が若年の頃、如水様により、備後を兄として、私が弟として
互いに助け合うよう誓約をしたことがありました。
しかし、互いに成人してからは、私の方はそのことに、まるで構わずにいました。
そもそも備後は心底の見分けがたい人物ですし、どうせ互いに若き頃のことだ、今になって
その時のことを覚えているかどうか、などと心許なく思っていました。
しかし、備後は久しく約束を変ぜず、なにより如水様の御眼力を違えず、一身を投げ打つ所存、
返す返すも忘れ置き難いものです。それこそ私は、無分別至極でありました。
童の頃は突っ掛かって行けば、度々打ち倒され突き倒され、如何程か折檻を受け成長しました。
その心を変ぜず、今でもこのようにしてくれる友人は、世には稀です。
…丹波、ここに出て来られよ!」
そう母里が桐山に呼びかけると、長政は言うに及ばず、一同の喜ぶこと限りなかった。
先ず長政が盃を出し、それを飲んで「この度は」と母里に差し出した。母里は三杯呑み、誰へとも言わず
桐山に差し出し、「こちらに寄られよ」と、いかにも丁寧に差し出した。
そして「今ひとつ」と、挿していた脇差を抜くと、桐山に遣わした。
「これは、作は良くないが、技については貴殿もよく知っているように優れたものである。そのため
腰から離さなかったのだが、和睦の印に受け取って欲しい。」
そうしてこの脇差を桐山に差させた。
桐山が盃を母里に戻すと、長政より「丹波も、但馬に脇差を差し出したいが、身分柄に合わぬように思い
遠慮しているようにみえる。但馬、彼の脇差を受け取るように。」と母里に取らせた。
それからは一同入り乱れての大酒となり、泰平と成った。
(古郷物語)
702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 19:02:51.78 ID:kDVuYKMt
最後にワラタ
昨年の大河で使って欲しかった場面だな。
703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 20:55:52.89 ID:VU/r9aIv
如水から母里を押し付けられた時に栗山はすごい嫌がってたから毎日心労も酷かったろうなあ
704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 22:52:48.22 ID:9hRTr/CK
栗山も面倒だと思いながらも母里との義兄弟の誓紙を如水が冥土の土産に持っていこうなんて言われたもんだから栗山も中々捨て置けなかったんだろうな
黒田家の中老である桐山丹波という者と、母里但馬(太兵衛)が高麗陣以来一言も口を
きかなかった。それは高麗陣において、母里の守る出城が明軍に襲撃された時、偵察に出た
桐山が、長政に、母里が敗北したようなので追い打ちをされないよう引取の軍勢を遣わすようにと
進言したことによる。実際には母里は明軍を打ち破り、多数の首をとって帰ってきた。
そこで桐山の進言の内容を聞き、激怒した。しかし友人たちが色々となだめその場では喧嘩にならなかった
ものの、その後桐山の方は何度も詫び言をしたものの、以後口を利こうとしなかったのである。
そして三十数年が経った
桐山丹波は黒田家において五千石を取り、中老分に定め置かれることに成った。
しかし重臣である母里但馬と関係の悪いままでは、政務の談合も整い難いと考えられ、
ある時、何かの祝日に、家中の主だった者達が登城した中、長政は栗山備後(利安)に言った
「但馬は丹波を悪み、久しく無言のよし、これは私のためにも悪しきことである。
以後仲直りするよう、備後より意見してほしい。」
備後「仰る通りです。但馬のやっていることは近頃になく見苦しい。その第一は、宜しからぬ儀であります。
私も御意に任せて和睦するよう言っても、合点せず、なお強情なことを申し承知しません。」
長政も「私も意趣の経緯はよく知っている。一端は腹をたてるのはしょうがない。だがこのように
いつまでも思いつめるような事ではないだろう。いま、私に対して和睦を約束してくれれば喜ばしい
限りである、是非ともそうせよ。」
このように何度も言ったが、母里は
「私は一命を捧げたのは本意ですから、これについては露や塵ほどにも思っていません。
しかしこの事については、たとえ上意を背きましても同意できません!」そう言い切った。
この態度に、長政も面倒なことに成ったと後悔顔で栗山に「備後よ、どうするべきか」と尋ねると、
「仰られたように、一体どんな理由があっても、主君のお為であれば異議有るまじき事です。
そのうえ深々しい意趣が有るわけではなく、第一もはや数十年も経って、人々もその仔細を知らぬ有り様。
殿直々の意見に違背するとは沙汰の限りである!但馬、御請申し上げよ!」
これに居並ぶ者達も次々に同じように言ったが、母里は
「嫌だ!」と拒絶。
互いに顔を真赤にして背を伸ばして睨みつけ「沙汰の限り、分別至極、是非に及ばず!」と散々に喚いたが、
母里が合点することはなかった。
ここで栗山備後、あまりに腹を据えかね、左の手で母里の頭をぶん殴った。
当たりはせず、殴る真似をしただけだ、との説もある。
701 名前:2/2[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 17:43:36.70 ID:5oU9bIc/
突然の事態に長政初め一同興を覚まし、「これは苦々しい事態だ。誰に対してもあんな事をすべきではないが、
但馬は特別な荒者である。備後に飛びかかって突き殺そうとするだろう。但馬は大力、備後は常の力であり、
取り付いたら離すことはしまい。しかしながら備後も優れて早く軽い人物であるから、引き外し
突き殺されないようにするだろう。
とにかく、少しでも不穏な雰囲気に成ったら飛び入って二人を押し隔てるのだ!」
そう、一同が臨戦態勢に入った時、母里は頭を下げ、暫くそのままにしていた。
「あの母里が思案をしているのか!?」
人々はそう驚いたが、一方栗山備後の方は、してはならないことをした、という気色もなく、母里の上に
乗りかからんばかりの姿勢で
「さてもさても、この一我意者め、沙汰の限りである!そこいらの若輩・渡奉公人のような覚悟だ。
家の年寄に備えられた者なら、諸事にそれ相応の見識があるものだぞ!一身を捨て、主君の御為を思わないのは
人外である!御為に一名惜しまずと常に言っているが、今の言いようでは、それも偽りになるぞ。
誰であっても言いたいことは多い。しかし浮世の習いで、堪忍しているのだ。よく分別してみよ。」
その様子は親が幼子を教訓しているのと少しも違わぬ情景であった。
暫くして、母里は涙を流し、それはポロポロと畳に落ちた。一同「もう死期だから、あの鬼をも欺く但馬も
涙をながすのか!」と思ったが、母里は頭をもたげ、鼻をかむ体にて涙を拭うと、大息をついて長政の
御前近くに進み
「丹波との和解のこと、これまでも度々意見され、今も直々に仰せられました。それを違背するのは
心苦しいことではありましたが、一生不通と定めていましたから、絶対に承知しないと決意していました。
しかし只今の備後の所業は、珍しいことでした。私が若年の頃、如水様により、備後を兄として、私が弟として
互いに助け合うよう誓約をしたことがありました。
しかし、互いに成人してからは、私の方はそのことに、まるで構わずにいました。
そもそも備後は心底の見分けがたい人物ですし、どうせ互いに若き頃のことだ、今になって
その時のことを覚えているかどうか、などと心許なく思っていました。
しかし、備後は久しく約束を変ぜず、なにより如水様の御眼力を違えず、一身を投げ打つ所存、
返す返すも忘れ置き難いものです。それこそ私は、無分別至極でありました。
童の頃は突っ掛かって行けば、度々打ち倒され突き倒され、如何程か折檻を受け成長しました。
その心を変ぜず、今でもこのようにしてくれる友人は、世には稀です。
…丹波、ここに出て来られよ!」
そう母里が桐山に呼びかけると、長政は言うに及ばず、一同の喜ぶこと限りなかった。
先ず長政が盃を出し、それを飲んで「この度は」と母里に差し出した。母里は三杯呑み、誰へとも言わず
桐山に差し出し、「こちらに寄られよ」と、いかにも丁寧に差し出した。
そして「今ひとつ」と、挿していた脇差を抜くと、桐山に遣わした。
「これは、作は良くないが、技については貴殿もよく知っているように優れたものである。そのため
腰から離さなかったのだが、和睦の印に受け取って欲しい。」
そうしてこの脇差を桐山に差させた。
桐山が盃を母里に戻すと、長政より「丹波も、但馬に脇差を差し出したいが、身分柄に合わぬように思い
遠慮しているようにみえる。但馬、彼の脇差を受け取るように。」と母里に取らせた。
それからは一同入り乱れての大酒となり、泰平と成った。
(古郷物語)
702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 19:02:51.78 ID:kDVuYKMt
最後にワラタ
昨年の大河で使って欲しかった場面だな。
703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 20:55:52.89 ID:VU/r9aIv
如水から母里を押し付けられた時に栗山はすごい嫌がってたから毎日心労も酷かったろうなあ
704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/12(土) 22:52:48.22 ID:9hRTr/CK
栗山も面倒だと思いながらも母里との義兄弟の誓紙を如水が冥土の土産に持っていこうなんて言われたもんだから栗山も中々捨て置けなかったんだろうな
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